前章1-1 恐怖の種火
自然と目が覚めた午前10時。枕元のスマホのロックを解除する。ASMRを聴きながら寝落ちしていた生子はまだ残る眠気と闘いながらも体を起こす。カーテンの隙間から差し込む薄日に目を細める。
「ふぁーあ…」
(…二度寝したいなぁ)
大口を開けながら欠伸をする。今日は仕事も休みの土曜日。予定も何もない。寝ぼけなまこの頭で何かないかとぐるぐる思考を巡らせてみるも、冷蔵庫の中はいっぱい、生活消耗品もこの間買ってきている。貴重な週休2日の休み。初日が早くも「寝て終わる」様相を呈してきた。でも何となく外出したいなぁと思う。
しかし。
「しんどいなぁ…」
外に出ようにも髪をセットしてメイクもしなきゃと思ったとたん、彼女はその体を再度ベッドへと投げたのだった。布団を肩までかけ直してから、通知音もろくに鳴らないスマホでネットサーフィンをする。
目に留まったのは、生子が好きな洋服店(それほど高くはない)が近くに店舗をオープン、セールを開催中!との内容だった。
「お、まぁウィンドウショッピングでもいいか」と無理に予定を作る。クローゼットの服から適当なコーデを決め着て、髪もポニーテールに結ぶ。メイクも薄めでいこう。ご飯も出かける前にトースト(オリーブオイルと塩)とカフェオレで軽く済ませよう。
(よしっと…)
―――準備を済ませてアパートのドアを開ける。
(折り畳み持っていったほうがいいかな…)
少し湿気を含んだ風に雨の気配を感じつつ、生子はドアを施錠する。路地でボール遊びにはしゃぐ2人の子供の声を背に歩き出す。
「…」
巻き戻る事なく進む時間。生きたいように生きる人々。不文律の多い毎日。楽しいと思えるであろう日常は崩されつつあった。
現時点で気が付いている者はもちろんいなかった。
電柱の裏からのっぺり出た影は、生子の後ろ姿を見つめた後ぼおうっと蜃気楼を残しその姿を消す。
なんだ、これは。
ここにいてはならないというのに。
その存在に気づく者は誰一人といなかった。
この時気が付けば。
後悔は先に立たない。
寝て終わる休みがあってもいいじゃない。