講義を受けよう 文学編 その2
季節は冬。
クリスマスを目前に控え、俺は恋人である「澪」に渡すプレゼントを探しに一人、街へ繰り出していた。
「はぁ……寒いな……」
口から吐く息は真っ白で、たとえ今年雪が降らないとしてと、冬が来たという記憶は心に残るだろう。
「それにしても、何をプレゼントすれば喜んでくれるんだろう……」
恥ずかしながら、澪は俺の人生で初めてできた彼女だ。
いつからかお互い意識し合うようになっていて、数ヶ月前、俺が勇気を出して告白し、今に至る。
彼女は俺なんかじゃ釣り合わないほど美しく、正直何故OKを貰ったのか、今でもわからない。
だが、その理由を聞くこともきっと、できないだろう。
心の中では特別な理由を求めているが、現実はきっと残酷で、曖昧な答えが返ってくるからだ。
ともかく俺は、彼女に渡すためのプレゼントを選ぶため、街路樹のイルミネーションに照らされるカップルたちをすり抜けて歩いていた。
数分ほど歩き、俺は高級そうなショッピングモールに入った。
館内には冬の定番ソングが流れていて、まるで世界がクリスマスを今か今かと待っているようだ。
もし、自分が今年も一人だったら。そう考えるとゾッとする。
誰もが知っているようなハイブランド店が立ち並ぶ中、俺は少しランクの落ちるジュエリーショップに入る。
そこで店員さんに多少の惚気話を聞いてもらいながら、どうにかこうにかネックレスを買った。
なんでも、「恋人にもらったものならなんでも嬉しいけど、身につけるものならなおさら嬉しい」のだそうだ。
本当はもっと高い店のものをプレゼントしたかったが、俺はまだ大学生で、ろくな稼ぎもないから諦める他ない。
日頃、貯蓄に励まなかった自分が恨めしい。
「でも……ははっ。喜んでくれるかな……」
でも、きっと彼女は喜んでくれるだろう。
俺の名前を呼んで、嬉しそうにはにかむ顔を思い浮かべて、自分の頬も緩む。
そうだ、当日にはケーキも買ってやろう。
真っ白なケーキを二人で囲んで、好きだと言うんだ。
そのあとは、年越しの時に電話を繋いでいようとか、年明けには初詣に行っておみくじを引こうとか、カップルがする当たり前の行為を、特別なことのように話すんだ。
よさそうなケーキを見つけ、予約をしたあとは、もう一度だけハイブランドショップを見てみることにした。
先ほどと同じように店内には入れないが、窓の外から中を覗くくらいは出来ると思う。
恥ずかしげもなく抱きついているカップルを見ながらエスカレーターで下の階に降りる。
店に入るわけでも、威圧感のある店員と話すわけでもないのに、何故か心臓がバクバクと脈打つ。
変に意識してしまっているのだろう。
俺はすれ違う人々に気付かれないように深呼吸すると、控えめに店内を覗いてみることにした。
「……え、なん…………で……?」
間違えるはずがない。
腰ほどまである美しい黒髪に、長いまつ毛が際立たせるクールな目元。
俺の彼女である澪、その人だった。
しかし、彼女の隣にいるのは俺の知っている人物ではなく、身長が高く、筋肉質な短髪の男。
澪はそんな知らない男の腕に抱きつきながら「これがほしい」と、そんな風に口を動かす。
「あ……え……」
頭を金槌で殴られたような衝撃に、言葉が見つからない。
澪は他の男と二人っきりで、それも腕を組んで歩くような人間じゃない。
俺が呆然と見つめている間にも二人は商品を指さし合い、最終的に高級そうなネックレスを購入した。
自分が買ったものより光を反射するそれの値段が想像できない。
そして何より俺の心を締め付けたのは、想像の中の澪よりも、今目の前で知らない男といる彼女の顔の方が、ずっと幸せそうなことだ。
なぜ俺と付き合っている?
その問いが、胸の中で、頭の中で俺がどんどん大きくなっていく。
わからない。
こんなに高そうなアクセサリーを買ってくれて、俺より雄として逞しい奴がいるのに、なぜ俺と付き合っている?
考えても考えても、全く答えが出てこない。
「俺のことが……好き……なんだよな」
口に出してみても、確証にはならない。
仮にあの男と一緒にいる理由が財力だとすれば、俺に求められているのは愛のはず。
俺には他に、彼女にあげられるものはないからだ。
しかし、だとすれば俺があの幸せそうな笑顔を見れていないのはおかしい。
どれだけ考えても、自分の役目が見つからない。
「……そうだ。俺がもっと、澪に見合う男にならないと……」
もしかすると、これは神様からの手助けなのかもしれない。
今ならまだ間に合う、頑張って彼女に並べる男になれという。
そう考えると胸の痛みはスッと引き、活力が湧いてくる。
「……やっぱり、まずは金だよな。大学に行ってる時間が惜しいから、大学を……」
晴れやかな心に比べて足はあまりいうことを聞いてくれないが、それでも一歩ずつ前に進み、人混みにまぎれていった――。
目を開けると、教授が俺のことを見ていた。
「君、どうだった?」
どうもこうもあるか。精一杯の苦々しい顔をしてやったつもりだったが、教授はにやりと口の端を上げた。
「とても苦しいけど、胸の中に何か、違う感情が生まれていないかい?」
生まれるわけないと、大声でそう言ってやりたかったが、実際のところは彼の言う通りだった。
惨めさと敗北感に支配される胸中に、言いようのない快感が生まれているような――。
言葉にせずともそれが伝わったのか、教授は満足そうに講義に戻る。
開けてはいけない扉に手をかけてしまった気がして、その日は講義に集中できなかった。




