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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
第二章 黒木くんとメモ帳

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対戦しましょう その2

後日。

 何故か俺は、再び三上に連れられてカードショップのフリースペースに座っていた。

 ここに着くまで彼女の口数は少なく、目的も不明だ。


「それで……今日はどうしたんだ?」


 俺の質問を待っていたとばかりに、得意げに胸を張って口を開く。


「もう一回戦いましょう」

「…………これから?」

「そうです。伝えていた通り、黒木くんもデッキを持ってきてくれましたか?」

「あぁ……そりゃあ持ってきたけど……」


 昨日の夜、珍しく三上からメッセージが届いた。

 その内容は『明日、一番強いデッキを持ってきてください』というもので、俺はその理由を測りかねながらも、バッグにデッキを忍ばせていたのだ。

 しかし……。


「これを使っていいのか? その……言っちゃ悪いが、今の環境でも割と通用するデッキだぞ? この間のスターターデッキくらいなら、返しのターンで瞬殺して――」

「大丈夫です。私もこの間のカードを使ってデッキを考えてきましたから、いけます」

「……ほう?」


 一瞬にして脳内が戦闘用に切り替わる。

 確かに、俺がやっていた時と比べて、今のカードは単体のパワーですら上がっている。

 当時強かったカードでも、今では初心者にすら鼻で笑われるレベル。

 インフレしていると言ってもいいくらいだ。

 だが、俺の魂とも言えるこのデッキは当時の環境で最強、ショップの大会でも優勝争いに加われるほどの逸品だ。

 彼女が現環境のカードを必要枚数しっかり揃えているならさておき、1ボックスで出たカード程度じゃ負けるはずがない。

 戦う前から勝負は決まっているようなものなのだ。


「正直言って……」

「なんです?」

「……俺が負けるヴィジョンが見えないな。三上、あまりにも無謀というものだぞ」


 できる限りニヒルな笑みを浮かべ、威圧する。

 しかし、俺の笑みが笑いの琴線に触れたのか、それとも全く意に介していないのか。

 彼女は楽しそうに目を細めながら席につき、先日プレゼントしたデッキケースからデッキを取り出す。

 だが、カードの背面は見慣れたそれではなく、愛らしい機械的な、顔に逞しいボディが合体されたイラストだった。


「そ、それは……! 3年前に一部のショップ限定で発売された『もふもふロボットシリーズ』のスリーブ! ま、まさかッ!」

「あ、これだけはフリマアプリで買っちゃいました。可愛いのがほしくて」


 スリーブだけとはいえ、フリマアプリでチェックしていたとは……かなりできる。

 しかし、口ぶりからして汎用カードなんかは揃っていないはずだ。

 焦るにはまだ早い。圧倒的にな。

 思いがけない遭遇に高鳴る鼓動を抑えながら、自分のデッキを取り出してセットする。


「それじゃあ……今回も、勝たせてもらうぜ」

「ふふっ。よろしくお願いします」


 こうして新たな戦いの火蓋が切られた。


「先行は俺がもらったッ! 俺は手札からサポートカード『多田君・爆誕』を発動し、『多田君』をデッキからスペシャル召喚するぜ!」


 今回俺が使うデッキは『多田君』系のカードで固められている。

 多田君は最初は弱いものの、サポートカードによって数々の苦難を乗り越えることで、最終的に無敵の肉体・天才的な頭脳のどちらかを手に入れることができる。

 圧倒的な火力の肉体か、搦手で相手を翻弄する頭脳か。

 戦況に応じてこれからを使い分けることができるのが強みだ。

 そして、どれだけ早く多田君を成長させられるかがゲームの鍵を握る。


「次は私の番ですね。私は『眠獣人』を出します。この効果で、多田君を三日間睡眠状態にします」

「な、なにッ!?」


 多田君はその特性上、序盤に動きを止められると弱い。

 今三上が出した眠獣人は、自分は攻撃できない代わりに相手をしばらくの間行動できなくするという妨害札、

 普段の戦いでは、別のカードを出すことで簡単に突破されてしまうが、多田君に関しては他にバトラーカードが入っていない。

 つまり、天敵なのだ。


「なかなかやるじゃないか……。俺の番だな。俺はサポートカード『300連目覚まし時計』を発動! これによって、多田君は次のターンに目覚めるッ!」

「……300使っても結構起きないんですね」

「甘く見るなよ! さらにサポートカード『平日朝の日差し』を発動! 快眠レベルが上がったことにより、多田君、起床!」


 もちろん、多田君封じの対抗策を用意していなかったわけではない。

 出来るだけ早く目覚めさせ、ここから怒涛のラッシュをかける。

 しかし――。


「この時、私はサポートカード『メガ・ネイバーフット』を発動します」

「なにぃぃぃぃ!?」

「これによって、朝の日差しはメガネで増幅、多田君の家が全焼しました」

「ま、まずい……」


 朝の日差しを逆手にとった火事コンボ。

 彼の家は焼け落ち、しばらくの間厳しい生活を余儀なくされる。 


「私の番ですね。私は『サボテン戦士・サボロウ』を出して、黒木くんに攻撃です」

「ぐわぁぁぁぁぁあ!」


 サボテンの棘が凄まじい勢いで射出され、俺の身体を貫く。


「ふむ。ミャオちゃん似の彼女は多田君を完全にメタっていますな。サボロウは攻撃時に『おサボりカウンター』を相手のバトラーに乗せることができ、さらに行動に制限をかけられますからな」

「たとえ拙者たちほどの実力者であっても、あのコンボを返すのは至難の業ですぞ……」


 いつのまにか現れた現役プレイヤー。

 彼らも三上の華麗な戦法に舌を巻いている。

 このままだと敗北するのは俺だろう。

 だが、俺は何もできずに終わるほど弱くはないぞ。


「しょうがないな……俺はサポートカード『ヤマカンレベル・極』を発動!」

「それは……なんですか?」

「いわば最終手段! お互いのカードを全て死亡させ、デッキの上から一枚を捲り、そのカード同士で勝負させる! そして、その勝負で勝った方が、同時にゲームの勝者となる!」

「クイズ番組の最終問題みたいな感じですね」


 その通り。これはまさに、一発逆転の一枚。

 今までどれだけ追い詰められていようと、最後に勝てば良い。


「さぁ……まずは俺から引くぜ」


 デッキに手を置いて、精神を落ち着かせる。

 真のバトリストとは、デッキとの信頼関係を築けている者。

 ここぞという時に謎んだカードを引き寄せられる者こそ、勝者にふさわしい。

 俺は風を切るように、一枚カードを引く」


「こい…………ふっ。勝利の女神は俺に微笑んでくれたようだな! 現れろ『パーフェクトボディ・多田』!」


 俺が絶体絶命の時にこそ、神は力を貸してくれる!

 パーフェクトボディ・多田は度重なる筋トレの末に最強の肉体を手に入れた男。

 直接対決なら誰にも負けない、まさに無敵の男!

 三上が引くカードがなんであれ、俺の勝ちは決まりだ。


「私は諦めません。……引きます」

「今更何を引いても遅い。俺が負けるはずは……なにィ!?」


 信じられない光景が飛び込んできた。

 彼女が引いたのは『お料理マッチョ麺』、先日狙っていたコラボカードだ。

 パワーは多田君には劣り、殴り合えば勝つのは俺だが――。


「このカードの効果で、多田君に手料理を食べさせます」

「や、やめろぉ!」

「たくさん食べさせたことで彼の体脂肪率が増え、自信がなくなります」

「やめるんだ! コーラもマカロンもやめてくれぇ!」


 徐々に体型が崩れていく多田。

 その目から、絶対的な自信が消え失せていた。


「……私の、勝ちですね」


 荒野に一人立っているのは、エプロンにもこもこした手袋という可愛らしい格好のモヒカンマッチョ。


「あぁ……やるじゃないか」


 二人の戦いは、三上の勝利という結末で幕を下ろした。

 これ以降、俺たちは定期的にデッキを持ち寄っては、白熱した戦いを繰り広げている――。

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