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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
第一章 三上さんとメモ帳

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演劇を見ろ! その4

「あら、ここがお城ですのね」

「ようこそお越しくださいました、ウェーブ姫」

「お迎えありがとうございますでゲス。私、姫のウェーブと申しますでゲス」

「どう考えても山賊の話し方!」


 うわ、完全に漫才だ。

 しかも微妙に面白くないし、南條先輩、足甲の間から熊さんの靴下見えてるし。

 そんな謎のやりとりが数回続いて、ついに話は進展するようだ。


「隊長! こんなことやってる間にウェーブ姫が到着されたようです!」

「なに!? まだ社交ダンスもしていないというのに! とりあえずお通ししろ!」


 舞台裏から、門が開くような重厚な金属音がする。

 そして、ややあって人々の歓声が聞こえてきた。

 ようやくキーキャラクターであろうウェーブ姫が到着したようだ。

 果たして彼女は兵士と隊長の漫才を止めてくれるのか、はたまたその一員となってしまうのか。

 そんなドキドキを胸に、到着を待っていると――。


「あら、みなさんお待たせしたようですね。私がウェーブでございます」

「いや、なんでやねん! ……あ、すいません」


 予想外の事態に大声を出してしまった。

 しかし、驚くのも無理はないだろう。なんと、袖から堂々と登場したのは渋谷だったのだ。

 先輩が言っていたサプライズっていうのはこれのことか。

 今年の学祭では、人気急上昇中モデルの渋谷を登場させることで、人々の話題をかっさらおうという魂胆なのだろう。

 確かに、俺は狙いにまんまとハマって驚いてしまったわけだしな。

 衝撃を受けすぎてそこからの内容はあまり覚えていないが、ウェーブ姫とジョー隊長が軽快な掛け合いを繰り広げ、今は、ひょんなことから二人が姉妹だということがわかったところだ。

 

「まさか、貴女が私の生き別れの姉だったなんて……!」

「ふっ、隠していてもバレてしまうとは。そうさ、私が姉のジョーナンだ!」


 ジョー隊長、もといジョーナンは本物のように見えた髭を取り外し、さらに兜を脱ぎ捨てる。


「そうか……! 隊長は、ウェーブ姫がお腹の中にいた頃にはそばにいたんですね!


 だからウェーブ姫の真似が上手かった……のか?


「そういうことさ……大きくなったな、ウェーブ」

「お姉さまっ!」

「こうして、離れ離れになっていた姉妹は再会を果たし、なんやかんやあって幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」


 役者達が観客(二人)に向かって深々と礼をし、舞台の幕が降りる。

 俺は拍手をしながら、今まで自分が観ていた劇について考えてみた。

 ふむ、最初から最後まで全然意味がわからなかったな。

 ジョーナンとウェーブ姫が生き別れることになった理由とか不明なままだし。ジョーナンが男のふりをしていたこともな。

 そう思うものの、まだ改良途中なのだろうし、設定に穴があっても無理はないかもしれない。

 三上はどう思っただろうか、感想を聞いてみよう。


「なぁ三――」


 ハッとなって口をつぐむ。

 待て待て。三上の目、若干潤んでないか?

 いや、俺の気のせいかもしれないし、もう一度チラッと様子を確認してみよう。


「…………」


 常人が一瞬見ただけではその違いは分からないが、俺には手にとるように理解できる。

 一見いつも通りのクールな表情に思えるものの、涙をこぼすまいとしているのか、まつ毛がぷるぷると震えているし、若干目が赤くなっている。

 やはり、少し泣いているのだ。感動するところあったか!?

 だめだ、泣きそうな三上の可愛さと疑問が混ざり合って、脳内が整理できない。

 一度落ち着こう、深呼吸しよう。


「すぅー……よし、大丈夫だ」

「黒木君、どうかしたんですか?」

「……いや、面白かったなって思ってさ。三上はどうだった?」

「とっても良かったです。最後の方なんて、ちょっとうるっときちゃいました」

「……ソウダナー」


 三上のツボがおかしいのではない。

 きっと俺の感受性が死んでいるのか、考察が浅いのだろう。

 そういうことにしておこう。そして、これ以上は触れないようにしておこう。

 感動の余韻を壊すのもどうかと思うし、少しの間俺は黙っておくことにした。

 すると、舞台裏からジョーナン……ではなく南條先輩がこちらへ向かって歩いてくる。


「待たせたな、少年少女よ! ……それで、どうだった?」

「あ、とても良かったです。俺の感想なんですけど、ウェーブ姫の――」

「ちょっと待ってくれ、三上が何か書いているようだ」


 本当だ。先輩の声に反応して横を見てみると、三上は感想を書いているのだろうか、さらさらとペンを走らせていた。


「……はい。ごめんなさい、書けました」

「ふむ、三上よ。それは今の劇に対する感想か?」

「そうです」

「ならば言ってみるが良いぞ。大丈夫だ、私は演劇に身も心も捧げている身。賞賛であろうと非難であろうと、正面から受け止めてみせる」

「……わかりました」


 先輩の演技に対する並々ならぬ想いが伝わったのか、三上は決心するように一度頷くと、書き上げたものを口に出す。

 

「南條先輩の靴下は……熊さん、です」


 ……え、そこ!?

 しかも感想でもないし、確かに熊さんがチラチラ見えていたけど!俺も気になったけど!

 こんな関係のないことを言われたら、流石の先輩も怒るのではないだろうか。

 恐る恐る先輩の方を見てみると、彼女は眉間に皺を寄せ、かなり険しい表情をしていた。

 ほら、やっぱり怒ってるよ……。

 俺も一緒に謝れば許してくれるだろうか。


「せ、せんぱ――」

「はっ……! そうか……それはとても興味深いな……うむ。大変参考になったぞ、感謝する」

「いえ、こちらこそありがとうございました」

「なんで!?」

「あ、黒木の感想はもういいぞ。私は満足したからな」

「先輩!?」


 いやまあ、俺の感想はかなり薄いものだと自負しているから助かったけど、一体先輩は、あのメモから何を読み取ったんだ……?

 謎が謎を呼ぶ。結局、俺たちは――というより三上は、劇団員に感謝されながら、稽古場を後にした。

 ちなみに、その後三上がもう一つ何か書いていたから見せてもらったが「漢字を上下逆にすると別人っぽくなる」と書いてあった。

 確かにな。

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