前章1-3 ピンポイント
その店は、大通りに面した場所にあった。のぼり旗の「SALE!」の文字、ガラスサッシに貼られた折り込みチラシの拡大コピーから、店側のやる気度が伺い知れる。車で来ている人も多い。多少気後れしつつも入店する生子を、自動ドアは機械的に迎え入れる。
「あ、けっこう安いなぁ…。へぇ~こんなデザインも出たんだ…」
カゴを持たずに見て回る。服だけでなく靴、鞄、アクセサリー…色々な物が魅力的な価格で陳列されている。買う気がなかった生子はいちおう所持金を確認する。
「はは…やっぱりね。」
お札に見えた紙はレシートだった。薄々感づいてはいた。ATMでおろせば一応、お金はあるが。自分で自分に失望しながら店内巡りを再開する。そして、1枚のパーカーに手をかけた時だった。
…何?
首が縮こまる轟音と共に店内が少し揺れた。これはおおよそ人間が出せる音ではない、と直感が告げる。これを皮切りに、店内は慌ただしくなった。その場にへたり込んだり、非常口を探す人。こういう時に冷静な自分をつくづく「天邪鬼だなぁ」と思いつつも生子は周辺の様子を伺うことにした。ニュースで時たま耳にする「アクセルとブレーキを踏み間違えて…」系の事故だろう、であってくれと。車にはエアバッグもある。誰も死んでいませんように。と。
…とりあえず落ち着こう。
感覚をより鋭敏にしてみると、さっきまでここにいたであろう人達の声が数えるほどしか聞こえないことに気が付く。まだそんなに時間は進んでいないはず。
「皆外に避難したのかな…」
再びの轟音と共に、移動しようとした生子の顔に放物線を描きながら何かがぶつかる。中々の勢いで当たった生子は少しの間悶絶する―――
やがて視界のフォーカスが合ってきて、それの正体は明らかとなった。非日常がさらに加速していく。服の袖ごと千切られた腕がまだ新しい状態でタイルの上に転がっていた。「なによ…これ…」と叫びたくなる気持ちも失せるほどだ。みるみる自分の血の気がサッーと引いていくのが分かった。
そして、まだ音の鳴る方へ目を向ける。LED照明の下、土埃を纏いながら紫のような黒のような形容しがたい色をした…人?だ。人が立っていた。周りの床は血だまりが点在していて、説明などいらない状態であった。こいつが全てやったのだと。
「と、とりあえず警察警察…」
いつもは秒で入力できるスマホのロック解除のパスコード。冷静だと感じていただけ。やっぱりこの状況を恐れ焦っていたのは私だった。「緊急通報」機能の事も頭にはなかった。
何度も後少しの所でパスコードの入力に失敗する。