前章1-2 関係者
「おばば様、やっぱり…」
「ああ、遅すぎたようじゃのう…色々とな。」
落書きだらけのコンクリート塀に囲まれた袋小路。小雨がパラつく。番傘をさしながらおばば様と呼ばれる老女は使いに走らせた白蛇と足元の骸に見入っていた。人が倒れている。数え切れない傷。中でも目をひくのは食い千切られたらしい右脇腹の大きな傷だ。回復体位のような体位で倒れているが、肉はおろか骨も無く、中の臓器も掻き回されてぐっちゃぐちゃである。
しかし問題はそこではない。
「全身が真っ黒じゃ。そうとう濃い気を浴びたのじゃな…」
「もう事切れてるもんね…」
「風に紛れて何か来たと思うたら…」
規則正しく舌を出し入れする蛇の傍でおばば様は、「ううむ…」とその皺が沢山刻まれた脳のデータベースに検索をかける。視覚から得られる情報と自分が保管している知識を紐づけていく。
「…これは悪しき者…正確には者ではないが、害をなす汚らわしい輩の仕業じゃ。わしら社の者が祓い鎮めるのが本来なのじゃが…派手にやってくれるわい。」
「何だい?その汚らわしい輩って。」
「これは氷山の一角じゃ。お主にも分かる時がいずれくるじゃろう。」
言い終わると同時におばば様は腰巾着からお札を一枚取り出すと、骸の額にペタリとそれを貼る。そしてぶつくさ小声で言い終わったと同時にバッと骸から炎が上がりだしたではないか。
…後から聞いた話だとこれは「火焼札」の一種でおばば様オリジナルのお札なそうだ。その対象や用途も限定的らしく、悪い気を焼き払う・攻撃・照明代わりなどに使っているらしい。
「本人には気の毒じゃが、これもわしらの務めというものじゃ。人目に触れさせて良いものではないからのう…」
紫炎を上げながら燃える骸に手を合わせる。
「…さて、そろそろ行くとするかのう…よっこらせっと」
「行くってどうするの?どこへ?この人はどうするの?」
しばしお祈りをしたおばば様は番傘の水を落としてから蛇をおいて行こうとする。
「ここ以外にも、良くない気が感じ取れた場があってのう。ついでじゃ。そちらに行こうと思うておる。」
「へぇ。それってどこなの?」
「ここから少しばかり進んだ所にある呉服屋じゃよ。」
「お前はもう休んでおれ」と白蛇をマフラーのように首に巻き付けたおばば様は、本降りになってきた雨の中次のポイントへの移動を開始した。
〇〇〇
「うわちゃあ…傘持ってくればよかったな…」
洋服屋の店内から外を見た生子が残念そうに呟いた。
おばば様って語呂がよくて好き。