能力者再び その3
「だからミチルはマイに会えなかったわけだな。そしておそらく、マイの身に何かあったのはその時……」
「でも、マイちゃんだって強力な力を持っているはずよ。そう簡単に遅れを取るなんて思えない……」
「何があったというんだ……俺は……何もできないのか……!」
うずくまり、硬く握りしめた拳を地面に打ち付ける。
数多の戦いをくぐり抜けてきたであろう、鋼鉄のようなそれには血が滲んでいた。
「……なぁ三上、俺たちもどうにかして力になれないかな?」
あんなに辛そうな表情を見てしまったのだ。
部外者が口を出すことではないと理解しているが、少しでも助けになりたいと思う。
「そうですね……まずはこれまでの情報を整理してみましょうか」
そう言って、三上は自分のメモ帳に、俺たちが得た情報を書き記していく。
しかし――。
「うーん……」
「正直な話、全然見当もつかないな」
「私もちんぷんかんぷん」
考えても考えても、どうしてもマイが行方不明になった原因がわからない。
この際、理由はなんであったとしても、犯人の目星すら不明だ。
完全に行き詰まってしまった。
でも、ここで諦めるわけにはいかない。
「ちょっとメモを借りていいか?」
「はい。もちろんです」
見落としがあるかもしれないし、三上からメモを受け取り、じっくりと読み込んでみる。
しかし、やはり謎を解決する手がかりはなさそうだ。
――と、諦めかけていたその時。この辺りのビルの隙間を通ってきたであろう、一陣の風が優しくページを撫でた。
一枚だけ、その内容は過去に遡る。
「これは……」
その内容はありきたりな、普段であれば「それなの?」と言ってしまうような、独特なものだった。
だが、その「独特なもの」が、電撃のように俺の身体を駆け巡る。
「な、なぁ三上。前回レポートやった時のメモってどこにある?」
「えっと、それだったら……」
彼女は肩にかけていたトートバッグから、以前使っていた黒いメモ帳を取り出す。
そしてそれを十数秒めくり、俺の手に渡す。
「わかったかもしれない……!」
俺は三上に了解を得て、メモ帳の真っ白なページを切り取る。
そして、そこに文章を書き、走り出した。
「あの、すみません!」
「……俺たち、ですか?」
「これ、お兄さんたちの方から飛んできたんですけど、違いますか?」
「……いや、俺たちじゃ――」
「きっとお兄さんのです! はいこれ! それじゃあ!」
目の前の困惑している男にメモを無理やり渡し、小走りで去る。
「……ふぅ、ただいま」
「ちょっとちょっと、どういうこと?」
渋谷が驚いた様子で話しかけてくる。
「まぁ、聞いててくれ。おそらく俺の考えは間違っていないはずだ」
そう、俺は気付いてしまった。この事件の真犯人に。
こうしている間にも、カップルは俺の渡したメモを読んでいるだろう。
「なになに? ミチルの会社の人間とタケル兄妹の行動範囲は被っている。靴下の色が左右で違う人は嘘つき……? ミチルの会社の人間ってつまり、上司のことか?」
「でも、ライトさんが嘘つきだなんて、そんなわけ……ちょっと待って。ライトさんの能力は確か『他人に誤った認識をさせる』もの……もしかして――」
「最初からミチルの上司の靴下の色は……同じ色のままだった……?」
互いに目を合わせながら、徐々にパズルのピースを埋めていく。
「そういえば、以前ミチルに会った日のことなんだが、気付いたら靴下の色が左右で違っていたんだ。ただの偶然だと思ったんだけど、待ち合わせ前に誰かに触られたような……?」
「そうよ! 私もマイちゃんが消えた日、ライトさんとハイタッチしたわ!」
「……つまり、ミチルに靴下を買いに行かせている隙に、ライトはマイのところへ行ったということか。そして、マイを連れ去った……!」
ついに、一番大きな謎が解明されたようだ。
前回、タケルが靴下の色を変えられていた理由は定かではないが、おそらくライトが都合よく行動するためなのだろう。
いよいよ、シーズン3もさしずめに近づいて来たのだ。
顔を赤くし、身体をわなわなと振るわせながらタケルが口を開く。
「ゆ、許せない……マイに少しでも傷を付けたのなら、俺は
……あいつを……」
おっと、これはまずいんじゃないか?
タケルに闇堕ちフラグが立っている。
だが、こういう時こそ彼女の出番だ。今のタケルの心を癒せるのは、恋人であり理解者であるミチルだけ――。
「本当よ……許せないわぁぁぁぁあ!」
「お、おいミチル……?」
「私たちの妹に手を出すなんて……八つ裂きにしなくっちゃあねぇ? ……ふふ……ふふふ……」
実の兄よりキレ散らかしていた。
それによって、逆にタケルは平静を取り戻している。
「もう私を止められる者はいないわ……この《能力》で、ライトさんを絶対零度の絶望に叩き込んであげる……はは、はははははは!」
「ま、待ってくれ! ミチル!」
「いくわよタケルくん! 私たちの妹を取り戻しにねぇ!」
全速力で走り出したミチル。それを追いかけるタケル。
ライトの居場所に目星がついているのかは分からないが、彼らは凄まじい速度で去っていってしまった。
「……マイさん、無事ならいいんだけどな」
「そうですね。でも、あの二人ならきっとやってくれますよ」
2度目の遭遇ともなると、謎の信頼感が生まれてしまう。
そのせいか、俺たちは妙にほっこりした雰囲気に包まれていた。
「……………………ねぇ」
しかし、ただ一人だけ、渋谷は焦ったような、恐怖したようなトーンで声を発していた。
とっくに飽きてスマホでも触っていると思っていたのだが、どうしたのだろう。
「私の髪の毛……ここの部分触って……?」
「ん……?」
目の前に差し出された髪の一房。
毛先の赤い部分で、外見上は何も変わったところはない。
「これがどうし……冷たっ!?」
「え、本当に冷たいです……」
触れた瞬間に、彼女が何を言いたいのか理解できた。
髪の先端、その部分だけが、不自然に冷たすぎるのだ。
まるで、冷凍室に数時間入っていたかのような、少なくともこの状況では再現できない温度。
これはまさか――。
「……もうちょっと信じてみることにする。色々と」
「そうだな……うん……」
言葉通り、彼女の能力は絶対零度だったのだろう。
「そこそこ離れた渋谷の髪に影響があるということは、真横にいたタケルはそんなものじゃ済まないのでは?」
こんな愚問を唄う者こそ、絶対零度の絶望に叩き込まれるべきだ。
彼女の能力は効果対象を選べるのか、タケルに耐性があるのか。
なんにせよ、人生というものは案外都合良くできているのだから。
……というわけで、シーズン3も完結したことだし、俺たちは当初の目的である勉強会を開いたわけなんだが……。
自分達の常識の及ばない現象を体験してしまったからだろう。この日は何故か、皆一様にペンが進まなかった。
――三上のメモ以外は。
「今日はなんて書いたんだ?」
俺はもう、一ミリたりとも学業に専念できそうになかった。だから、机の上にペンを放り投げて、三上に構ってもらうことにしたのだ。
それにしても、学ぶべきことが、書くべきことが沢山ある1日だった。
彼女がそれに対して、どのような感想を抱いたのか、かなり興味深い。
今か今かと返答を待っていると、ゆっくりと、三上は透き通った声で読み上げる。
「今日は……『人生にミスリードはつきもの』です」
「いやそこなの!? 能力者の話とかじゃないわけ!?」
「やっぱり一番響いたのはこれかなって」
「えぇ……」
それは渋谷を揶揄うために、適当に言った言葉なんだけどね?




