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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
第二章 黒木くんとメモ帳

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カードゲーム、しませんか?

 常識というのは、一見すると誰にでも通じる普遍的な物差しのように思えるが、その実、かなり曖昧なものだ。

 法に抵触する部分であれば大部分が固まっていると言えるが、日常の「〇〇という行為に対して〇〇といった反応を返す」といったものは、その人間それぞれの、経験してきた人生に影響を受けているだろう。

 もっと簡単な言い方をしよう。

 今まで苦いりんごしか食べたことのない人は「りんごは苦い」ことが常識であり、反対に甘いりんごしか食べたことのない人は「りんごは甘い」ことが常識と言える。

 果たして、一つの言葉・現象・物体などに対して、自分の想像していることは相手のそれと同じなのだろうか。

 自らへのこの問いを忘れることで、人は円滑なコミュニケーションから遠ざかってしまう。

 あくまでこれは俺の意見であって、反論もあるだろう。

 それに、この論が真実かどうかなんていうのは、さして問題ではないのだ。

 大切なのは、相手の言っている「言葉」の意味が、自分の思い浮かべるものと違う可能性を考慮するということ。

 つまり――。

 

「黒木くんって、カードゲームやったことありますか?」

「カードゲーム?」


 この場合、三上はどのカードゲームを指しているのか、ということだ。

 自慢じゃないが、俺は男子として王道とも言える成長の仕方をしてきた。

 小学生の頃から据え置き、手持ち問わずゲーム機にのめり込み、その頃には存在していた、両手に収まりきらない程の友人たちとカードゲームをする日々。

 どのカードが強いとか、どのデッキが強いとか、白熱した戦いの後に芽生える友情とか。

 俺にとってのカードゲームは、集めて、魅了され、組み合わせて、戦うものなのだ。

 だからここでの返答は「あぁ、あの頃はマウンテン・ドラゴンが強かったよな。今じゃリメイクカードが出てるらしいぞ?」になる……わけがない。

 先ほどの話はここに繋がっている。

 確かに、俺にとっての……いや、大多数の男子にとってのカードゲームの常識を踏まえると、先ほどの返答は合格だ。

 当時マンドラを切り札にしていたプレイヤーも多いだろうしな。

 だが、果たして女子は同じような幼少期を過ごしているのか?

 答えは考えるまでもなく、否である。

 対戦の輪に女子は加わっていたか?

 いたと答える人がいるかもしれない。しかし、それは女子のほんの一部分だろう?

 つまり、女子は別の「遊び」をしていたのだ。

 俺たちがメイク道具と聞いて口紅しか思い浮かばないように、デート前のメイク時間が10分だと思っているように、女子はカードゲームと聞くと、トランプとかUNOとか、そういうものを思い浮かべるのだ。

 そうするとどうだろう。

 俺の「マウンテン・ドラゴン」は相手にとって、意味のわからないものに変わってくる。

 長くなってしまったな。そろそろ結論を述べよう。

 この状況でベストな回答。それは、相手の立場に立つことで生み出されるのだ。


「あぁ、トランプとかだろ? 修学旅行でやったよなぁ」

「あ、いえ、『カード・バトラーズ』ってやつなんですけど」


 わかるか?

 これが思考を拗らせたものの末路だ。

 俺が悪かったよマウンテン・ドラゴン。


「『カードラ』のことか。もちろん知ってるよ」


 今思い出しましたよ、という風を装って答える。

 しかし、脳内は蘇ってきた幼少期の記憶で溢れかえっていた。

 カード・バトラーズ。

 これこそが、俺の幼少期を形成するカードゲームだ。

 一対一で対戦を行い、お互いのプレイヤーは「バトラー」と呼ばれる戦闘を行うカードや、それをサポートするカードを用いて相手の体力を0にすることで勝利する。

 俺が生まれたあたりに第一弾が発売されたらしいし、今は20年くらい続いていることになるのか。

 廃れることもなく、現代のカードゲームの中で最も人気があるタイトルだ。


「知ってるんですね。さすが黒木くんです」


 感心したように頷かれる。

 

「そ、そうか……?」


 正直なところ、三上がカードラを知っていたことの方が驚きだ。

 カードゲームと清楚女子って接点なさそうじゃないか?


「むしろ、俺の方がびっくりしたよ。三上もカードラ知ってるんだな」

「最近知ったんです。私の好きなイラストレーターさんがイラストを担当しているカードがあるらしくて、いいなぁって」

「そういうことか……」


 少年は大人になるにつれ、カードゲームから離れていってしまう人もいる。

 しかし、昔取った杵柄……はちょっと違うが、幼い頃に持っていた熱は、そう簡単に鎮火されない。

 成人しても、社会に出ても、ふとしたきっかけで再び心が燃え上がることがあるのだ。

 そして、制作側もそれを分かっているかのように、ある程度の財力がなければ買えない商品を作ったり、過去のカードを改造して現代に蘇らせたり、天文学的な確率でしか当たらないレアカードを封入している。

 だだ、これには一つの問題がある。新規層の確保だ。

 アニメやら漫画やらで現代のちびっ子にもアピールしているのだろうが、それではまだ物足りない。

 そこで考えられたのが、インフルエンサーやクリエイターの導入である。

 動画配信サイトで人気の配信者に宣伝を頼んだり、特別なカードとして、名の知られているイラストレーターにデザインを依頼することで、本来出会わない層を手に入れるという算段だ。

 まぁ、一連の話はあくまでも俺の予想でしかないが、それでもこの政策は大成功と言えるだろう。実際に三上が興味を持っているわけだし。


「それじゃあ今日はカードショップに行ってみようか」

「一緒に来てくれるんですか? 嬉しいです〜!」


 そんなこんなで、本日の予定が決まった。

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