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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
第一章 三上さんとメモ帳

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ショッピングモールに行きませんか? その2

「どっか気になるところはある?」

「あ、あのバナナジュース飲みたいです」


 彼女が指差した先には、巷で有名なバナナジュース屋があった。

 実は今、若者の間でバナナジュースが密かに人気なようで、この店が提供するそれは、他店よりもフレッシュなことを売りにしているらしい。

 ……ちなみにこの情報は、さっきSNSで服のトレンドを調べている時に目に入った。やっぱり情報収集は偉大である。


「えっと、普通のバナナジュースを一つください」

「俺はこの……黒胡麻バナナジュースでお願いします」


 幸い店には誰も並んでいなかったため、スムーズに買うことができた。

 数分待って、店員さんから二人分の商品を受け取る。


「はい、こっちが三上のだな」

「ありがとうございます。え〜可愛いですね!」

「……可愛いな」


 黄色い液体のどこが可愛いかは分からないが、少なくともはしゃいでいる三上は可愛い。


「ここの店って最近人気らしいな。なんでも、他の店より新鮮さをアピールしてるみたいだぞ」

「詳しいんですね。すごいです」

「ま、まぁな? ほら、新鮮なうちに飲まないと。どんな味なのか気になるし」

「ですね。早速飲んでみましょう」


 危うく付け焼き刃がバレるところだった。

 興味深そうにバナナジュースに挑む三上を見ながら、俺もストローに口をつけ、恐る恐る吸引してみる。

 すると、まず口の中に冷たさが広がった。

 そして次の瞬間――。


「うわ、これ……めちゃくちゃバナナだ」


 俺が頼んだのは黒胡麻バナナだったが、バナナをそのまま液体にして口の中に入れていると錯覚してしまうくらい濃厚な味わい。

 いや、実際バナナを液体にしているわけだが、そのくらいモノとしての感覚が強いということだ。

 そして、その中からほのかに香ってくる黒胡麻が、甘ったるさを見事に中和している。


「ん〜! 美味しいです〜!」


 三上もご満悦なようで、あまり見ることない満面の笑みで喜んでいる。

 ここまで彼女を喜ばせられるなら、俺も来世ではバナナジュースになろうか悩んでしまうな。

 それか、野生の動物になって彼女にバナナを届けに行くのもいい。

 これは豆知識だが、バナナといえばゴリラのイメージが強いが、実は二者の分布地域は全く別らしい。

 だが、ゴリラは甘い果物を好んで食べるため、動物園にいる個体はバナナを食すのだそうだ。

 つまり、俺が彼女にバナナを届けたい場合、ゴリラではなく別の生き物に……ってなんだこの話。


 ジュースを飲んだ後は、他に特にめぼしい店がなかったので、エスカレーターで二階へ上がる。

 二階には本屋や文房具店があり、俺たちはメモ帳を探すために、そこに向かうことにした。


「メモ帳ってここで買ってたんだな」

「一応家の近くにも売ってるんですけど、どうせなら今日買いたいなって。種類もいっぱいあるし、新しいメモ帳と出会えるかもしれません。一期一会ってやつです」

 

 三上曰く、黒くて小さいメモ帳がいいらしいが、その条件で絞ってもかなりの数が並んでいる。

 やはり機能性を重視しているのだろうか、彼女は一通り商品を見たあと、リングのついた、罫線のないものを選んだ。


「これにします〜。黒木くんは、見たいところありますか?」

「あ、この後少し、本屋を見てもいいか?」

「もちろんです。黒木くんは本好きですもんね。それじゃあ、とりあえずメモ帳買ってきちゃいますね〜」


 そう言うと、三上はレジへ向かって行き、会計を済ませる。

 彼女が戻ってきた後は、文房具屋の隣にある書店に入った。


「次は黒木くんの番ですね。一緒に探しましょうか?」

「ありがとう。でも、多分すぐ見つかると思う」

 

 忘れていたが、今日は俺の好きな作者の新刊が出ていたはずだ。

 新刊といっても、新たに執筆された物ではない。

 その小説家は、今から100年ほど前に亡くなっていて、今回の新刊は、未だ書籍化されていない作品を出版したものなのだ。


「えっと……あったあった。これが欲しかったんだよ」

「無事に見つかってよかったですね」

「そうだな。三上は気になってる本とかないのか?」

「私は今は特に……もし良かったら私に、黒木くんのオススメを教えて欲しいです」

「オススメか……そうだな、これなんてどうだ?」


 趣味を覚えていてもらえたことに若干の感動を覚え、涙腺が緩くなっていることを悟られない様に、同じ作者のお気に入りの作品を手に取って三上に見せる。


「カバーが近未来的でかっこいいですね。どういう作品なんですか?」

「これはな、ある日主人公が事故で死んでしまうんだけど、その記憶をロボットに移植することによって生き返るんだ。でも、厳密には男は生き返ったわけじゃないだろ?」

「確かに、人間としての男の人は死んじゃってますもんね」

「そうなんだよ。だから男は考えるんだ。自分が心を持った人間なのか、プログラムに基づいて行動するだけの機械なのか。自分の行動が、本当に自分の望んでやっていることなのかを。この作者は難解なSF物を書くことが多いんだけど、この作品は読みやすくて、それでいてテーマがしっかりとしているから読み初めに最適だと思う。ちなみに、何年か前に映画化もされているんだけど、そのストーリーは原作とは少し違っていてな。ただ、映画の方は続編なんかもあって…………あ、ごめん!」


 気付いた時には、三上は微笑みながらこちらを見つめていた。

 しまった。好きな作品を三上に読んでもらえるかもしれないと、つい語りすぎてしまった。

 気持ち悪いと思われていないだろうか。


「ごめん。嬉しくて、つい……」


 思わず本を持つ手を引っ込めようとすると、三上は俺の手を掴み引き留めた。

 熱心に解説したことで身体が火照っていたからか、触れた手はひんやりとしていて心地良い。

 そして、その熱が急激に彼女の手を温め、触れているのが現実だと実感する。


「まったく謝ることじゃないですよ」

「……そ、そうか?」

「はい。むしろ、私は楽しそうに話す黒木くんが見れて嬉しいです」


 俺も安心させるためだろう。

 三上は嬉しそうに、口元を手で押さえながら笑っている。


「じゃあ私、これを買います……読み終わったら感想言い合いましょうね?」


 そう言うと、彼女は俺が持っていた本を取り、会計へと歩いて行く。

 いつもより早く歩く三上が気になりつつも、俺も自分のお目当ての本を購入すべく、レジへと向かうのだった。

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