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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
第二章 黒木くんとメモ帳

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講義を受けよう 文学編

「えー、本日の講義ですが。フランスの有名な作家たちの作品について簡単に見ていこうと思います」


 やはり、文学を嗜んでいる人間は好い。

 言葉の端々から知的さを感じるし、言葉に詰まった時の間まで心地よく感じる。

 いや、おそらくこれは空気感に酔っているだけなのだが、それでも日頃から読書をする人間の言葉遣いが美しいのは確かだろう。

 話の流れ的にわかるだろうが、今俺が受けているのは文学、それも海外のものが主となっている講義だ。

 名前がかっこいいからという理由で法学部を選んでしまった俺が、一週間のうちで最も楽しみにしている講義。

 残念ながら三上や渋谷とはかぶっていないものの、晴れている日は小鳥の囀りと緩い風に小説のページを捲られながら、雨の日はセンチメンタルな匂いに浸りながら、文豪の作品に思いを馳せられるこの時間は、何物にも変え難い。

 そして、本日の題材はフランス文学。

 普段SFや歴史小説ばかり読んでいる俺だが、各国の有名な作品は一通り読破している。

 もちろんフランス文学も多少は嗜んでいるため、文学部はともかく、他の法学部よりは深く理解できるだろう。


「えー、フランス文学の特徴というのは、理論的ではあるものの、人間の内面に重きを置いた――」


 解説の導入部分とでもいうべき内容が始まる。

 そう、フランスの文学は人間の内面に切り込むものが多い。

 それが詩であれ、劇であれ、小説であれ、人間の知性を前面に押し出している作品が多いのだ。

 もちろん恋愛ものもあるが、こちらも内面の描写が深いのが特徴である。


「――また、フランス文学には、いわゆる魔性の女が登場しやすいのも――」


 魔性の女。人を惑わす色香や、抗い難い強制力を持つ女性のことを言うらしい。

 俺はまだ出会ったことはないが、仮に出会ってしまえば貯金残高は底をつき、それでも身を捧げることをやめられず、最後は破滅してしまうだろう。

 女性に対する耐性が相当高くない限り、虜になってしまう。

 知性、理知的であるフランス文学に、そんないかにも物語という要素を持つ女性が登場するのはおかしいのでは?と思うかもしれない。

 しかし、それは間違いである。

 そもそも――俺が言えたことではないが――日本人の恋愛は少々奥手というか、情熱に欠ける部分があると思う。

 男性は感情的というよりは理論的に、なぜあなたが好きなのか、どういうところが好きなのかという説明をするのだ。

 そうではない。魔性の女とは、愛とは、理論で理解はしていても、それを感情で凌駕されることなのだ。

 また、浅い内面描写なら「どうしてこんな女に全てを捧げるんだ?」と疑問に思ってしまうが、そこが厚いのがフランス文学。

 自分には理解できなくとも、「まぁこんな人もいるよな」と思わせてくる。


「二面性というか、ある種の裏切りにも似た感覚に襲われるわけです。しかし、それがまた胸をギュッと掴むんですよ」


 ……それはどうだろうか。

 この講義には決まった教科書というものはなく、教授が指定した小説を購入する。

 事前に読み込んでおき、講義にて、さらに深い解説を聞くわけだ。

 その解説はネットに転がっているようなものではなく、彼の一次的な情報になっているため、多少の偏りはある。

 しかし、老齢に差し掛かりつつある彼の、自らの人生経験を憑依させて生まれる解説・考察には一聞の価値はあり、俺はかなりの信頼を寄せていた。

 しかし、しかしだ。

 登場人物が破滅する理由を理解しても、自らが二面性のある女性に心を掴まれると言うのは、どうにも納得できない。

 現実で自分への裏切りに胸がときめくなんて、一部の性癖保持者だけだろう。

 どれだけ魅力的な女性だろうと、裏切られればたちまち愛も消え失せるというものだ。

 前から三列目という気合の入った場所で、無意識に眉でも寄せていたのだろうか、教授は俺の顔を見ると優しく笑みを浮かべ、マイクの音量を少し下げた。


「それじゃあ皆さん、意中の人がいるならその人を。いないなら、好きな芸能人を思い浮かべてみてください。それが同性でも異性でも、年齢も次元も自由です」


 そう言われて脳内に浮かべたのは、やはりというかなんというか、三上の姿だった。


「思い浮かべたら、今からその人に裏切られて見てください。とっても清楚だと思っていたら陰で恋人がたくさんいたとか、今まで自分に見せていた姿は演技で、本当はとても狡猾だとか、さぁ、どうぞ」


 教授の低く、落ち着いた声を聞き、俺は目を閉じた――。

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