カードゲーム、しませんか? その3
「お待たせしました。ここで開けていいんですか?」
「あぁ、何かしら買った人が使えるスペースだからな」
会計から戻ってきた三上をフリースペースへと呼ぶ。
フリースペースは基本的に、店で何かを買った場合、その開封や対戦に使うことのできる場所だ。
次に数度ほど大会が行われたりもするし、ここで友情が生まれることもある。
既に夕方ということもあって、24席ほどあるスペースの半分くらいが対戦プレイヤーで埋まっていた。
三上は静かに椅子を引いて座ったあと、購入したものを机の上に置く。
「……さて、開けましょう。いろいろ教えて欲しいです」
「まかせなさい。それじゃあまずは、レアリティの解説からだな」
「……レアリティ?」
首を捻る姿を見ながら、解説を始める。
レアリティ……簡単に言うと、そのカードがどのくらい貴重かという指標のようなものだ。
下から順に、ノーマル・レア・スーパーレア・ハイパーレア・マスターレア・スペシャルレアとなっている。
1パックに入っている5枚のカードのうち、基本的にノーマルカードが4枚、残り一枚が他のレアリティだ。
また、1ボックス30パック内に、スーパーレアは6枚、ハイパーレアは2枚、そしてマスターレアかスペシャルレアのどちらかが1枚封入されている。
「……つまり、私が欲しいスペシャルレアが出ない可能性もあるってことですか?」
「その通りだな。基本的に、マスターレアが出た時点でスペシャルレアの可能性はないと思っていい」
噂では、その枠が2枚入っている箱もあるらしいが、まず当たらないので期待してはならない。
SNS上ではその箱を手に入れている人が多いように見えるが、それは当てている人間が投稿しているからだ。
勝者の陰には、数えきれないほどの敗者が存在している。
敗者は世に出ず、誰にも見向きもされず、勝者のみが栄光を浴びる。
彼女が勝者になるか、それとも敗者になるか――答えは神のみぞ知るところだ。
「……とりあえず開けてみます」
三上はその細い指で器用に、そして丁寧にシュリンクを破る。
机に置かれた生身のボックス。ことっという音が緊張を加速させた。
箱を開け、30の袋を取り出して横に置く。
「切れ込みが入れられているところがあるけど、ハサミでパックの上を切るとカードが傷つかないからおすすめだ。ほら、ハサミ借りてきたから使ってくれ」
「ありがとうございます。助かります」
説明を聞くと、彼女はカードを袋の下部に移動させ、ゆっくりとハサミで開けた。
「……記念すべき1パック目……いきます」
ごくりという音が自分から出ているのだと、喉が震えて始めて気付く。
三上は中身の見えないそれに親指と人差し指を入れ、カードをつまんで取り出した。
「それは……『眠獣人』だな」
危機感を感じさせない、仰向けで寝ている獣人が描かれている。
「レアなやつですか?」
「いや、基本的に1〜3枚目はノーマルのカードが入っているな。レアなのは4枚目か5枚目の可能性が高いな」
「ふむふむ……」
そうして2枚、3枚目共にノーマルカードを出し、緊張の5枚目。
「……あ、光ってますよ!」
「おぉ! 『メガ・ネイバーフット』だな! スーパーレアだ」
まずは一枚、カードの絵の部分が光っているカードを引き当てたようだ。
「また光ってるのが出ました!」
「『力賢者・パワルス』だな。スーパーレアだ」
「これは光り方が違いますね!」
「ウルトラレアの『バスターニーゴッド』か! これは強いぞ」
「もう覚えました。これはスーパーレアですよね?」
「その通りだ! しかも『アップリンゴ』はかなりの汎用カードだから、値段もつくと思うぞ」
段々とパックを剥くのも慣れてきて、残り半分ほど。
このワクワク感が永遠に続いてほしいが、悲劇は突然訪れる。
「これは……今まで見たことのない光り方ですね。表面がザラザラしてます」
「あー……マスターレアだな」
恐れていた事態が現実になってしまった。
スペシャルではなく、マスターレアが出てしまったのだ。
先ほども言ったように、マスターレアとスペシャルレアは、一箱にどちらか一枚しか封入されていない。
「ってことは、もうコラボカードは出ないってことですか?」
「そうなるな……」
外れたとしても、せめて別のスペシャルレアが出たとかなら気も落ちないのだが、この結果はなんとも切ない。
だが、三上は全然元気そうに笑っていて……というより、むしろ俺の方が落ち込んでいるようだった。
「あんまり落ち込んでないんだな。俺だったら半日の間は目線の定位置が足元になってるぞ」
「確かに残念な気持ちもありますけど、この、加工っていうんですか? これが綺麗でワクワクします」
少し前にも考えていたような気がするが、これが初心者の頃にあった、全てを楽しめる気持ちなのだろう。
だったら俺も落ち込んでいるわけにはいかない。
せめて彼女に楽しんでもらえるよう、もっと盛り上げないとな。
「それじゃ、残りも開けちゃうか!」
「そうですね。可愛いカードが出たら嬉しいです」
もはやお目立てのカードが出る可能性はなくなっていたが、カードそのものを楽しむ三上を見習っていたら、むしろ今の方が楽しく感じるようになっていた。
俺はうんちくを話し、彼女はイラストや名前の純粋なイメージ、感想を述べる。
残りが1パックずつ減るごとに、俺たちの笑みは増えていった。
「さ、これが最後だな」
「開けちゃいますね……あれ? なんだかまた違ったのが出てきましたね」
こちらへ向けられたカードを見た瞬間、身体に流れる血液の全てが沸騰したかのような、熱い気持ちが到来する。
十時状に輝く七色の加工。たとえ初心者だったとしても、一目で貴重だと理解できる神々しさ。
「こ……これは……!」
「あれ!? 私が欲しかったやつじゃないですか!?」
過去最高の反応を見せるのも無理はないだろう。
何故ならこのカードは、本来ならもう出ないはずの、スペシャルレアだったからだ。
「二枚箱じゃないか! まさか、実在していたなんて……しかも、狙ったカードを引き当てる運の強さ!」
「めっっちゃ嬉しいです……」
キラキラと音が出そうなほどに目を輝かせてカードを眺めている。
欲しいカードを引けた時の高揚感は、何物にも変え難い。
脳からヤバい成分とか出てるんじゃないかと思ってしまうほどだ。
「……ちなみに、そのイラストレーターさんで合ってるか? なんていうかその、随分筋骨隆々なのが好きなんだな」
「実は、この見た目ですっごく優しいんですよ。お裁縫とか料理上手で」
「ギャップってやつか……」
イラストを見ていたら思い出したが、ムキムキのおっさんたちが可愛いことをする漫画が流行っていると、SNSで流れてきていたな。
「あぁ、そうだ。三上、はいこれ」
忘れないうちに、トートバッグから財布を取り出し、中に入れていたスリーブを一枚渡す。
何かあった時のためにスリーブを一枚忍ばせていたのがこんなところで役に立つとは。
「ありがとうございます。えっと……」
ペラペラのそれの表裏を不思議そうに見ている。
「スリーブっていって、カードが傷つかないように入れておくといいよ」
「あぁ! スマホの保護フィルムみたいな感じですね。ありがとうございます」
カード本来の輝きが損なわれてしまうという欠点があるが、傷がつくよりは良いだろう。
関係ない話だが、少し傷がつくだけで、カードの査定額は大幅に下がってしまう。
紙という傷つきやすいものだからこそ、綺麗なものが求められるのだ。
「わぁ……嬉しい……」
それから数分ほど三上のカード鑑賞タイムが続いていたが、そろそろ満足したのか、全て箱の中にしまっていた。
今日は2枚箱という素晴らしいものを見せてもらったし、俺も大満足だ。
帰ったら、久しぶりに一人二役で対戦でもしようかな。
ただ、どうしても好きな方のデッキに肩入れしちゃうんだよなぁ。
どうにかして平等に――。
「じゃあ、次は対戦してみたいです」
驚いて隣を見ると、まだまだ元気ですと言わんばかりに明るい表情。
「……おいおい。初心者だからって、地獄のゲームから逃れられると思うなよ……?」
自信満々な初心者に見せてやるしかないようだ。
俺のカードラ・タクティクスってやつをな……!




