スイーツを食べに行こう その2
「と、とりあえず、スイーツを取りに行こう!」
「そうですね。何にしようか迷います〜」
楽しそうに辺を見回す三上。
俺の思考とは逆に、カップル扱いされていることに全然気を取られていないようだ。
そんな三上と連れ立ってスイーツを物色しに行く。
席の間を縫って進んでいくと、右側にはケーキ、左側にはアイスクリームメーカーが見えた。
「お、こんなところにエクレアがあるな」
「杏仁豆腐も捨てがたいですね」
「あそこにはケーキがあるぞ! ちょ、ちょっと行ってくる!」
「ふふっ……私も適当に見てますね〜」
三上に一言断って、ケーキエリアに足を踏み入れた。
久しぶりに恋人と出会ったかのように鼓動が早くなるのを感じながら、宝石のように並べられたそれを見る。
ムースやシフォンケーキの他にも、ゼラチンでコーティングされたものなど、見ているだけで楽しい。
「よし、最初はショートケーキがいいな」
トングで優しくケーキを包み、皿に乗せる。
「おぉ……トレイが華やいだな」
銀色の味気ないトレイの上には雪原、そして真っ赤な花が咲いているようだった。
その後も新たな生物群系を築くかのように、色々なスイーツを取っていく。
「次は……あれ?」
あまり取りすぎないようにと思っていたのだが、気付くと俺のトレイの上はスイーツで一杯になっていた。
夢中になりすぎてしまったようだ。
「これ以上は乗りそうもないな……」
そう思って三上を探して戻ろうとするが、どこにも見当たらない。
その後もふらふらと周囲を見回しながら席に戻ってみると、既に三上は欲しいものを取り切ったようで、一人座って俺が帰ってくるのを待っていた。
「待たせてごめん! そんなに時間が経ってるとは思わなくて……」
「いえいえ。夢中で選んでる黒木くん、面白かったですよ」
片手を口元に当て、微笑する三上。
「……見てたのか?」
「というか、途中までずっと真後ろにいましたよ」
当たり前のように違うところにいると思っていたから、全く気が付かなかった。
「完全に一人の世界に入ってた……。申し訳ない」
「いえいえ。気付かないなんて、よっぽど甘いものが好きなんですね。新事実です」
退屈だったはずなのに文句の一つも言わない三上に、強い罪悪感を感じる。
いくら好きなものだからって、もう少し周りを見るべきだった。
「それでもごめん。次から気をつけるよ」
「気にしないでください。ほら、念願のスイーツ、食べましょう?」
「ありがとう……!」
その言葉に甘えて、食前の挨拶をする。
まずはエクレアを頂こうと決め、口に運ぶ。
「これこれ……脳に染み渡る……。まさに稲妻が直撃したような衝撃だ」
「ふふ、大袈裟ですよ」
「講義の疲れが吹き飛んでいくのを感じるよ。三上は何を選んだんだ?」
「今食べてるのは、ピスタチオのケーキです。色が綺麗ですよね」
鮮やかな緑色をしているケーキは、ピスタチオだったようだ。
あまり見ない気がするし、俺も後で食べてみよう。
「そういえば、今日は着いてきてもらったわけだけど、三上は普段甘いもの食べるのか?」
「甘いものですか?」
「うん。どんなのが好きなのかなって」
納得したように頷く三上。
目線を斜め上に上げながら、記憶を辿っているようだ。
「あ、パンが好きで、よく甘いパンを食べてますね。最近はマリトッツォっていうのが流行ってるんですよ」
「ま、マリ……? そ、そうらしいな! 俺も食べてみたいと思ってたんだ!」
マリなんとかさんの事は存じ上げないが、これは良いことを聞いたな。
最近のパンには女子ウケのいいものも多く、近頃だとクリームの多く入ったものが流行っていると渋谷が話しているのを思い出した。
「もしやこれがマリなんとかさんか……?」
「フランスの人の話ですか?」
「あぁ、いや……そんなところだ」
と、ともかく、また一つ有用な知識を手に入れることができた。
大学の隣にある公園では、人気店が多数出店しているパンフェスティバルなんてのも開かれているらしいし、今度三上を誘ってみよう。
思いがけず、デートの口実を発見することができた。
「黒木君、なんだか嬉しそうですね」
「まぁな。ちょっと良いことを思いついて」
「そうなんですか? 知りたいです」
残念だが、それを教えることはできない。
だからそのかわり、今この瞬間の会話で彼女を楽しませられるように努力しよう。
「――それで、その時現れたのが、悪魔のスライムだったんだよ」
「山場ですね。攻撃が全く効かないなんて、どう攻略するんだろう……」
「俺の予想では、プールを……おっと」
雑談をしながらもスイーツに伸びる手は止まらず、トレイの上は空になっていた。
三上のトレイを見ると、まだケーキが二つ残っている。
時間もまだあるし、次はアイスでも作ろうかな。
「話の途中だけど三上、ちょっとアイス取りに行ってく……」
一言断ろうと横に座っている三上の方を向くと、何故か彼女と目があった。
講義を受けている時も隣に座っているが、それよりも近い距離。
そのせいか、慣れているはずの視線に言いようのない美しさを感じ、言葉が止まってしまう。
大きな瞳と、それをさらに大きく見せようとまぶたに入る線。
吸い込まれてしまうそうな気分になったその時、三上ははっとして口を開いた。
「わ、わかりました。待ってますね」
「ご、ごめんな! 行ってくる……」
我にかえった彼女の言葉でなんとか戻ってこれた。
流石に男子とこの距離で見つめ合う事に慣れていないのだろう。
あまり慌てる素振りを見せない三上までもが狼狽えていた。
タイミング的にいえば、彼女の方が先に俺を見ていた事になるが、その理由は定かではない。
きっと偶然なのだろうが。
そんな思考から逃げ出すように席を立ち、アイスクリームを作りに向かった。
「ただいま三上。ど、どうだ、この素晴らしい作品は」
「チョコスプレーがカラフルで可愛いと思います」
少し時間を空けたおかげか、俺が戻る頃には二人とも元通りになっていた。
若干ぎこちない感じもあるが、先程の感覚が抜けていないだけだろう。
再び彼女からの視線を感じる気もするが、気のせいだろうと無我夢中でスプーンを動かす。
アイスクリームを食べ終わる頃、ラストオーダーを知らせに店員さんが来てくれた。
永遠に続いてほしい天国のような時間ももう、終わってしまう。
「あ〜、満足満足。今日はありがとう。これでしばらくは生きていけるよ」
「いえいえ。私も久しぶりに来たかったので、丁度良かったです」
三上も楽しんでくれたようで良かった。
また折りを見計らって誘うとしよう。
「そういえば、今日はメモ書いてないんだな」
「さっき三上くんがアイスを取りに行ってる間に書いておきました」
そうだったのか。
今日はたくさん待たせてしまったから、今度お詫びをしなくちゃいけないな。
「今日のメモは、糖分が足りていない時の黒木くんは、独り言がすごい。です」
「……ごめんなさい」
お詫びをさらに二つくらい上乗せしよう。
重ねて反省する俺を見て、三上は楽しそうに笑みを浮かべていた。