黒木くんとメモ帳 その3
更新したつもりでいました…
「あ、そのお店の前で止まってください。ありがとうございます」
タクシーの運転手に料金を払い、三上と共に降りる。
「めちゃくちゃ近かったな」
「これならまだ食事中かもしれませんね」
徳本さんが滞在しているかもしれない場所を知った俺たちはすぐさまタクシーを呼び、10分ほどの時間をかけて目的地に到着した。
飲食店は思いの外近く、おそらく徳本さんはまだ店内にいる。
「入ってみますか?」
「いや、ここで待っていよう。満腹の人間って優しくなるって聞いたことがあるし、食事の邪魔しちゃ悪いからさ」
「ですね。美奈ちゃんが心配だけど、焦って失敗するのが一番避けたいです」
そうして店の外で待っていると、ややあって徳本さんらしき人が出てきた。
「多分……あの人だよな?」
「そうですね。ネット検索で出てきたのは若い時の写真でしたけど、あの人が徳本さんで間違いないと思います」
十数年前の写真だったが、やはり同じ人間。
老けてはいるもののかなり面影があった。
「ちょっと行ってくる。三上は待っててくれ」
「わかりました」
徳本さんの元へ小走りで近づく。
彼は一人ではなく、高そうなスーツを着た中年男性と一緒だ。
「あの、『家政婦は北島』の脚本の徳本さんですよね?」
「ん? はいはい、そうですけど」
分厚い丸メガネをかけ、淡々と答える徳本さん。
だが、もう一人の男性に気を遣ってか、早くどこかへ行ってほしいというオーラが出ている。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、お時間大丈夫ですか?」
「いやぁちょっと厳しいんだよね。これからいかなきゃ行けないところがあって」
やはり話を聞いてくれそうな雰囲気ではない。
多少強引にでも話を切り出すべきだろう。
「実は渋谷美奈の件で話があって――」
だが、その名前を出した瞬間、徳本さんは鬼のような形相に変化する。
「てめえ、どこからその情報をかぎつけて来やがった! さては週刊誌だな!」
「え? い、いや――」
「俺がドラマの取材受けるの嫌いだって上司から聞いてねぇのか馬鹿野郎! 早く消えろ!」
激昂した徳本さんは、そのままタクシーを呼び止めて去っていってしまった。
「……ごめん! 失敗しちゃったみたいだ……」
「黒木くんは悪くないですよ。私、ああいう荒っぽい人は苦手です」
三上の元へ戻り、頭を下げる。
明らかに俺のせいだが、三上は優しくフォローしてくれた。
「これで振り出しに戻っちゃったな……今後どうするか……」
「とりあえず学校に戻りますか? 美奈ちゃんのこと知ってる人とかいるかもしれないですし」
「そうだな、ありがとう」
提案に乗って、俺たちは大学に戻ることにした。
渋谷が失踪してしまったとドラマの脚本家にバレたら、仕事がなくなってしまう可能性がある。
きっと、マネージャーはまだ徳本さんに電話をしないだろう。
でも、一番大切なのは渋谷の身の安全のはずだ。
勘違いであれば仕事は無くならないだろうし、本当に危険が迫っているならそれどころではない。
だからこそ、自分が何とかしたかったが……俺たちはこれからどうすればいいんだろう。
「いやぁ、いい怒りっぷりでしたねぇ」
タクシー内では、先ほど同伴していた男性が徳本に笑顔で話を振っていた。
「いやいや、見苦しいところを見せて申し訳ない」
鬼のような形相はすでに消え、普段の柔和な顔に戻っている。
「最近はあんまり荒れてませんよね。何かいいことでもあったんですか?」
「あぁ、ちょっとね。ついにほしかったものが手に入ったっていうか、毎日ぐっすり寝れるんだよ」
惚れ惚れするように徳本は笑顔を浮かべている。
「へぇ、そりゃあ羨ましいですね。一体何を買ったんです?」
「それが物じゃなくて人でね……」
「もしかして再婚されるんですか!?」
「そ、そういうわけじゃないよ、まいったなぁ。でも、最高の気持ちだよ……」
男性は徳本の「ほしかった人」が気になったが、それ以上の詮索はやめた。
「あと、さっきの男の子の後ろにいた子、見ました?」
「……チラッとね。頭に血がのぼって判断できなかったけど、あの子……いいよね」
二人は顔を見合わせ、そして大きく笑った。




