能力者再び
己の身体に突き刺さる第三者の言葉からようやく解放され、課題のためにファミレスに向かっている最中。
二年生の双天使は、俺の一歩前を歩きながら楽しげに話している。
「澪っていつもどこで勉強してるの?」
「家でやることが多いですね」
「そっかぁ……家って集中できる? テレビとか動画サイトとか、誘惑が多くない?」
確かにな。妙に落ち着いちゃって、勉強しようとしてもなかなか身が入らない。
俺は適度な緊張感がほしいから、カフェで勉強することが多い。
「もちろん外で時間がある時はカフェとかで勉強するんですけど、家でもテレビとかあんまり見ないから変わらないんです」
「えぇ〜。前に観た番組って覚えてる?」
「覚えてますよ。カタツムリの生態について解説してる番組でした」
「…………面白いの、それ?」
カタツムリの解説番組を見てる三上って図がちょっと面白いな。
ロイコクロリディウムとか出てきた時、どんな顔してるんだろう。
こんな感じで脳内で会話に加わること数分、目的地のファミレスが目の前まで迫ってきていた。
が、しかし――。
「……が…………じゃないか!」
「…………なの!?」
店の前で、何やら喚いている二人組がいる。
まだ顔が確認できないが、声からして男女の組み合わせ。
おそらく、痴話喧嘩がもつれにもつれた結果、店を追い出され、すぐに第二ラウンドを開始したのだろう。
それにしても、家の中じゃないんだし、もう少し離れたところでやってくれればいいのに。
「あのさ、あの二人が落ち着くまで少し待たないか?」
今の状態なら、もしかすると目の前を通っただけでいちゃもんをつけられるかもしれない。
どんなに怒っていたとしても、その頂点は6秒ほどしか持続しないと聞いたことがあるし、念には念を……ということだ。
「あー確かに。ちょっと様子見てみよっか。面白そうだし」
「本音漏れてるぞ」
「冗談だから!」
まぁ、客観的に見る痴話喧嘩ほど面白いものはそうないだろう。
当人たちは必死で仕方ないだろうがな。
と言っても、俺には恋人がいたことがないので、その気持ちは分からないんだが。
「じゃあ、そのあたりで待ってましょうか」
三上に促され、俺たちはファミレスの向かい側で待機することにした。
カップルとの距離は先ほどより縮まっているため、少し耳をすませば会話内容を聞き取ることができそうだ。
「……だったら…………なんじゃ……か!」
「私は…………………………よ!」
もう少し集中してみよう。
なになに?
「じゃあ俺は一体どうすればいいんだ!」
「落ち着いてタケルくん! まだ方法はあるはずだわ!」
……ん?
タケルくんって、どこかで聞き覚えのある名前だぞ。
いや、名前だけじゃない。二人の声にも覚えがある。
「ミチル……俺は一体どうしたら……」
ミチル……ってまさか!
「な、なぁ三上? あの二人ってもしかして……」
「はい。靴下の色が左右で違う人ですよね」
「……そうだよな」
俺は能力者カップルとして覚えていたんだが、三上は靴下に目が行っていたのを思い出した。
いやまさか、またあの二人に会えるなんて。
ついにシーズン3が始まってしまったということだ。
「え、なに? どういうこと?」
そうだ、渋谷は前回のレポートの時にいなかったんだよな。
俺がしっかり教えてやらないと、新規層が減ってしまう。
「あの二人は実は能力者なんだ。今でこそカップルとして仲睦まじく過ごしているが、元々は彼女の方は、彼氏を監視する役目を負っていたんだ。だが、段々と彼女の中に愛が芽生えていき、ついに二人は結ばれたのさ……」
「いや、能力者ってなに……?」
「そしてシーズン2の――」
「なにシーズンって……」
シーズンはシーズンだ。
1シーズンあたり、おそらく8か12話くらいだろう。
毎回一時間近くあるから、数話見逃すと追うのがダルくなるんだよな。
「シーズン2のラストでは、お互いの秘密を打ち明けて再び手を取り合った二人が、組織を潰すためにカチコミをかける……というところで終わったんだ」
「うんうん。何にもわかんないことがわかった」
怪訝そうな渋谷の顔。混乱していますと顔に書いてあった。
「……あれか? 海外ドラマとかあんま見ないのか?」
「めっちゃ見るけど……そういうことじゃなくて! その能力者とかなんとかって、本当に信じてるの?」
「もちろん」
「えぇ……」
動画配信者でもなければ、街中でいきなりあんなことはしないだろう。
下手すると警察に通報されてもおかしくない声のボリュームだし。
しかも前回と今回で、2回も擦るほどのネタじゃない。




