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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
第二章 黒木くんとメモ帳

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変わらない日々

「はい。それじゃあペンを置いて、答案用紙を裏にして置いてください。これから私が回収しにまわりますので、まだ帰らないように」


 ボールペンをノックする音。

 緊張から解放されたからか、机に足をぶつける打撃音。

 隣の席の生徒と早速感想会を開く者。

 三者三様の反応が現れる中、俺は――。


「…………終わった」


 虚空を見つめ、口から生み出されるや否や、すぐにでも溶けてなくなってしまいそうな悲惨な呟きを漏らしていた。

 幸いにもこれは、一学期末の試験ではなく小テストだ。

 今回の失敗が、全てに直結するわけではない。

 とはいえ、成績にはバリバリ響く。

 合唱コンクールで一足先に歌い出してしまった時くらいに響く。トラウマものだな。


「……ですか?」


 本番でやらかさなくて良かったけどな。

 今回の反省を活かして、前期の期末試験ではもう少し頑張るとしよう。


「大丈夫ですか?」


 不意に肩を叩かれて、身体が数センチほど跳ね上がる。

 どうやら、呼ばれているのに気が付かなかったようだ。

 右を向くと、俺に声をかけた張本人が目に入った。

 猫のように涼やかな目元に並行の二重。

 可愛いというより美人、ミステリアスという言葉が似合う彼女は、一見すると近寄り難い雰囲気を放っているが、ピンク色の薄い唇に湛えるかすかな微笑みによって、それを中和していた。


「ごめん三上。気が付かなかった」

「そうだと思いました。その様子だと……あんまりです?」

「あぁ……爆死って感じだ」

「そんな日もありますよ。また勉強会しましょうね」


 そう言いながら、ポニーテールに纏めていた髪を解く。

 ヘアゴムの圧迫感から解き放たれた美しい黒髪は、彼女の腰ほどまである。

 試験中の邪魔にならないよう、30分程度とはいえ髪を結んでいたのにも関わらず、彼女の髪には微塵も跡がついていない。

 長い黒髪は重たく見えがちと、この間ファッション誌に書いてあったのを読んだが、彼女の場合はその限りではないようだ。

 一辺倒な色味ではなく、艶やかな質感が教室の蛍光灯の明かりを吸収し、何倍もの煌めきで返している。

 俺の友達・三上澪は、今日も神秘的な魅力に溢れていた。


「ぜひ助けてくれ……パフェでもなんでも、いくらでも頼んでいいからな」

「イタリアンプリンもですか?」

「当然だ。イタリアンでもフレンチでも、なんのプリンでも頼んでいいぞ。硬さも自由だ」

「わぁ、太っ腹ですね」


 大学内の「付き合いたい女子ランキング(俺調べ)」で毎回上位をキープしている三上に勉強を教えてもらえるのだ。

 代償がなければ逆に怖い。そのうち身体の一部を持っていかれるかもしれないし、借金はすぐに返しておくに限る。

 ランキングという冗談はさておき、実際、彼女は生徒の中で、かなりの注目の的である。

 ほら、耳を澄ましてみると――。


「おい、三上さん今日もめちゃくちゃ可愛綺麗だよな」

「まじでな。今日の白いシャツに黒いジレって組み合わせもシンプルで似合ってるぜ!」

「お前、よくジレなんて知ってるな? 俺も最近知ったばっかなのに」

「そりゃあお前、三上さんの服装くらい理解できるようになりたいからな」

「なぁんだ、俺と同じ理由じゃねぇか! ははは!」


 一介の大学生がファッションを勉強するための活力になっている。あとお前ら仲良いな。

 他方、女子の会話にも耳を傾けてみると――。


「三上さんってどうしてあんなに髪の毛綺麗なんだと思う?」

「やっぱり毎日ケアしてるんじゃない? ほら、肌もとっても綺麗だし」

「ほんと、雪みたいに真っ白で傷一つないお肌よね……」

「羨ましい……ってか、隣にいる男子って誰だっけ? いつも三上さんと一緒にいない?」

「さぁ、影薄いし守護霊とかじゃない?」


 同性から羨望の眼差しを向けられているようだ。

 ちなみに俺は守護霊ではない。実体として二本の足があるし、壁をすり抜けもしない。

 ということで、彼女がどれだけ異次元の存在か、わかってもらえたことだと思う。

 俺がノーマルだとしたら、彼女はスーパーウルトラレアなわけだ。

 一度ガチャに登場すれば、セールスランキング一位は約束されている。


「ふぅ……」

「どうかしたんですか?」

「いや、どうしたら俺もレアに昇格できるかなと思ってな。進化素材の見当もつかないんだ」

「よくわからないですけど、黒木くんは素敵な人だと思いますよ?」

「み、三上……」


 意味不明なことを言う俺に首を傾げながらも、元気づけようとしてくれている。

 素敵な人という言葉がすぐに出てくる時点で彼女も十分素敵な人なのだが……そんな返しができるほど、俺は褒められ慣れていなかった。


「……あ、そういえばナントカっていうモンスターの心臓を食べると進化できるって、この間テレビで言ってた気がします」

「おぉ……ちょっと……探してみるよ……」

「はい。頑張ってくださいね。応援してます」


 人差し指を立てて満足気にしている彼女に悪いところはないが、もしかして、俺を悪魔に進化させようとしているのだろうか……?


「それじゃあ、今回の講義はここまで。試験はまだ先ですが、怠けすぎないように」

 

 俺の就職先が魔界に決まろうかとしているこのタイミングで、ようやく教授が答案を集め終えたようだ。

 空気の緩まりが最大限に達し、一気に騒がしくなる。

 もちろん周囲の人間の声量も大きくなるのだが、そのお陰で、この後の展開が予想できた。


「ねぇ、今日の試験ヤバくなかった!?」


 声の主は、三上と並んで生徒たちの視線を集める人物――渋谷美奈だ。

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