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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
第一章 三上さんとメモ帳
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モバイルバッテリーを貸してほしい


 近年の若者とスマホとは、切っても切り離せない関係にある。

 検索サイトにSNSやゲーム、目的地までの地図の役割、果ては課題までスマホで提出できてしまうのだから、現代の技術力には驚かされるばかりだ。

 いや誰目線だよ、と思われるかもしれないが、ともかく現代人の多くがスマホ依存症と言われるだけあって、充電の消耗も激しいのだ。

 まぁ、俺はそんなにスマホを使う方ではないので、そんな悩みとは縁遠い……はずだったんだが。


「……まずい、スマホの充電がない」


 ある理由から、最近は彼、あるいは彼女を過労死寸前にまで追い込んでしまっているのだ。


「これは困ったな……」


 充電の残量を示すマークは赤くなり、さらに詳しくいうと、あと10%しかない。

 普段ならば、別に携帯が使えなくなったくらいで落ち着かなくなったりはしないのだが、何を隠そう、黒木君は心配性である。

 帰宅途中に誰かに襲われたとして、このままでは警察に助けを求めることも出来ず、路地裏の闇に葬られてしまうだろう。

 そして、翌日俺の遺体を見ながら刑事が言うのだ。

 ……充電の切れ目が、彼の命の切れ目だったようですな……と。

 そう考えたら、スマホの充電がないというのは死活問題なのだ。

 しかも、不幸な事に今日はモバイルバッテリーを自宅に忘れてしまった。

 ポケットをまさぐっても、鞄の中をかき回してみても、出てくるのは覚えのないレシートだけ。

 朝急いでると忘れちゃうよね。

 となると、現状を打開するために俺がとれる行動はただ一つ。誰かにモバイルバッテリーを借りるのだ。


「はぁ……」


 思わず深いため息が出てしまった。 

 なんて簡単な事なんだろう、バッテリーくらい、すぐに借りられるじゃないか。友達が多い人間ならそう思うかもしれない。

 だが、俺には友達がほとんどいないのだ。

 今日は渋谷は学校に来ていないし、俺の隣にいる三上は見る限り、そもそもスマホを最低限しか使用していない。

 ならば、充電がなくなる要素がない彼女がモバイルバッテリーを所持している可能性は0に近く、望み薄という事だ。


 ……そうは言っても、やらずに諦めるのは愚かである。

 どうせダメだとしても、やらずに後悔するよりやって後悔したい。

 もっと重要な局面で同じことを考えられる気がしないが、物を借りるくらいなら、俺だってできるのだ。


「三上、ちょっといいか?」

「いいですよ。どうしたんですか?」


 俺が呼びかけると、三上は講義の準備をしている手を止めて、ゆっくりと身体をこちらに向けてくれる。

 その上品な美しさは今日も健在で、俺に向けて放たれる透き通るような声は鼓膜を震わせ、全身に広がって活力が溢れてくるようだった。だいぶ変態っぽいな。

 いつまでもその感覚を味わっていたいところだが、あまりぼーっとしていても怪しまれてしまうため、心を鬼にして本題に入ることにした。


「悪いんだけどさ、もしモバイルバッテリーを持ってたら貸してほしいんだ。不幸が重なったというか、ちょうど忘れちゃって」 

「あ、良いですよ。私は充電持つんで、遠慮せず全部使っちゃってください」

「あ……ありがとう」


 そう言って三上は、鞄の中から白くて薄い充電機器を取り出す。

 それが全く汚れていない事から、彼女が普段スマホを殆ど使っていないことが再確認できる。

 だというのに常に用意周到な所が、彼女の性格を表しているといえるな。

 バッテリーを三上から受け取ると、食事を待ちわびているスマホに端子を差し込む。

 良かったなスマホよ、三上が優しくて。


「……黒木君がバッテリー切れになるなんて珍しいですね。込み入った連絡があるとかですか?」


 レジュメと小さなメモ帳、ボールペンを取り出した三上は、なにやら興味深そうに質問してくる。

 

「それが……ちょっとハマっちゃってな」

「ハマっちゃった? 新しいアプリとかですか?」

「あぁ、そうなんだよ。CMでやってたゲームを暇つぶしに入れてみたら、これが思いの外面白くてさ」


 そのゲームはキャラを育て、パーティを作り、ストーリーを進め、そこでもらった石を使ってまたガチャを引く……という、いたってオーソドックスなタイプのソシャゲである。

 しかし、他のゲームと違うところが一つある。

 それは「オート機能」だ。詳しく言うと、一度その設定をオンにすれば、それを解除しない限り、自分が何をしていても指示通りに動いてくれるというものである。

 つまり、テレビを見ながら、課題をやりながら。

 そういうスマホを触っていない時間に、自分のアカウントが勝手に強くなっていてくれるのだ。

 まぁ、最近ではオート機能を搭載しているゲームは多いが、俺がハマるものは、いつもオート機能のないものばかりだった。

 そういうわけで、今日も電車内で音楽を聴きながら自動労働をさせていたところ、ガシガシと充電が削られこの様だ。

 

「そうなんですね。私そういうのに疎くて……どんなゲームか見てみたいです」

「あー、それは……なんていうか……」


 思わず渋る様な素振りを見せてしまう。

 三上に自分のプライベートを知ってほしいわけではない。むしろ、聞いてくれること自体はとても嬉しい。

 そして、俺のやっているゲームは別にやましいものではない。

 ……ただちょっと、女の子が多く出てくるというだけなのだ。

 それだけならまだ見せ……いや見せられない気がするが、さらに隠しておきたい理由がある。

 

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