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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
第一章 三上さんとメモ帳

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「本の話をしている時の黒木くんは、凄く楽しそう」



「……これかな」


 おそらく凄まじく真剣な形相だったのだろう。

 10分ほど狭い店内を練り歩いていたのに、店員さんは一向に話しかけてこない。

 そして、それほどの集中力で俺が選んだものは、黒いスキニーパンツだった。

 おいそこ、めちゃめちゃ定番じゃね? とか言わない。

 定番も定番だが、これでも頑張って選んだのだ。


「普段はゆったりした服装だけど、三上って細いから、こういう細いパンツも似合うと思うんだよな」

「そう……ですか?」

「あぁ。特に黒いスキニーはスタイルが良く見えるだろ? モデル顔負けになれると思うぞ」

「ふむふむ……なら、一回着てみてもいいですか?」

  

 もちろん二つ返事でOKを告げた。

 彼女は店員さんへ声をかけ、試着室へ案内される。


「お連れ様はこちらでお待ちくださいね〜」


 衣擦れの音をなるべく気にしないようにしながら待つこと数分。

 シャッと試着室のカーテンが開く。


「どうですか?」

「おぉ……」

 

 アースカラーでゆるりとした普段のスタイルは、それ自体が三上の落ち着いた雰囲気とマッチしていて、とても似合っている。

 しかし、だからといって他の系統が似合わないわけではなく、パンツスタイルも完全に履きこなしていた。

 スキニーパンツのお陰で、元から細い脚はさらに強調され、類稀なスタイルの良さが嫌でも伝わってくる。


「めちゃくちゃ良いよ。俺が店員さんだったら、逆にお金を払ってでも持って帰ってもらうだろうな」

「褒めすぎですよ〜」

 

「はいはい」という反応ではあったが、俺の言葉を聞いて満足したのか、三上はこのパンツも購入することにしたようだ。


 そして、最後に訪れたのがアクセサリーショップ。


「アクセサリーを付けてるところもあんまり見ないな」

「ネックレスとかブレスレットとかリングとか、あんまり惹かれないんですよね。今日は第一歩っていうことで、シュシュを買うことにしました」


 今年はチャレンジする一年のようだ。

 彼女が選んだのは、リボンの形をした黒いシュシュだった。

 それを手に取った瞬間、夏の暑さに対抗するため、髪をポニーテールに結ぶ三上の姿が脳内に映し出される。

 ゴムを咥え、両手で髪を持ち上げる。髪を纏めやすい様に下を向くと、白いうなじが露わになった。

 自分の血液が沸騰寸前まで温度を上げているかの様な感覚に陥る。

 想像するだけでこれなのだ。実際目にしたら、俺は死んでしまうかもしれない。

 まぁ、その後のやり取りは必要ないだろう。

 三上は欲しい服が買えて、俺は夏が来る意味を見つけ、それぞれ満足げな表情を浮かべながら店を後にする。


「一応見る予定の場所は全部まわったけど、どうせだし上の階も見てみるか。確か……インテリア系のフロアだったな」

「そうですね。実は家具屋さんとかワクワクして好きです」


 五階に上がる。

 今までの階層は若者が主な顧客層だったが、こちらは高級そうな家具が置いてあるだけあって、品格のあるおじさまやおばさまが数人歩いているだけだった。


「一気に静かになったな」

「照明も少しオレンジっぽくなってるし、落ち着きますね」


 安心感のある雰囲気につられ、自然と歩く速度も遅くなる。

 青を基調にした北欧風のものや、黒一色だが装飾によって奥行きが出るゴシック調のものなど、通路を歩いて左右に視線をやるだけでも楽しい。


「このソファ可愛いですね……値段はちょっと可愛くないですけど」

「うわ、あのカエルの置物も高いぞ。6万でなんて、誰が買うんだ?」


 何気ない話をしていると、通路の真ん中で一人、キョロキョロあたりを見回している女の子が目に入った。


「あれって……近くに親っぽい人はいないよな」

「迷子……ですかね」


 海外ではショッピングモールの中でも誘拐があるらしい。

 日本はそれより安全だとしても、危険がないとは言い切れない。

 俺たちは、女の子に声をかけてみることにした。


「ねえ君、もしかしてはぐれちゃった?」


 出来るだけ驚かせないよう、優しい声色を意識して尋ねてみる。

 女の子はこちらへ振り向くと、不思議そうに首を傾げて


「さっきまでお母さんと一緒にいたんだけど、どっかいっちゃった」


 と答えた。

 やはり迷子だった様だ。

 俺たちは顔を見合わせ、互いに頷く。


「それじゃあ、お兄ちゃんとお姉ちゃんと、お母さんを探そうか」

「うん。ありがとうお兄ちゃん」


 この子は思ったよりもしっかりしているな。

 知らない人に話しかけられても怯える素振りがないし、俺たちに素直に着いてくることから、自分勝手にどこかに行く様にも見えない。

 おそらく、母親とは偶然逸れてしまったのだろう。

 二人で母親を探していると、少女は無邪気に話しかけてくる。

 

「ねぇねぇ、もしかしてお兄さんとお姉さんは恋人同士なの?」

「え!? ち、違うよ」


 だいぶ焦ってしまったが、三上が何か言う前に俺が答える。

 事実なのだが、実際に口に出して否定されると、恐らく俺の硝子の心は粉々に砕け散ってしまうと思ったからだ。

 隣を見ると、照れた様に微笑む三上と目が合う。

 

「なんだー。でも、お兄さんとお姉さんお似合いだよ!」

「お、お似合いって……」

「そう? ありがとう〜」


 お似合いという言葉も、三上の反応もお世辞だと分かっているものの、否定せずに少女の頭を撫でる姿を見ると、胸の高鳴りを抑えられない。


「二人とも仲良しそうだし、付き合ってると思ったのになぁ」

「ほら、君にも仲のいい男の子がいるんじゃない?」

「いるよ。だけど、二人で遊びに行ったりはしないもん。二人で遊びに行くって、好き同士ですることでしょ?」

「いや、それは……」


 現実はそう簡単にはいかないのだが、純粋さ故の質問は、鋭利な刃物を突きつけられているようだった。

 その時、俺を救うべくして館内放送が流れる。

 どうやら迷子を探している様で、少女は、迷子の名前がアナウンスされた時に「これ私!」と元気に答えた。


 

「本当にありがとうございます! ごめんね、お母さん逸れちゃって」

「許してあげるー! とりあえずコーラ買って!」


 待ち望んだ母と子の感動の再会である。

 お母さんは何度もこちらに頭を下げていた。良い人そうで安心だ。娘の方は将来、かなりの交渉上手になるぞ。

 そんな会話をしながら、少女は母親に手を引かれて歩いていくが、一度こちらへ振り返ると、もう片方の手を大きく振った。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん! またねー! 付き合ったら教えてねー!」


 二人して苦笑いで手を振り返す。

 歳に似合わず堂々としていたが、少々ませている女の子だったな。

 今時の小さい子は、みんなあんな感じなのか?

 そういえばこの間テレビで、小学生のうちからカップルが……まぁいい。


「……俺たちも帰るか」

「そうですね。お母さんが見つかってよかったです」

「あぁ。そうだな」


 俺たちもエスカレーターへ向かい、今日一日かけて登ってきた道を、あっさりと降りていく。


「本、読んだら感想聞かせてくれよな」

「もちろんです。すぐ読んじゃいますね」


 頷く彼女と共に外に出ると、空は、澄んだオレンジ色になっていた。

 今日も良い一日だった。

 そんな満足感を感じているのは、俺だけじゃないだろうか。三上も共有してくれているだろうか。

 不安に思って横を向くと、先程買ったメモ帳に書き込んでいる姿が目に入った。


「早速使ってるんだな。書き心地はどう?」

「とっても良いです。サラサラすぎてびっくりしました」

「それは良かった」


 そのまま、彼女が書き終えるのを、ぼーっと遠くを見たまま待っていた。

 辺りはとても静かで、彼女が書き終えたことまで、しっかりと理解できた。

 

「それで、今日はなんて書いたの?」


 普段なら、待ってましたと言わんばかりに記したことを読み上げてくれるのだが、どうしてか返事がない。


「三上?」

「……知りたいですか?」


 初めての返答に驚いた俺の顔を見て、彼女は意地悪そうに笑う。

 

「今日は、秘密です」

「え、なんだよそれ!?」


 教えてくれない日は初めてだ。そういうのもあるのか。

 どうやら、俺が思っている以上に、女の子には秘密があるらしい。


「あれか、俺の選んだパンツが変だったか!?」

「ふふ、教えませ〜ん」


 顔を綻ばせながら俺の顔を覗き込む。

 彼女がなんて書いたのか、検討もつかない。

 だが、何故だか俺は、この晴れやかな気持ちを三上も感じてくれているだろうなと、そう思うのだった。

需要あるよ、これからも読んでやってもいいよと思ってくださる優しい方がいたら、

ブックマークや、ページを下の方に動かしていって、☆5をつけて応援していただけると泣いて喜びます。

執筆スピードも上がります。

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