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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
第二章 黒木くんとメモ帳

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能力者再び その3

「だからミチルはマイに会えなかったわけだな。そしておそらく、マイの身に何かあったのはその時……」

「でも、マイちゃんだって強力な力を持っているはずよ。そう簡単に遅れを取るなんて思えない……」

「何があったというんだ……俺は……何もできないのか……!」


 うずくまり、硬く握りしめた拳を地面に打ち付ける。

 数多の戦いをくぐり抜けてきたであろう、鋼鉄のようなそれには血が滲んでいた。


「……なぁ三上、俺たちもどうにかして力になれないかな?」


 あんなに辛そうな表情を見てしまったのだ。

 部外者が口を出すことではないと理解しているが、少しでも助けになりたいと思う。


「そうですね……まずはこれまでの情報を整理してみましょうか」


 そう言って、三上は自分のメモ帳に、俺たちが得た情報を書き記していく。

 しかし――。


「うーん……」

「正直な話、全然見当もつかないな」

「私もちんぷんかんぷん」


 考えても考えても、どうしてもマイが行方不明になった原因がわからない。

 この際、理由はなんであったとしても、犯人の目星すら不明だ。

 完全に行き詰まってしまった。

 でも、ここで諦めるわけにはいかない。


「ちょっとメモを借りていいか?」

「はい。もちろんです」


 見落としがあるかもしれないし、三上からメモを受け取り、じっくりと読み込んでみる。

 しかし、やはり謎を解決する手がかりはなさそうだ。 

 ――と、諦めかけていたその時。この辺りのビルの隙間を通ってきたであろう、一陣の風が優しくページを撫でた。

 一枚だけ、その内容は過去に遡る。


「これは……」


 その内容はありきたりな、普段であれば「それなの?」と言ってしまうような、独特なものだった。

 だが、その「独特なもの」が、電撃のように俺の身体を駆け巡る。


「な、なぁ三上。前回レポートやった時のメモってどこにある?」

「えっと、それだったら……」


 彼女は肩にかけていたトートバッグから、以前使っていた黒いメモ帳を取り出す。

 そしてそれを十数秒めくり、俺の手に渡す。


「わかったかもしれない……!」


 俺は三上に了解を得て、メモ帳の真っ白なページを切り取る。

 そして、そこに文章を書き、走り出した。


「あの、すみません!」

「……俺たち、ですか?」

「これ、お兄さんたちの方から飛んできたんですけど、違いますか?」

「……いや、俺たちじゃ――」

「きっとお兄さんのです! はいこれ! それじゃあ!」


 目の前の困惑している男にメモを無理やり渡し、小走りで去る。


「……ふぅ、ただいま」

「ちょっとちょっと、どういうこと?」


 渋谷が驚いた様子で話しかけてくる。


「まぁ、聞いててくれ。おそらく俺の考えは間違っていないはずだ」


 そう、俺は気付いてしまった。この事件の真犯人に。

 こうしている間にも、カップルは俺の渡したメモを読んでいるだろう。


「なになに? ミチルの会社の人間とタケル兄妹の行動範囲は被っている。靴下の色が左右で違う人は嘘つき……? ミチルの会社の人間ってつまり、上司のことか?」

「でも、ライトさんが嘘つきだなんて、そんなわけ……ちょっと待って。ライトさんの能力は確か『他人に誤った認識をさせる』もの……もしかして――」

「最初からミチルの上司の靴下の色は……同じ色のままだった……?」


 互いに目を合わせながら、徐々にパズルのピースを埋めていく。


「そういえば、以前ミチルに会った日のことなんだが、気付いたら靴下の色が左右で違っていたんだ。ただの偶然だと思ったんだけど、待ち合わせ前に誰かに触られたような……?」

「そうよ! 私もマイちゃんが消えた日、ライトさんとハイタッチしたわ!」

「……つまり、ミチルに靴下を買いに行かせている隙に、ライトはマイのところへ行ったということか。そして、マイを連れ去った……!」


 ついに、一番大きな謎が解明されたようだ。

 前回、タケルが靴下の色を変えられていた理由は定かではないが、おそらくライトが都合よく行動するためなのだろう。

 いよいよ、シーズン3もさしずめに近づいて来たのだ。

 顔を赤くし、身体をわなわなと振るわせながらタケルが口を開く。


「ゆ、許せない……マイに少しでも傷を付けたのなら、俺は

……あいつを……」


 おっと、これはまずいんじゃないか?

 タケルに闇堕ちフラグが立っている。

 だが、こういう時こそ彼女の出番だ。今のタケルの心を癒せるのは、恋人であり理解者であるミチルだけ――。


「本当よ……許せないわぁぁぁぁあ!」

「お、おいミチル……?」

「私たちの妹に手を出すなんて……八つ裂きにしなくっちゃあねぇ? ……ふふ……ふふふ……」


 実の兄よりキレ散らかしていた。

 それによって、逆にタケルは平静を取り戻している。


「もう私を止められる者はいないわ……この《能力》で、ライトさんを絶対零度の絶望に叩き込んであげる……はは、はははははは!」

「ま、待ってくれ! ミチル!」

「いくわよタケルくん! 私たちの妹を取り戻しにねぇ!」


 全速力で走り出したミチル。それを追いかけるタケル。

 ライトの居場所に目星がついているのかは分からないが、彼らは凄まじい速度で去っていってしまった。


「……マイさん、無事ならいいんだけどな」

「そうですね。でも、あの二人ならきっとやってくれますよ」


 2度目の遭遇ともなると、謎の信頼感が生まれてしまう。

 そのせいか、俺たちは妙にほっこりした雰囲気に包まれていた。


「……………………ねぇ」


 しかし、ただ一人だけ、渋谷は焦ったような、恐怖したようなトーンで声を発していた。

 とっくに飽きてスマホでも触っていると思っていたのだが、どうしたのだろう。


「私の髪の毛……ここの部分触って……?」

「ん……?」


 目の前に差し出された髪の一房。

 毛先の赤い部分で、外見上は何も変わったところはない。


「これがどうし……冷たっ!?」

「え、本当に冷たいです……」


 触れた瞬間に、彼女が何を言いたいのか理解できた。

 髪の先端、その部分だけが、不自然に冷たすぎるのだ。

 まるで、冷凍室に数時間入っていたかのような、少なくともこの状況では再現できない温度。

 これはまさか――。


「……もうちょっと信じてみることにする。色々と」

「そうだな……うん……」


 言葉通り、彼女の能力は絶対零度だったのだろう。

 「そこそこ離れた渋谷の髪に影響があるということは、真横にいたタケルはそんなものじゃ済まないのでは?」

 こんな愚問を唄う者こそ、絶対零度の絶望に叩き込まれるべきだ。

 彼女の能力は効果対象を選べるのか、タケルに耐性があるのか。

 なんにせよ、人生というものは案外都合良くできているのだから。



 ……というわけで、シーズン3も完結したことだし、俺たちは当初の目的である勉強会を開いたわけなんだが……。

 自分達の常識の及ばない現象を体験してしまったからだろう。この日は何故か、皆一様にペンが進まなかった。

 ――三上のメモ以外は。


「今日はなんて書いたんだ?」


 俺はもう、一ミリたりとも学業に専念できそうになかった。だから、机の上にペンを放り投げて、三上に構ってもらうことにしたのだ。

 それにしても、学ぶべきことが、書くべきことが沢山ある1日だった。

 彼女がそれに対して、どのような感想を抱いたのか、かなり興味深い。

 今か今かと返答を待っていると、ゆっくりと、三上は透き通った声で読み上げる。


「今日は……『人生にミスリードはつきもの』です」

「いやそこなの!? 能力者の話とかじゃないわけ!?」

「やっぱり一番響いたのはこれかなって」

「えぇ……」


 それは渋谷を揶揄うために、適当に言った言葉なんだけどね?

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