夏の夜の理不尽
ガタン……、という音で眠りから意識を引き戻された。風が出てきたようだ。
私は窓をあけて寝ていた。周囲に畑が広がるマンションの7階は、土ぼこりが多いのが難点だが、いい風が入ってくる。
カタン……、カタン……、と風が窓を揺らし続けるのを子守歌がわりに、私は眠りに落ちていった。
うだるような昼の暑さに辟易して、その夜も、私はぐったりとして眠りについた。
ガンッ! 大きな音で、はっと目が覚める。窓になにかがあたったみたいだ。レースのカーテン越しに外を見るが異常はない。あくびをしながらベッドに戻ったとたん、バンッ! なにかが激しくぶつかったように窓ガラスが震えた。コウモリでも激突したか? あわてて確認したがガラスは無事だ。しばらく様子をうかがったが、強い風が吹くわけでもなく、虫の声以外は静かなものだった。
次の日も、その次の日も、それは続いた。
家族は、なにも聞こえないという。
一週間もすると、ああまたか、と頭の隅で一瞬思い、すぐに眠りに戻れるようになった。
しかし、その夜は違った。
ガタッ、ガタタッ……、窓ガラスが揺れたあと、ギィィィー、とガラスを引っかくような不快な音が眠りを妨げた。
キッ、キィィー……、か細い悲鳴のような音が、耳について離れない。さらに厭な音の中に、かすれた低い声が、とぎれとぎれにまじっているのを、無意識に耳が拾っていた。
(……い……いよ……も……う…………い……)
夢かどうかもわからない。体が硬直して冷や汗が出る。耳の意識だけが覚醒していた。くり返す、苦し気に震える声。ふと気づくと、べつの声がまじっていた。
(……みつ…………け……■……)
翌日、掃除をしようとレースのカーテンをあけて、ひっ、と息をのんだ。
ざらりとした土ぼこりが窓ガラスについた手の跡をくっきりと浮かび上がらせていた。びっしりと、幾重にも重なっている手形。一直線に下に伸びる、引っかいたような跡。
二週間が過ぎたが、声はまだ聞こえる。