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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
第一章 三上さんとメモ帳
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講義を受けよう 美術編


「というわけで、今日はスペインの画家について学んでいきましょう」


 静寂の中、ハキハキとした教授の声が教場に響く。

 話し方から四角い眼鏡のつるを指で摘んで持ち上げる仕草まで、どれをとっても知的に見える。


「本日のテーマはゴヤです。この講義を受けている皆さんの中にも、彼の絵を見たことがあるという人は多いんじゃないかと思います」


 もうお分かりだろうが、今俺が受けているのは美術史の講義だ。

 本来であれば、美術史は俺の所属する学部の科目ではない。

 一般教養科目の単位を取得するために受講しているのだ。

 もちろん専門科目だけをひたすら修めまくっても卒業はできるが、それに比べて楽な講義をこなしていく方が精神衛生上良いだろう。

 その本心はサボりたいからである。


 もちろん隣には麗しの三上の姿があり、彼女は俺と違い真面目に講義に取り組んでいるようだった。

 いや、俺も講義を聞き、レジュメに書き込んではいるのだが、こうやって教授の話を聞いていると、俺の数少ない特技である「妄想」が働いてしまうのだ。


「彼はのちにカルロス4世の宮廷画家となり、その一家を描いた――」


 ふむ、俺にも絵の才能があれば、毎日のように三上をスケッチしていたのかもしれない。

 黒板を見つめているときですら美しさに一点の翳りもなく、筋が通っていて高い鼻は、彼女が如何に「高嶺の花」かということを暗喩しているようだった。

 これはちょっとギャグっぽいな。


 話を戻そう。スケッチの話だったな。

 スケッチに限ったことではないのだが、まるで写真を撮ったのように美しく、そして緻密な絵を残せる人間は尊敬に値する。

 描かれる経験もしてみたいが、それよりも素晴らしい絵を描き、人に感謝されてみたいものだ。

 ということで今日は、もし俺が画家だったら、どんな三上の姿を描いてみたいかを考えることにしよう。

 教場には悪いが、この時点で講義から脱線させてもらうことにした。


「特に有名な作品と言えば、我が子を――」


 だが、ちゃんと講義を聞いていないと三上に思われたくはない。

 ここら辺で熱心に頷き、真面目アピールをしておこう。


「……うんうん、わかる」


 よし、ちょっと感心してる様子も出しておいたし、これでいいな。

 隣で足と机がぶつかる音がしたが、気のせいだろう。


 それでは、「三上の、絵に残したい姿」選手権、開幕である。


 まず最初に登場するのは、「その日初めて会ったときに挨拶してくれる三上」だろう。


 微かに微笑みながらこちらに挨拶をしてくれる姿は天使、または朝に降り注ぐ日差しそのものであり、それを摂取することで俺は生存を可能としているのだ。

 三上に彼氏でもできてしまったら、多分俺の大学生活は爆発四散して終わりを迎えるだろう。

 いや、彼女の幸せが一番なんだけど、ねぇ?


 ちなみに、三上の挨拶には「おはようございます」と「おはようございます〜」の2パターンがあるのをご存知だろうか。

 前者の方がハキハキとしていて、後者の方がおっとりとしていて癒される。

 ここは三上検定二級でも出題されているので、後で復習しておくように。


 最初からなかなか強力な三上が出てきてしまった。

 しかし、次に紹介する三上も負けず劣らずの強カード。

 その名も「俺の話を聞いてくれている時の三上」である。


 え、普通に聞いてるだけじゃないの?

 普通はそう思うだろう。当然の反応である。

 だが、三上はその育ちの良さから、人の話を聞く時にはその方向に身体を向け、相手の目をできるだけ見ながら聞くのだ。


『な、なんて教育の行き届いたお嬢様なんだー!』


 あまりの清楚パワーに、脳内に潜む俺が実況を始めてしまったようだ。

 ここからは、実況の脳内黒木と、解説の現実黒木のコンビでお送りしたいと思う。


 ということで解説を始めよう。

 まずは三上の、話を聞く体勢についてだ。

 彼女がこちらに身体を向けてくれることで、会話に興味がある事が窺い知れる。


『これは話す方も嬉しいぞー!』


 そして、目と目が合うことで、さらにその威力を強固なものとしているのだ。


『なんてしっかりとした教育を受けているんだー!』


 だが、これには弊害も存在している。

 常に彼女の美貌にノックアウトされている俺としては、目が合うと緊張して上手く話すことができないのだ。

 ということは同時に、彼女の表情をよく見ることもできないというのを意味している。


『見たい…! 照れない心が欲しい!』


 もしこの瞬間を絵にすれば、毎日姿勢の良い三上を見ることができ、QOLが鰻登りになるだろう。


『ハッピーな毎日だァァァ!!』


 さぁ、続いて候補に上がったのは「笑いを堪えているときの三上」だ。


『おぉーっとぉ! ここでレアな三上が登場だぁ〜!』


 三上が感情を露にする数少ない瞬間である。


「あの三上が、プルプル震えているぅ〜!』


 先程も微笑む姿は紹介したと思うが、爆笑というレベルで彼女が笑う場面はほとんどない。


『それはつまり……』


 俺がつまらないからとか悲しいことは言うな。

 じゃなくて、彼女の笑いのツボというのはよくわからない所にあるのだ。

 現時点で判明しているのが、


『靴下が左右で違う時ダァ〜!』


 実況の脳内黒木くん、ありがとう。

 今彼が述べた部分が、現在俺が知っている唯一の、彼女の笑いセンサーに引っかかる事象である。

 つまり、相当予想外のことがなければ、三上が爆笑する姿を見ることができないのだ。


『それはお前が実力不足なんじゃないのかァ〜?』


 ブーメランである。

 だが、見るのが難しい甲斐あって彼女の笑顔の威力は凄まじく、上品にも口元は隠されてしまうものの、大きな猫のような目は幸せそうに細まり、しかし長いまつ毛が強調されて全く小さく見えない。


『か、可憐だァ〜! 上を向いたまつ毛が美しさに磨きをかけているぞ〜!』


 その通り。素晴らしいシーンだということに異論を唱える人間はいないだろう。


 以上が、今回エントリーされた三上の――。


『おっとぉ!? ここで、凄まじいまでの力を持った選手が入場してきたようだ〜!!』


 なんだと?

 一体誰なのだろう。ここまでに登場した三上でさえ、地球を破壊できるほどのパワーを秘めていたというのに。

 それよりも強力な三上なんて、俺の記憶に――。


『あーんしてくれた三上だぁ〜!!!!!』


 うおおおお!!!

 そうか、それがあったか!

 あまりに刺激が強すぎて、もはや記憶の奥底に封印されてしまっていたのだ。

 それが、前回公園に散歩に行った時、サイコロステーキを食べさせてくれた三上である!


『この強さS 級、いやSS級三上だァ〜!』


 その時の俺は緊張し過ぎて、碌に彼女の顔も見ることができなかった。

 それを絵に残すことができたのなら、あの時見逃した姿を脳裏に焼き付けることができる。


『なんて幸せなんだァ〜!!』


 ここにきてベクトルの違う選手が現れるとは。

 いつの時代も、あっと驚くような若者が世界の常識を――。


「はい、今日の講義はここまでにします。えー講義を受けてね、美術に興味を持ったら是非美術館に足を運んでみてください。レジュメや教科書で見るのと本物を見るのとでは訳が違います。ということで、また来週」


 おっと、ここからが面白いところだというのに。

 あまりに議論が白熱しすぎて講義が終わってしまったようだ。

 結論からいうと、どの三上も最高だったので全て絵に残したい。

 わかりきった答えが出たところで、俺は隣にいる女神の姿を視界に入れる。

 彼女はボールペンを片手にメモを取っており、やはりというか、その姿もまた……。


『可憐だ……』

「わかる……」


 いけないいけない。

 そろそろ脳内黒木にはご退場いただこう。

 このままでは、俺が独り言を呟いている危ないやつだと思われてしまう。

 もう1人の自分が萎んだところで、三上に声をかける。


「三上、今日はなんて書いたんだ?」

「きょ、今日はですね……」


 何故彼女が言い淀んでいるか定かでは無いが、この講義に突っ込むようなところはあると思えないし、今回はそんなに――。


「黒木君は、自分の子供を食べたことがあるかもしれない……です……」

「え!? 待ってなにそれ!?」

「わ、私は秘密にしてますね……」

「いや、よく分からないけど誤解だよ!?」


 その後、若干怖がっている三上にぼかしながら説明をし、なんとか誤解を解くことができた。


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