遊びで双子の弟と入れ替わって、そのまま悪役令息としての才能が芽吹いてしまった令嬢は私です(泣)
私、カティア・メアリクスには双子の弟がいる。
弟の名前はレイン。
双子である私たちは、とても顔がよく似ていた。髪と瞳の色も同じ黒色で、瓜二つといってもいい。
そして息もぴったりで、弟とは物心ついた時からとても仲が良かった。
私たちはいつも二人で遊んでいた。もちろん喧嘩だって一度もしたことがない。
いつだって常に仲良しだ。
二人で一緒に遊び、一緒に悪戯をして、一緒に父に怒られる。
そんな日が毎日のように繰り返された。
私たちは何もするにしても一緒で離れることがない。
だから、まるでお互いを自分の写し身のように思っていた。
顔も、性格も、趣味も、何もかもが同じである。
だからこそ、私たちは五歳の時、ある遊びを思いついたのだ。
――そうだ。お互いの立場を入れ替えて過ごしてみよう。
私が弟に。
弟が私に。
お互いに仕草を似せれば、両親にだってすぐにはバレない自信がある。
――期限は、誰かに気付かれるまで。
姿が瓜二つの双子である私たちだからこそ可能な遊びだった。
どうせ他者から見て、子供である私たち双子に大した違いなんてあるはずがない。
そう思って、私は自分が着ていたドレスを弟のスーツと交換したのだった。
初日は内心おっかなびっくりで過ごす。けれど、誰も疑う素振りを見せないことに気づくと、何だか楽しい気分になってきた。
廊下ですれ違うメイドも陽気に挨拶してくる庭師も、誰も私たちが入れ替わっているなんて気づかない。
――ああ、なんて愉快で面白い遊びなんだろう。
「楽しいね、カティア」
「うん。楽しいわ、レイン」
そうしておかしな気分になって、二人してくすくす笑った。
そう、最初は遊びのつもりだったのだ。
――後日、私たちに思わぬ出来事が起こる。
♢♢♢
入れ替わって半月が過ぎた頃、突然父から「大事な用がある」と呼び出されることになった。
私たちは何だろうと内心首を傾げながら書斎に向かう。
何か思い当たる節があるとすれば、自分たちの今の状況だろうか。
もしかしたら、すでに自分たちが入れ替わっていることがバレてしまっていて、そのことでキツく注意を受けるのかもしれない。
最初はそう思っていた。
なので、びくびくしながら書斎に行くと、私たちは父から予想の斜め上をいく告白をされることになる。
「――そろそろ知っておかなければならないと思っていた。だからお前たち、よく聞きなさい――」
厳かな表情で父は告げた。
――メアリクス家は代々王家に対して『悪役』の家系であると。
最初は、この父は一体何を言っているのだろうと思っていた。
だが、話を聞いていると否応無しに父の話が冗談ではないことが分かってくる。
父いわく、私たちメアリクス家の人間はとても古くからこの国に仕えてきた忠臣の家系だという。
そして、我が家の人間が国から任されている役目は、次世代に国を担うことになる者たちにとっての『悪役』になること。
たとえば、私たちは、自分たちと同年代の若い王族や位の高い貴族の令息令嬢と常に対立し続けなければならないらしい。
なぜ、そんなことをするのかというと、その中でも若い王族達には好敵手となる者がいないからだ。
この国では、ほぼ最上位の存在である彼らに対して、張り合おうとする相手は殆どいないと言ってもいい。
皆、王族に対して何事も遠慮してしまうからだ。
結果的に、現状に甘え堕落する王族が少なからず出てきてしまう。
そして、そうさせないためには好敵手である悪役が必要となってくるのだった。
それはまさしく水と油の関係。
自分たちが『悪役』として振る舞えば振る舞うほどに、対立している彼らは正しく健やかに成長していくことになるだろう。
悪く言えば、私たちは踏み台的存在として彼らに立ちはだからないとならないのだった。
けれど父曰く、それはとても名誉なことらしい。
この役目を任されているのは、国から最も信頼されている家の者だけであり、後にも先にもこのメアリクス家だけであるという。
つまりこの役目は、今現在私たち二人にしかこなせない。
「特にお前たちの世代には、第一王子ヘリアン様と第二王女サフィーア様がおられる。いいかカティア、レイン。立派に悪役を勤め上げるんだ。分かったね?」
諭すように言う父に対して、私たちはおもむろに頷く。
正直父の言葉をまだ完全には理解出来ていない。けれど、私たちがこの国のために何かをやり遂げなければならないことは分かった。
私たちの返答に父は満足気な頷く。
そして、父は言葉を続けた。
「――話は済んだ。君たちは早速二人についてくれ」
その数瞬後に、父の背後から何処からともなく二人の子供が現れる。
私たちより二、三歳上くらいだろうか。
二人の格好は、それぞれ執事服とメイド服を身につけていた。
整った顔立ちをしていたが、どちらとも驚くほどに無表情である。
「紹介する。彼らはメアリクス家に代々仕える従者の家系の者たちだ。今日からお前たち専属の従者になる」
目の前の二人は私たちに対して深々とお辞儀した。
「サイラス、マリー。君たちの主人になるカティアとレインだ。二人をよろしく頼む」
そう言って、父は従者たちに私たちを順々に紹介する。
けれど、一つだけある重大な問題があった。
――逆です、お父さま。スーツを着ている方が私で、ドレスを着ている方がレインです。
そう、父は未だ気付いていなかったのだ。
今この瞬間、姉である私が男装していて、弟であるレインが女装していることに。
私も真面目な話を真面目な気分で聞いていたので、すっかり忘れていた。
ああ、そうだ。私たちは事前に入れ替わっていたのだ。
そして、父は従者二人に「こいつがカティアでこいつがレインだよ」と間違って教えてしまった。
これはまずい。
弟も、今まで忘れていたらしい。
慌てて父の言葉を訂正しようと口を開こうとしたが、メイドに「はじめまして、マリーと申します。よろしくお願い致します、カティアお嬢様」と頭を下げられて、「え、あ、あの……はい」と口ごもってしまう。
私もすぐに執事から「サイラスです。よろしくお願いします、レイン坊ちゃん」と挨拶されて、言うタイミングを逃してしまった。
やばい。どうしよう。
……あれ今思えば、実の子供の性別を間違えてしまった父の手前でもあるので、無理矢理訂正すれば凄いややこしいことになるのでは……?
……この場では、黙っていた方がいいのかもしれない。
すぐさま横に立つ弟とアイコンタクトで会話する。
――後でこっそり元に戻りましょう。
――うん、そうしよう。
よし、結論は出た。とりあえず今はこの場を乗り切ないといけない。
そう思っていると、サイラスが話しかけてくる。
「さて、それではレイン坊ちゃん」
はい、カティアですけど。
そう訂正したいところだったが、今は出来ない。
必死に気持ちを堪えていると目の前の執事の少年は、なぜか「中庭に行きましょう」と有無を言わさず一緒に移動するよう私に言ってくる。
いきなりなぜ。
渋々中庭まで移動すれば、彼は突然私に対して剣を投げ渡してくるのだった。
私は反射的に、それを受け取ってしまった。
子供用だが、かなり重い。
というか、剣なんて持ったことがないんだけど……。
本当いきなりどうしたと言うんだ。
困惑していると、サイラスは表情を変えずに言う。
「早速今日からレッスンを始めます」
「えっ、何の……?」
「貴方が立派な『悪役令息』になるためのレッスンです。手加減は一切致しませんので、お覚悟を」
「はい……? 意味がわか――」
私が聞き返そうとした時だった。
サイラスは、その瞬間に駆けて距離を詰め、私の剣を手から叩き落とした。
そして、足払いをされて、私は無様に地面を転がる。
痛い。泣きそう。
何で私がこんな目に。
涙を堪えて目の前の執事を睨みつければ、表情を一切変えずに彼は言う。
「――『レッスンその1』。悪役たる者、いつ如何なる時も余裕の態度を崩すべからず。たとえ、それが窮地であっても変わりません。一流の悪役とは、常にクールでいるべきなのです」
淡々と彼は言葉を紡いだ。
そして、地面に倒れている私に対して促す。
「さあ、早く立ってください。レッスンはまだ終わってはいませんよ――」
目の前に鬼がいた。
♢♢♢
サイラスが行うレッスンは、とても辛く厳しいものが多かった。
彼は、私を立派な『悪役令息』に育て上げようとしていたのだ。
……私、令嬢なのに。
だけど、そんなものは関係ないとばかりに、彼は私に悪役としての振る舞い方を叩き込む。
しかも四六時中彼が私の側に付きっ切りで、である。
つまり自由な時間はほとんどない。
レインも同様で、会うたび彼の後ろにはメイドのマリーが、ぴったりと張り付いていた。
まずい。
これでは元に戻るためのチャンスが全く無いではないか。
仕方がないので、ある日、一か八かで深夜にベッドから抜け出せば、すぐに廊下でサイラスに捕まってしまった。
どうやらレインもマリーに捕まったらしい。
翌朝、姉弟一緒に従者たちから説教を受ける羽目になった。従者揃って鬼だった。
そして、悟る。
従者たちの目を誤魔化すことは出来ない。
いや、すでに誤魔化してはいるけれど、そういう意味ではない。
とにもかくにも、彼らはこのメアリクス家に仕えるだけあってとても優秀だ。
元に戻ろうとするため不審な行動をとれば、すぐにでも見つかってしまう。
なんて厄介な相手なのだろう。
仕方ない、作戦は一時中断だ。
しばらくの間、私たちは情報共有をはかることにした。
以前、私と弟は、『遊び』の一環でアイコンタクトと身振り手振りの動きを組み合わせた独自の意思疎通方法を編み出していた。
従者が側にいる時は、基本それを使うことにする。
それと普段の手紙のやり取りをする時にも、もちろん『遊び』で作った独自の暗号文をそれとなく仕込んでおく。
どちらも双子である自分たちにしか分からないというのがミソだ。
私たちは細心の注意を払って情報のやりとりをする。
流石に従者たちも、これらには気づいていない。
よし、いける。
そして私たちは、何事も無いかのように毎日従者が主導するレッスンを従順にこなす。
――全ては元に戻るため。
時折、従者の彼から「レイン坊ちゃん、やはり貴方は逸材でした!」と声をかけられるが、ただアメとムチを使い分けているだけだろう。
弟もどうやら従者のマリーに同じことを何度も言われているらしいし。
まあ、私たちが真面目にレッスンを受けることで監視の目が緩んでくれるなら大変結構な話だ。
よし、もっと頑張ろう。
このままの調子でいけば、いずれ機会が来る。
その時が楽しみだ――
♢♢♢
――そして、十一年が過ぎた。
やばい。
完全に、お互いに元に戻る機会を逃した。
このところ毎日のように焦りを覚えている。
私たちは十六歳。すでに自分たちは学園に通っていた。
つまりレッスンだけではなく、本格的に悪役としての役目をこなす毎日を送っているのだ。
そして驚くべきことに、学園でも私たち二人の入れ替わりが気付かれることが未だに一度も無かったのだ。
……流石におかしいだろう。けれど、現実は非情である。
お互いの関係が元に戻っていない以上、事態は以前と変わらない。
いや、むしろ悪化したというべきか。
何しろ私は学園の修練場で、こうして第一王子と決闘しているのだから。
「――はあっ! 隙ありっ!」
私が考え事をしていると、そんな声と共に眼前に剣が突き出される。
速い。
が、今の私には余裕だ。
反射的に最小限の動きで半身を捻ってその突きを避け――そのまま攻撃してきた王子に対して足払いをかける。
「なっ!?」
そして相手が体勢を完全に崩して地面に倒れたところを、すかさず狙う。
自分が持つ剣を相手の喉に突きつければ、「降参だっ!」と悔しげに声が返ってくる。
「くそっ、相変わらず足癖が悪い奴め! それが次期公爵のやることか!」
「はっ、吠えるな負け犬。戦場ならそんな戯言を言えずに死んでいるぞ?」
声を低く変えて、ヘリアン王子に告げる。
別に王子相手に煽りたくて煽っているわけではない。
不可抗力である。お役目のせいなのだ。これは本当に仕方がないことなのである。
「しかも決闘で剣以外の使用も可だというルールを提案したのは貴様自身だ。――まさか数分前のことも忘れるほどにその脳は小さいのか?」
「くっ、レイン・メアリクス、覚えてろよっ! 次は絶対勝つ!!」
声を震わせて、ヘリアン王子は叫んだ。
このように私はメアリクス家の人間として、今では完璧に悪役をこなしていた。
そして、第一王子であるこのヘリアン王子に目の敵にされて毎週のように決闘を挑まれているのだった。
正直、いい加減にして欲しい。
が、悪役としての教育を受けた私には、尻尾を巻いて無様に逃げることが出来ない。
――悪役たる者、敵は容赦無く叩き潰すべし。
従者には『レッスンその7』で、そう厳しく教えられた。
そして超絶鬼畜無表情執事サイラスさんに鍛えられた身としては、簡単には負けられない。
なので、誰に対しても全力で勝ってきた。そして今のところ学園では無敗である。
……正直このところ、単純な剣の腕前だけなら宮廷の近衛騎士にもひけをとらないかもしれないと思い始めてきた。本当、うちの従者ってすごいと思う。
「ふん、覚えておこう。いつだって勝者はこの俺だ」
そう言って口の端を吊り上げて不敵に笑えば、王子は顔を赤くする。
やばい、また怒らせたかな。
でも、そういえば毎回滅茶苦茶煽っているのに、ヘリアン王子から一度も摑みかかられたことがないなあ。
私がヘリアン王子なら、今日だけで絶対五回はブチ切れてる。
そんなことを思いながら、私はヘリアン王子を見つめると、彼は私から目を背けた。
……あれ、心なしか頬を赤らめて、私から目を逸らしたような素振りに見えたけど……。
――まあ、気のせいだろう。
決闘で王子をのして居心地が悪くなった私は、そそくさと学園の修練場を後にする。
はあ、もう放課後なのでさっさと帰りたい。
そう思いながら修練場から出ると、道を塞ぐようにして目の前には大勢の女子学生がいた。
「「「きゃあああ、レイン様あああ!!」」」
「黙れ、鬱陶しい。さっさと道を開けろ、石塊共」
――すみません、帰りたいので少しだけ道を通してください。
そう言おうとすると、出てきたのは白目を剥きたくなるほどの暴言だった。
ああ、まただ。
専属執事主導の下で行われるレッスンが、予想以上に馴染んでしまい、今では口をついて出る言葉が全て刺々しくなってしまう。
心の中で『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』と何度も頭を下げながら、私は女子学生たちの間を通る。
私が通り過ぎてもキャーキャーと黄色い声が鳴り止まない。
中には興奮のあまり気を失ってしまう者まで現れる始末だ。
どうやら私のファンクラブが出来ているらしい。
ツライ。
「――先ほどはお見事な決闘でした、レイン坊ちゃん」
そんなことを考えていると、私の斜め後ろからサイラスが声をかけてくる。
カティアですけど。
そう思うが、今となってはただそう思うだけである。
……それにしても四六時中一緒にいるはずなのに、どうして気づかないんだろう、この従者。
滅茶苦茶優秀なのに。本当よく分からない。
「――ふん、当然だ。俺を誰だと思っている」
サイラスの言葉に対してそう答えると、彼はかしこまった態度で言った。
「……ええ。そうでした。愚問でしたね、レイン坊ちゃん」
いや、カティアですけど。
そして、「ああ、なんとご立派になられて……」と無表情で感極まっている様子の執事を尻目に私は思うのだった。
私、カティアなんですけどー!?
と。
……まあ、私はいい。問題は弟だ。
私と比べて、弟の方は悲惨だった。
歩きながら、ふと学園の敷地の一角に目を向ける。そこには大勢の男子学生が、垣根を作っていた。
「うおおお、カティア嬢ーっ! 俺と付き合ってくれー!!」
「カティア君ー! 君こそ僕に相応しいぃー!」
「――嫌よ、薄汚い豚となんて穢らわしい。一度生まれ変わって出直して来なさい」
そう答えるのは、弟のレインだ。
長い艶のある黒髪をかきあげ、その魅惑的な姿に多くの男性が虜になっている。その群衆の中には、名高い貴族の令息も大勢混ざっていた。
ちなみに今では弟と目で大体の意思疎通が可能になってしまった身としては、その言葉を通訳すると、「馬鹿野郎、俺は男だ! お前らいい加減、目を覚ましてくれ!」である。
悪役令嬢としての教育を受けた彼は、その人形のような美貌も相まって男子に人気だった。
そして、私同様に毎日のように、恋する学生たちに追いかけられている反面、大半の女子学生――特に第二王女であるサフィーア王女には目の敵にされている状況である。
おまけにヘリアン王子の婚約者候補として名が挙がっているらしい。
勉学については学園始まって以来の成績を修め、私から見ても淑女としての振る舞いは完璧である。
従者のマリーに「貴女は最高の悪役令嬢です、カティアお嬢様っ!」と褒められていたのも納得の出来栄えであった。
そう、どうやら私たちには、悪役としての才能があったらしい。
気がつくと、私は『悪役令息レイン』として学園で名を馳せていた。
そして、どうやら弟の方も天職だったらしく、『悪役令嬢カティア』として、涼しげな表情で男子たちに囲まれている。
どうしよう、これ。
私は、内心頭を抱える。
……いつ戻ろう。
というか、戻れるのだろうか、これ。
そんなことを考えていると、男子に囲まれている弟と目が合う。
弟は、「やべえよやべえよ、どうするんだよこれ……」みたいな表情をしていた。
私もおそらく彼と同じ顔だ。
本当にどうしようと思う。
……正直、もう無理なのでは?
最近いっそ、皆の前で全て打ち明けようかなと思い始めてきた。
本当どうすればいいのだろう。
私たちは、二人揃って天を仰いだのだった。