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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
第一章 三上さんとメモ帳

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演劇を見ろ! その2

「やぁ、少年少女! 元気かね? かね!?」

「南條先輩。こんにちは」

「講義終わりに失礼するよ! やぁ三上ちゃん、今日も美しいね! その美しさといえば、そう!」

「…………?」

「…………ええっと…………まぁほら、すごいな!」

「ありがとうございます〜」


 大きな瞳にデカい足音、溌剌とした笑顔。

 その印象が霞むほど、光り輝く金髪ツインテールにデカい声。

 それが、俺たちの数少ない上級生の知り合いである南條琴音だ。

 デカい態度に反して今日もちんまりとしている先輩は、同じく控えめな胸を存分に張って堂々としているが、どんな用件で俺たちを訪ねてきたのだろう。


「それで、今日はどうしたんですか?」

「どうしたんですか……? おおっ! 危うく忘れるところだった!」


 もしかしたら、俺が訪ねなければこのまま雑談会になっていたかもしれない。

 

「そうだったそうだった……ご存知の通り、私が率いる演劇サークルは、学内でも有数の人気を誇っている」

「そうですね。確か、今年の学祭で披露する劇のチケットも、もう半分くらい売れてるって聞きました」

「そうなのだ! 詳しく言うと68%が売れているぞ。そして、君たちを訪ねたのは他でもない……その劇について意見をもらいたくてな!」

「劇の意見……ですか?」


 南條先輩も言っていたが、彼女の率いる演劇サークルは、学内に数ある同系統のサークルの中でも群を抜いて人数、演技力ともに優れており、学内外に多くのファンを抱えている。

 そして、実力派の彼女達が最も力を入れているのが学祭での発表なのだ。

 毎年多くの観客がチケットを片手にやってくるだけあって、そのクオリティは凄まじい。

 去年、俺と三上もその劇を見たのだが、素晴らしい内容に感動して泣きそうになってしまったのを思い出した。

 今回意見をもらいたいというのも、やはり、より良い作品を作ろうとしているからなのだろう。

 そういうことなら、手伝わない理由はない。


「俺が力になれるなら全然いいですよ。むしろ、観れるのが光栄です。三上はどうだ?」

「はい、私も喜んでお手伝いします〜」

「感謝感謝である! それでは早速、我々の稽古場へ来てくれるか? なんと今日は、サプライズゲストも……おっと、これ以上は言えないなァ……。私は準備があるから先に行く、さらばだ!」


 よく通る声で高らかと告げると、南條先輩は物凄い速さで教場を出て行ってしまった。

 何故練習にサプライズゲストがいるのかは触れないでおく事にしよう。


「それにしても、今日も嵐のような人だったな……」

「南條先輩はいつも突然ですよね。そういえば、私たちが先輩と知り合った時も、かなり唐突だった気がします」

「あぁ……確かに……」


 あれは、去年の学祭終わりの事だったな。

 学祭最後の楽しみとして足を運んだ演劇も見終わり、帰路につこうとしていた俺たちに、後方から突如として、凛とした声がかけられたのだ。


「そこの二人、待てぃ! そこの、おいお前らだ! ほら、影が薄い特徴がなさそうなやつと、とんでもなく綺麗な髪の!」

「あ……俺たちですか?」


 振り向くと、目線の先には誰もいない。


「……おい、少し頭を下に向けろ」

「すみません。悪気はなかったんです」


 身長は145センチくらいだろうか。

 声の正体は、数十分前には壇上に上がって涙を流していたはずの、ちんまりとした生徒だった。

 一年の講義では見たことがないし、何より凄まじく大きな態度なので、おそらく先輩で間違いないだろう。

 劇の時にも思っていたが、彼女の金髪はとても明るく、ムラもない。

 さらに碧眼ときているし、ハーフなのだろうか。

  

「悪気がないなら良い。それで、二人は先程劇を見ていた少年少女だな?」

「はい……そうですけど……盗撮とかしてないですよ?」


 頭にはてなマークを浮かべる俺たち二人を意にも介さず、尊大な様子で続ける。


「そんなことを疑ってはいないわ!  実はな、これは演者としてあるまじき事なのだが、壇上からお主ら二人を視界に捉えた瞬間、私の身体に電撃が走り、お前たちに釘付けになってしまったのだ」

「……それは、劇の途中でビリビリペンをノックしたからではなく?」

「いや、確かにビリビリペンは痛かったが、そんな生やさしい雷撃ではなかった。目の付け所が鋭いな、黒髪の乙女」

「やったー」


 三上の棒すぎる喜び方が気になる。

 まぁ、それは良いとして、何故先輩は俺たちを見て衝撃を受けたのだろう。

 特に変なところもないと思うが。


「話を戻すが……あの時私は、お前たち二人に物語を感じたのだ!」

「……物語、ですか?」


 全く意味がわからない。

 隣をチラリと見てみるが、俺と同じく三上も首を傾げている。可愛い。


「うむ。しかし、如何に学内のスーパースターと呼ばれる私でも、その理由まではわからなかった。だが、何か重大な出来事がお前たちには起こったような、そんな気がしている」

「は、はぁ……。確かに、何もなかったわけじゃないですけど、大したことでもないですよ。なぁ三上?」

「そうですね。世界を揺るがすようなことではないです」


 重大なことは起こっていないのだが、彼女は俺たちに何を感じ取ったのだろう。

 

「しゃらくさい! とにかく私は! これから! お前達二人の先輩となる! いえーい!」

「……はぁ?」


 いけないいけない、いくら意味がわからない相手だからと言っても先輩である。

 礼儀正しい対応をしなくては。


「そのなんで先輩になるんですか?」


 そもそも先輩って、宣言してなるものなのか?

 しかし、困惑する俺たちの様子も気に留めず、彼女はふんぞり返っている。

 

「つまりな、私はお前たち二人から物語力を感じたわけだ。物語力とはすなわち想像力。二人の先輩となる事によって、そこから新たなインスピレーションを得て、より良い演劇を作ろうとしているのだよ、ワトソン君?」

「いきなり理論的な解説をされるのがイラッときますね! あとワトソン君はスルーしておきます」

「まぁまぁ、細かいことは気にするな! あと、『影の薄い特徴のなさそうなやつ』の時点で反応するのは悲しいからやめろ!」

「余計なお世話です!」

「ということで、今日からよろしくな! 困ったことがあったら私をいつでも頼るが良い!」

「大丈夫です!」


 そんなこと言われてもな。

 いくら素晴らしい演技で魅了されたからと言って、俺たちにとってこの人は不審者同然なのだ。

 そう簡単に仲良くなるなんて――。


「よろしくお願いします〜」

「いいの!? 明らかにやばい人だよ!?」

「ダメですか?」

「うむ、くるしゅうないぞ!」


 ――こうして、南條先輩と俺たちは知り合った。

 それから彼女は、時々俺たちの元を訪ねて来ては謎の遊びに付き合わせたり、試験が近くなると、謎に試験対策のプリントをくれたりするようになったのだ。

 ちなみにそのプリントは、大体8割ほどが試験に出題されるというトンデモアイテムである。

 あれ、いい先輩じゃないか?


「……ただ、今考えてみても、あの出会い方は意味わからなくないか?」

「きっと先輩には、私たちが見えていないものが見えているんですよ」

「……そうだな」

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