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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
第二章 黒木くんとメモ帳

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傘、入りますか? その2

「さて、次は何をしましょうか……」


 フライングで夏を楽しんだ俺たちは、屋内をぶらぶらしながら次に何をするか考えていた。

 昼休みとはいえ、そこいらの通路は流石に人が少ない。

 そのため静かな環境で考え事をすることができる。

 だからと言ってすぐにひらめきが降りて来るわけではないのだが。


「思いがけない嬉しいことか……あ」

「いいの見つかりました?」


 心踊るような様子で三上がたずねて来る。


「あぁいや、良いのかはわからないんだけど……自販機で一発で当たり出たら嬉しいな……とかな」


 予想もしてなかった出来事といえば、何かが当たるとかそういうイメージがある。

 たとえば毎日買っている自販機で唐突に当たりが出るとかな。

 俺も何度か経験があるけど、意外と嬉しいと嬉しくないの狭間にいるんだよな。

 飲みたいものは買っちゃったし、もう一本あっても喉の渇きは潤ってるしってことで、結局近くにいる人に声をかけて好きなのをプレゼントするという……あれ、これって近くにいる人にとっての思いがけない良いことじゃないか?

 そう思って三上に撤回を伝えようとしたのだが――。


「いいですね。目から鱗です」

「そ、そうか……? ありがとな」


 褒められてしまったのでこのまま行くことにした。



「というわけで自販機にやってきたわけですけど、どっちから買いますか?」


 自販機前に到着すると、唐突に三上が質問する。


「あ、三上も買ってくれるんだな」

「もちろんです。私たち二人で幸運を手繰り寄せましょう?」

「……そうだな」


 いや、わかっている。

 もちろん彼女は友達として俺の気持ちを晴らしてくれようとしているんだ。

 しかし、だとしても上目遣いで微笑まれて心臓を握られない男はいない。


「最初は私から行きますね。何にしようかな……」


 両手を腰の辺りで組んで自販機のラインナップを見ている。


「今思い出したけど、前にどんな飲み物を選ぶかで色々と話したよな。あの後、三上たちが飲んでたやつも試してみたんだよ。美味しかった」

「え〜嬉しいです。それじゃあ今日は、この前黒木くんが飲んでたエナジードリンクにしてみます」


 そう言って細い指がボタンを押す。

 ガタンという缶が出てくる音と共に、4桁の数字が回り始める。


「当たりますかね〜」

「きっといけるぞ……頑張れ!」


 もはやここまでは確定と言って良いが、4桁のうち3つまでが「5」で揃う。

 数字の動きと音がどんどん遅くなっていき――。


「……外れましたね」


 残念ながら5を通り過ぎて「6」でストップしてしまう。


「次は俺の番だな」


 財布から硬貨を取り出して投入口に入れる。

 ボタンに色がつくのを確認すると、俺も三上と同じくエナジードリンクを購入する。


「よし、当たれ……!」


 真剣な眼差しで見つめる三上。

 先ほどと同じく4桁のうち三つは同じ数字、今回は「8」で揃い、後一つがゆっくりと――。


「………………外れたな」


 かすりもしない「3」で止まってしまった。

 むしろ全然関係ないところで止まるのってレアじゃないか?


「まぁまぁ、外れちゃう日もありますよね。元気出してください〜」

「落ち込んでないよ。でもありがとう」


 外れてしまったが、俺の心は意外にも晴れやかだった。

 しかし、その気持ちとは裏腹に、窓から見える雨は強さを増しているようだ。


「おっと、そういえば……そろそろ講義が始まる時間だな」


 スマホの時間を確認し、彼女にも見せてやる。


「本当ですね。次の講義受けて帰りましょうか」

「あぁ、そうだな」


 今日の講義は全て三上と同じで、次で終わりだ。

 こう雨が降っていてはどこへ行くにも憂鬱だし、おとなしく帰ることにする。



 教場についたが、やはり生徒の数は普段よりも少ない。

 俺たちは真ん中あたりの席に就く。


「……むぅ」

「どうかしたか?」


 何か腑に落ちないように唸っている三上に聞いてみる。


「いえ、やっぱり黒木くんに何か良いことが起こってほしいなと思って。ずっと案を考えてるんです」

「そこまでしなくてもいいんだぞ……?」


 自分より他人の幸せを真剣に考えるタイプなんだよな。

 ここまでくると、俺もどうにかして三上に喜んでもらいたくなってきた。

 なんでも良いから俺が珍しい何かを成し遂げれば、きっと彼女も喜んでくれるはず。

 だが、もう自販機という運試しは終わってしまったし、手軽にできるガチャのようなものなんて……。


「……あったぞ三上、もう一つ良いことが起こりうるものが」

「な、なんですか……?」


 俺はポケットから長方形の機械を取り出して操作する。

 そして、それを横持ちに切り替えると、彼女の方へ向けた。


「……覚えてるか、これ?」

「これは……まさか……」

「そう、そのまさかだ」


 俺の今年の黒歴史のうちの一つ。

 ハマっているソシャゲの推しキャラを三上に見られてしまった通称・ミャオちゃん事変。

 そのゲームを再び彼女に見せることはないと思っていたが、ここにはあるのだ。

 他でもないガチャが。


「……俺は今からピックアップキャラを単発で引き当ててみせる。見ててくれ、三上」


 口の端を吊り上げて彼女に宣言する。

 俺の言葉に潜む自信に驚いているのか、三上は恐る恐る口を開いた。


「…………ピックアップとか単発ってなんですか……?」


 これが後の黒歴史・ドヤ顔ソシャゲ事件である。

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