第5話
「カ、ナタ…?」
なぜ?どうして?なんで?
動揺しすぎて頭の中がぐちゃぐちゃになった。
確かに夏休み中に会いに来てくれるとは言ったけれども、どうせ八月の中盤くらいだろうと、まだまだ先の話なんだろうなと思っていた。どちらにしても、急に来るとは思っていなかったのだ。何かしら電話で伝えてくるだろうと勝手に決めつけていた。
でもあぁ、そうだ忘れていた。カナタはなにか行動を起こす前に報告するのではなく、事後報告主義だった。
「びしょびしょ…急に降り出すなよこの野郎。…あ」
「………」
不機嫌そうに呟いた声の主と不意に目が合う。
カナタはなぜか悪戯がバレてしまったような子供のような気まずい顔をして俺をしばらく見つめると、濡れたヘルメットをその手にかかえ、バイクをそのまま突然足早に歩み寄ってきた。
「…行くぞ」
「か、カナタ!?」
ぐいっと腕をひかれてそのまま家の中へと連行される。玄関や廊下や部屋が濡れるのなんてまったく気にしていないようで、躊躇いもなくその足は居間へと直行。ヘルメットだけは玄関に置いた。バイクに乗っていたからなのか、突然の雨のせいなのか、握られたカナタの掌は冷たくて徐々に俺の手まで冷たくなっていくのが分かった。
ガラリと引き戸をスライドさせる。
突然の訪問者に、ふたりが驚くのも無理はなかった。
一体何がしたいのか。カナタが何を考えているかなんて分かった事はないけれど、それでも何を考えているのかと疑問に思うのは当然の事で。手を引かれるままに居間に来たはいいけれども、カナタはなんのためにわざわざ居間へと直行したのだろう。そのまま俺の部屋に行くか、風呂に行けばいい。冷たくなってしまった体を温めて欲しい。俺のわがままのせいでカナタが風邪をひくなんて嫌だ。俺が原因でカナタが弱っている所なんか見たくない。
母さんとばぁちゃんに挨拶でもする気なんだろうか。
否、そんな律儀な性格ではないことくらい俺が一番知っている。
「…サキねぇ」
カナタの視線が母に定まった。
なぜかは知らないけれどカナタは母さんの事をサキねぇと呼ぶ。若い時の母を知っているからか、子供の頃の呼び方がそのまま延長されているのか。同学年の友人達が呼ぶようにおばさん、なんて呼んだ所を見た事がない。だからきっとこれが自然体なんだろう。
突如名前を呼ばれた母さんは虚ろなその目を見開いてカナタを見つめている。その瞳には光がない。以前の、いい年して好奇心旺盛だった母の面影はない。それでも、そんな母の姿を見てもカナタは怯みもせずにその言葉を言い放った。
「あんまコイツのこと泣かせないでよ」
くいっと親指で指されたのは俺で、そこで初めて自身の瞳から涙がこぼれている事を知った。頬を伝う雫は雨だと思っていた。指摘されてしまえば、もうその涙は止まらなくなる。
そんな俺をちらりと見たカナタはまた仏頂面で「行くぞ」と言うと再び俺の手を引いて歩き始めた。涙を隠すために俯いたせいで、母さん達の顔を見る余裕なんてもんはなかった。
向かったのは風呂。
なんでカナタがこんなにもこの家の造りに詳しいのかと思えば、考えるまでもない。以前…といってもかなり幼い頃だがカナタもここに来た事があったのだ。長期休暇。俺がカナタと一緒じゃないとばぁちゃん家に行かないと泣きじゃくったことの結果だった。両親は多忙のため、昼間に誰もいない家に幼い俺をひとり置いておくこともできず、仕方なくといった感じでカナタの両親に許可を取り、カナタを同伴させた。遠い遠い思い出。それでも、楽しくて仕方なかった一度きりの夏休み。
思い出は薄れていくものだ。
楽しくて仕方がなかったはずの思い出でも、薄れてしまうものだ。そうだと分かっているのに、カナタとの思い出を今の今まで忘れていた自分に腹が立つ。
「…トモヤ。ぼーっとしてねぇでさっさと脱げ。お前も体冷たくなってる」
「………」
「後で思う存分泣かしてやるから、今は泣くな」
カナタさん、その言い方…ちょっとエロいです。
きっとそう思う俺の方がエロいんだろうけど。思春期なのだから仕方ないとひとり心の中で頷く。というか、心はこんなにも落ち着いたっていうのに涙が止まらないのはなぜだ。
悶々とそんなことを考えながらだらだら服を脱いでいると、痺れを切らしたカナタがバッと俺の服を脱がした。そしてそのまま風呂場へと引っ張り込まれる。
ここでもカナタのやりたい放題。
俺をイスに座らせては何の合図もなく突然頭にお湯をかけてきた。どうやら髪を洗ってくれるらしい。案の定、不意にカナタの手が頭に触れて少しびっくりする。わしゃわしゃと、がむしゃらに泡立てられていくそれを頭皮で感じ、俺はというとされるがままの状態でとりあえず目に泡が入ってしまわぬよう強く目を閉じた。
泡を流され、体も洗われて、あれよあれよと俺は今現在浴槽につかっている。
カナタはようやく自分の体を洗い始めた。俺とは違い、手際よく洗うその手つきをぼーっとしながら見ていると、突然頭を小突かれる。あまり見るな、とそういう意味ですね。ごめんなさい。
お湯が揺れる。
カナタが浴槽に入ったのだ。
「………」
「………」
沈黙だけが落ちるその空気。
別に気まずい訳じゃない。これが俺たちの普段のスタイルだから。
無言の空間。心地よい雰囲気。
向かい合わせに座るカナタはようやく体が温かくなったようで少しだけ頬が上気していた。漆黒の前髪から雫が滴り落ちるのが、変に絵になっている。
堂々と足をのばしているカナタに対して俺は小さく体育座り。無表情なカナタに対して俺はきっと今情けない顔をしている。身長の高いカナタに対して俺はチビで、程よく筋肉がついた引き締まった体に対して、俺は貧弱な体だ。
なにもかもが違う。
カナタは俺の親友だけれども、同時に俺の憧れでもあった。羨んだりはしない。ただ、自分とは違うものを持っているカナタを自慢に思う。これが俺の親友なんだぞ、と誇らしく思う。もしもカナタがもっと嫌な性格をしていたならば俺は羨んでいたのかもしれない。憧れて、羨んで、自分もこうなろうと少しは努力していたかもしれない。
でも幸運か不幸か、カナタはいいやつだった。
生まれた時から隣に住んでいて、物心つくまえから一緒にいて、成長した今もそれは変わらない。
カナタはこんな俺が親友でいいんだろうか、と時々卑屈になることがある。でもそれは、勘良く俺の思いを感じ取ったカナタが「バカじゃねぇの」と頭を叩かれる事でそんな思いは綺麗さっぱりなくなるのだ。
違うから一緒にいる。正反対だからその隣が心地いい。
そんな関係だ、俺たちは。
もしかしたら、世に言う親友と比べれば異常なのかもしれない。それでも、これが俺たちのスタイルだった。
「…上がるぞ」
「あ、うん」
疑問系ではなく命令形。
優柔不断な俺には、カナタみたいな存在が近くにいる事が丁度いい。
でもきっとそれは、カナタだから。カナタがカナタだったから、俺は今そんなことを思えるんだと思う。
体まで拭かれて、服まで着せられて。正直ここまでくると妙に気恥ずかしくなってくる。…非常に今更だが。
そして、うむを言わさず手を引かれて部屋に直行する。
俺の意見なんか聞かない。それがカナタ流。
部屋までの距離が縮まっていくごとに、なんだか掴む握力まで強くなっているような気がした。しかもそれは気のせいなんかじゃなかったらしく、ガラリと部屋の扉が開けられ入った瞬間に俺の腕はぐいっと引き寄せられて、唇がカナタの肩に触れた。
鼻腔に届いた懐かしい香り、背中と腰に回された力強い腕。
あぁ、なんで…。
せっかく引っ込んだ涙だったのに。
「カナタ…」
「ん」
「バカ…」
「ぶん殴るぞてめぇ」
「カナタ」
「んだよ」
「…大好き」
そう言ったら、ふっと笑う声が聞こえた。
「……知ってる」
耳をくすぐる低音ボイス。折れそうなくらい力強く抱きしめてくるカナタの背中に、自身の腕を伸ばす。
鼻の奥がツンとした。自然と唇が震えた。何度も何度もカナタの名前を呼んで、そのたびに応えてくるその声がただ嬉しくて、涙混じりのみっともない声でまた呼んだ。回した腕に力を込めて、その体を引き寄せる。もうこれ以上引き寄せる事などできないのに、もっともっとと、力を込める。
「愛してるぜ、トモヤ」
あぁ畜生。大好きだ。
甘い甘いセリフ。もちろん冗談だということは分かっている。でももしもこの先彼女できなかったら最終的にカナタの嫁になろうと本気で考えた。顔良し性格良し経済力良しのカナタ。きっと嫌な顔することなく俺を養ってくれるだろう。
そんなことを考えていると、不意に体がふわりと浮いた。え?え?と混乱している俺に構わずカナタはそのまま俺を抱き上げると布団の上に下ろし、そしてそのまま自分も寝転がった。
「…カナタ?」
「疲れたから寝る」
「………」
横になってもなお、しっかりと俺を抱きしめてくれる。
さすがのカナタも長距離をバイクはキツかったんだろう。顔色を伺えば確かに疲れたような顔をしていた。自分の事ばかりで気づかなかったけど。うーん、親友失格じゃね?これ。
「おつかれ、カナタ」
「あぁ」
「すんげー嬉しかった」
「そうかよ」
「うん、そう…」
「…………」
「おやすみ、カナタ」
さすがにこれ以上起こしとくのは酷だろう。
それに、カナタの体温のせいか俺もそろそろ眠い。気温は高いはずなのに、不思議とカナタの温もりが心地よく感じた。うつらうつらし始めてきた瞳を素直に閉じて感じる体温と呼吸音を子守歌に、意識を遠ざかせていった。
「おやすみ…トモヤ」
最後に聞こえたのは、そんな声。
真夏のカンカン照り太陽の真下。
本日過去最高気温記録。
そんな言葉を、ここ数年で一体何度聞いてきた事か。
「あち…」
青い空をおもむろに見上げて眩しい日差しを全身に浴びる。目を細めて腕を上げて陰にして、うっとおしく鳴く蝉を恨めしげに睨んだ。
俺は今走っていた。
必死に、全速力で。
待たすわけにはいかないから。誰をって、どちらも。
こちらに越してきてからというもの、俺は早寝早起きの習慣が身に付いていた。天体観測から帰ってこれば早すぎず遅すぎずの丁度いい時間くらいで、他にやることもなく仕方ないからと布団に横になるしかないのだ。そうすれば自然と朝も早く目覚めてしまうわけで。
そのはずなのに。
そうだったはずなのに。
今朝目が覚めていつものように何時かと何の設定もされていない目覚まし時計に目を向けてみれば思わず目を疑った。目が、脳が、俺自身がどうにかしていなければその時の時刻は十二時前を指していた。まさかまだ夜なのかとカーテンを開けてみれば眩しい光が部屋に差し込んでくる。つまり、真っ昼間で間違いなという事で。
寝ぼけていたはずの頭もその衝撃でやけにスッキリしていた。
昨夜は別にカナタが来たからと言って夜更かししたわけではない。むしろ、カナタが来た事によっていつもよりも早く眠りについたくらいだ。それなのに、いつもより早く起きるどころかいつもよりもかなり遅く起きてしまった。
カナタは未だにぐぅぐぅ気持ちよさそうに寝ている。どうやら、早寝早起きの習慣はただ単に慣れない環境のせいで、昨夜は久々に隣に在る人肌で安心したのか寝過ぎてしまったようだ。
そして気が付いた。普段の俺がこの時間何をしているのか。
「絶対何か言われる…」
川で待っているだろうハジメたちもだが、書き置きだけして家に置いてきてしまったカナタにもだ。すぐに戻る、とだけ書いた紙。帰ってからのカナタの説教がひどく恐ろしい。
想像して、背筋が凍った。こうしてはいられないと速度を落としていた足を動かす。暑さなんて構っていられない。走って走って、とにかく走る。一刻も早くハジメたちに会ってしばらく来れないという事を伝えなければならない。いくら新入りだからといって、一応毎日来ていた俺を心配しないなんて薄情なヤツらではないのだ。きっと探す。下手したら家まで押しかけられてしまう。あの人数で来られたらたまったもんじゃない。しかも今家にはカナタがいるのだ。
かれこれ三十分くらいは走っただろうか。ようやくあの開けた道に出て、水の音も聞こえてきた。それに加えて子供達のはしゃぐような声も。どうやら昨日に引き続き水球をやっているらしい。ハジメはちゃんと参加しているのだろうか。まさかとは思うが、俺がいないことを理由に橋の上でサボっていたりして。…ありえる。
生い茂った草木をかき分け、やっとの思いでたどり着いたそこは、いつものごとく賑やかだった。
「トモさん!!」
「トモヤ!?てめー遅いんだよ!!」
俺に気づいたひとりが声をあげれば一斉に視線が俺に集められる。マサキの声に続き様々な声があがるが、真っ先に俺の前へとやってきたのはハジメだった。
「…いつもより遅かったな」
「わりぃ」
「いいよ、別に。ほら、早く」
またいつものごとく手を引かれる。向かうのはきっと橋の上。俺が来て、ハジメが手を引いて、膝枕を所望されるのは日常と化していたが。
残念な事に今日は無理なのだ。今日の俺はここに遊びに来たわけではなくしばらく来れない事を報告に来ただけなのだ。なぜなら先ほども述べたように今家にはカナタが来ている。カナタをほったらかしで俺が遊びに来れるわけもなく、だからと言ってカナタをこちらに連れてくるのにもなんだか気が引けてしまうのだ。俺が初めてこいつらと出会った時、ハジメには敵対心を、回りにいた奴らからは警戒心を感じた。彼らのテリトリーに入った余所者には容赦しない。実際ハジメは俺の言葉をきっかけに殴りかかってきたのだから。
彼らの大事にしているテリトリーを汚したくないわけではない。相手はカナタだ。カナタならそんな無粋なことはしない。ここに連れてくる事に躊躇いはないのだが。
「ハジメ、ちょっといいか?」
「あ?なんだよ」
問題はコイツだ。
喧嘩っ早いのは初日に確認済み。強いのも分かっている。だが俺と五分五分なくらいじゃカナタには絶対勝てない。しかしハジメのプライドは高く、そう簡単に負けを認める事はないだろう。もしもハジメが、負け惜しみにカナタの気に触るような事を言ったら?乱闘は免れない。一度暴走したカナタを止められる自信なんて俺にだってないのだからアイツらが入ってきた所で止められるわけもないだろう。
そしたら俺はここに顔を出せなくなる。カナタがずっとここにいられるわけではない。カナタが帰ったら、そしたら俺はまたひとりになってしまう。
そんなのは、嫌だ。
この先、ずっとここで暮らしていかなきゃいけないのに、ひとりは辛い。
「俺、しばらくここ来れないから。今日も、もう帰らなくちゃいけない」
「は?なんだよそれ、なんで?」
「まぁ、いろいろあって…。一週間後くらいには絶対戻ってきてると思うから」
「や、違くて。なんでいきなり?昨日は何も言ってなかっただろ?」
昨日いきなりだったんだから仕方ないだろ…。
俺だっていきなり来るとは思わなかったさ。でも正直助かった、というのが本音。俺はいろいろため込んでしまっていたらしく、昨日よりは全然気分が楽になっている。…気がする。この後の説教を考えると全然気分は乗らないけれど。
「昨日別れてからなんかあったのか?」
「んー…、まぁ何かあったといえばあったのかもしんないけど何もなかった」
「どっちだよ」
「大したことじゃないって事。というわけで、俺帰るから」
ごめん、と合掌して頭を軽く下げた後俺は身を翻し、帰ろうとした。が。
「トモヤったら水くさいなー。俺の事紹介してくんないの?」
心臓が飛び出るかと思った。
「………」
「………誰?」
身を翻した瞬間首に腕を回された。振り向いた瞬間に視界いっぱいにカナタの顔がドアップで映っていた。驚愕して、言葉も出なくて、心臓がバクバクとうるさくて、体が動かなくなった。
なんだこれ。なんのドッキリだこれ。
「ん?おーい、トモヤー?起きろー」
「………」
「…起きねぇとこいつらの前でちゅーすっぞ」
「へ?あ。…は?かっ…カナタ!?なんでいんだよ!!」
カナタならば本気でやりかねないその脅しのような発言に俺の意識はようやっと浮上し、その視界にカナタを確認した。カナタはニヤリと笑みを浮かべて、そこに立っていた。
どうしてなんでここに?
昨日、雨の中に佇むカナタを見た時と同じ言葉が頭に浮かび、消える。考えればすぐに分かった。きっと、たぶん、俺が部屋で着替えている時にでも目を覚まし、声もかけずに外へと出て行った俺の後をこっそりつけてきたのだろう。それにしてもつけられていることにも気づかなかった俺って…。
「なんでってつけてきたに決まってんだろ」
「だからなんで!」
「家を出る時の態度があまりに挙動不審で気に入らなかったから」
「そんな…理由で……」
がくりと肩を落とす。
相手はカナタだ。こんなことで落ち込んでたんじゃあこの先やってけないってもんだ。
こそこそしながら準備して出てきた自分がバカみたいだ。こんなことになるんだったら余計な事考えないで最初からカナタも連れてこれば良かったな、と今更ながらに後悔する。俺と一緒に来た方がまだ警戒心を持たれなくて済んだ。
「おいトモヤ。こいつ誰だよ」
「あー…、うん。…友達」
「俺とお前の関係を友達の一言で片付けるなんてな。躾が足りなかったようだ」
「俺の親友様です!!」
しかも、だ。
カナタは威嚇するハジメを見て明らかに楽しんでいる。他人をからかって遊ぶ癖は未だに直っていない。というか、本人にその自覚がないのだから始末が悪い。そしていつもとばっちりを受けるのは俺なのだから、いい加減やめて欲しい。いや、やめろなんて贅沢言わないからせめて自覚して欲しいってもんだ。
「…親友?」
「あぁ、うん。自分でもなんでか分からないんだけど」
「ふーん…」
ほらな。
なぜかは分からないが一気に不機嫌面になったハジメが俺から目をそらすようにそっぽを向いてしまった。どうしようかとわたわたしている俺に対して、カナタはというとにやにや笑いながらハジメを観察している。カナタの趣味をどうこう言えた立場ではないけれど、人間観察をするならもうちょっと、せめて俺に迷惑がかからない程度にこっそりやってほしいものだ。そんなことを思いながらカナタを睨んでいると、視線に気づいたのかカナタは一度こちらへ視線を向けるとにっこり微笑んだ。
機嫌が良い時の笑みではない。
何を考えているのか分からない、それでいて厄介な考えしか持っていない時のその笑みに俺の背筋は凍る。
「トモ」
「…はい」
「しばらくここにこないっつってたよな?なんでだよ」
「なんでって…。カナタが家にいるからでしょ」
決まってるじゃないか。
大体、俺はここにカナタを連れてくるつもりはこれっぽっちもなかったンだっつーの。
俺がその言葉を言った瞬間に、気のせいか視界の端でハジメの肩がぴくりと動いたような気がした。見てみれば複雑そうな顔がこちらに向けられている。
「じゃ、それ取り消しな」
「は?」
そう声を上げたのは俺だけではない。
突然何を言い出すのかと眉を寄せたのはハジメも同じだった。
「俺もここに遊びに来るから」
「はぁ!?」
「んだ、こら。文句あんのか」
「ありません。ありませんから腕を離して下さい!!」
後ろから羽交い締めされ、身動きが取れなくなる俺を余所に、カナタはハジメの顔をかがむようにして覗き込むと、まるで悪魔のような言葉を囁いた?
「文句ないよな?ぼうず」
そんな強面の男に言われれば小柄なハジメが断るわけもなく。
あぁ、とハジメは小さく返事をした。