前章1-7 仄明り
両者の間に分厚い壁でもあるのか。目を覚ましてもヤツは動いてはいなかった。静観している。いや、手を出せないと言うのが適切か。低い呻り声を出しながら「厄介な物が出た」とばかりに虎の眉間には深い皺、睨みにも一層の気迫がこもる。そうして、待ちきれなくなったのか前脚を振りかざしながらこちらに跳躍してくる。
「わ、うわ。こっち来たよ…!」
「お主は何もせんで良い。その眼でよく見ておれ。」と。
この間、約10秒程。
「手ぇは、汚したくないのう」と何もない空間から中反りの日本刀を生成する。抜き身にする間はないまま鞘で虎をぶん殴って、レジカウンターの方向へ飛んで行った。おおよそ私が持っている身体能力ではなく、鋭く光る刃を携えて今度こそ息の根を止めようと距離を詰めた。
あ?
「大丈夫ですか!!!」
正義感は認めよう。だが、邪魔な相手が増えた。警察官だ。ランヤードリングで繋がれたS&W社製の拳銃を構えながら店内へと入ってくる。生子と周辺を交互に見ながら。当然その手に持っている物に目が行くわけで。まずいな。
「手に持っている物を置け!」まぁ、そうなるのう。
「検非違使か何か知らぬが…説明しておる暇はない。おおよそ、ここにはその拳銃で死ぬような奴はおらぬぞ。」
むぅ~っと、ガラの中から虎が起き上がる。それをみるなり警察官は「どっちがどっち」なのか判別できなくなったようだ。両社が放つ独特の気迫に脳が恐怖でいっぱいになった。銃口で相手を選んでいる。小刻みに震える脚。叫びとマズルフラッシュ。虎の脚に命中させるも銃創はすぐ塞がってしまう。貴重な5発の弾はこの異形の前では全て無駄となる。
「ん゛っ…」
(え…?)
日本刀を持っている方の腕を撃たれた。あっちがダメならこっち。色白の腕を血が伝っていく。筋は良いのかもしれぬな、と痛がる様子を見せる事なく。傷口に炎が灯ると弾が浮き出てきて、その傷は跡形もなく消えた。
(致命傷を受けぬかぎり大丈夫じゃ。)
「ひ、ひ、人じゃ、ない…」
「分かれば良いのじゃ。死にたくなければココを離れろ。後はいくらでも好きにすると良いのじゃ。」
(少し長引いたのう…)
足に力をこめ、跳躍。刃を振りかざすもこれを辛うじて避ける。相手は素早い。一撃離脱の立ち回りをとりつつ、勝機を伺う。
(!)
自分が見ている時の流れが遅くなる瞬間は、大体その後何かが起こるもので。隙を見つけた狐は躊躇いなく虎の首を斬り飛ばした。刀身にべったりついた血を斬り払いして鞘へとしまう。
「片付いたの。」と血だまりでひたひたになった亡骸を見ながら呟く。始終を見ていた警察官はいつの間にか居なくなっていた。あの野郎、と乾いた血がこびりついた腕をチラ見する。
一体、何が何でどうなっているんだ。「黒い」血だまりが生子の足元まで広がった。
すごく日が空いた。