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Cafe Shelly

Cafe Shelly サンタはどこへ

作者: 日向ひなた

「うぅっ、寒いっ」

 後ろから吹き付ける風がとても冷たく感じる。冷たく感じるのは何も冬の風のせいだけではない。きっと私の心が冷え切っているせいもあるだろう。しっかしなんでこんな時期にふられちゃうかなぁ。

 世の中は十二月でクリスマスシーズンだというのに。今年こそは彼氏と二人でロマンチックな夜を過ごせると思っていたのにな。その焦りがみえちゃったのかなぁ。そんなことを思いながら、今朝も会社への道を急ぐ。

 今年で二十七歳。もうそんなに若くないのは自覚している。でもルックスは悪くないと思っているんだけどな。

 ほんの三年くらい前までは結構いろんなアプローチをかけられてたのに。そのときに適当なのをしっかりとつかまえておけばよかったんだろうけど。あの頃は、もっと条件のいい男性をって高望みしていた。でも女性ってやっぱクリスマスまでなのかな。二十五を過ぎて、さらに会社にも若い子が配属されちゃうとみんな見向きもしなくなっちゃった。

 焦りだしたのは去年の秋頃。気づいたら女友達しか私の周りにはいなくなった。それまでは彼氏とは言わないまでも、いいおつきあいしていた人はいたんだけど。いけない、このままでは取り残されちゃう!

「あけみさんっ、今日はどうするの?」

 更衣室で着替えを済ませて職場へ向かうときに、同僚の美紀から声をかけられた。美紀は派遣でこの会社に来ているのだが、明るくて人当たりも良くみんなから好かれている。のだが、一つだけ欠点がある。

 まぁ、なんというか…ビジュアルがあまりよくないんだ。これといって華のない服装。お化粧も地味だし。この会社が制服でよかったんじゃないかな。

 ちなみに私は自分で言うのも何だが、見た目には結構こだわっている。短大時代には地元のミスコンの最終審査まで残ったこともある。また雑誌でいろいろとチェックして、最新のものを取り入れている。美紀とは見た目は全く違うのだが、なぜか相性はいい。

 最近ではどこから集めてくるのか、美紀が幹事で合コンをやることがある。今日も実はその予定なんだ。

「もちろん行くよ。今日の相手って商社マンだっけ?」

「うん、四星商事の。結構エリートがそろってるみたいよ」

 四星商事といえば日本を代表する商社。この不況の中でも給料水準が高いと評判の会社だ。そんな会社が今日のお相手。胸が高まるな。

「じゃぁ今夜七時、よろしくお願いしますね」

「オーケーっ」

 よし、気合い入れなきゃ。

 この日は、夜の合コンに向けてのイメージトレーニングで頭がいっぱいだった。とにかくクリスマスイブの夜を一人で過ごさないためにも、なんとしてでも彼氏をゲットしないと。私の頭の中は、合コンから一気にクリスマスイブの夜へと移っていった。

 ところが提示直前、課長からこんな言葉が。

「あけみくん、この書類大至急作成してくれないか。明日の出張で必要になったんだよ」

 なんと残業指示。この分量、大急ぎでつくっても二時間以上はかかる。待ち合わせは夜七時。このままだと間違いなく遅刻。

「申し訳ないのですが本日約束がありまして…」

 やんわりと断ろうとしたのだが

「おいおい、君はプライベートと仕事、どっちを優先するんだね。明日の出張は契約が取れるかどうかの一大事なんだから。その成功がこの資料にかかっていると言っても過言じゃないんだぞ!」

 そんなに大事な資料なら自分でつくれっていうのよ。しかもこの課長、こういった資料には一回ではオーケーを出さない主義。う~ん、困った…。

 よし、真弓を引きずり込もう。

 真弓は私の後輩で、今職場で男性社員にちやほやされている。男連中は、私の頼みは聞けなくても真弓の頼みならホイホイ聞いちゃうからな。

「真弓ちゃーん、ちょっとお願いがあるんだけど」

「あ、はい、なんですか?」

「あのさ、今課長から明日の出張資料を今日中に作れって言われたんだよね。でも一人でできる分量じゃないから手伝ってくれないかなーって思って」

てな感じで気軽に声をかけてみたんだけど

「えぇっ、私今日は用事があるんです~。残業はちょっと勘弁してくださいよ~」

 むむっ、私だって用事があるっていうのに。ここで課長が使った言葉を拝借。

「真弓ちゃん、あなたプライベートと仕事どっちを優先するの? この仕事はね、課長が大きな契約を取れるかどうかの一大事なのよ。その成功がこの資料にかかっているといっても過言じゃないの」

 さぁ、これでどうだ。

「えぇっ、そ、そんなこと言われても…」

 な、なんと、真弓はここで泣き出したじゃないか。それを見た周りの男たち。

「おいおい、何泣かせてんだよ」

と集まってきた。なになに、私ひょっとして悪者?

「いや、真弓に残業を頼んだだけですよ」

「そんなの一人でやればいいだろう。真弓ちゃんだって大事な用事があるんだろうから」

 私だってあるっていうの! でも合コンだなんて言えない。

 結局周りの雰囲気に押されて私一人で仕事をする羽目に。

「なんで私が…ホントに、もうっ…」

 美紀には遅れてでも行くって連絡をして、とにかく大急ぎで仕事をやりあげることにした。

 職場は一人減り、二人減り、気がつくと私一人。課長は私に仕事を投げたくせに、自分は出張の準備があるからと早々に帰宅。資料はメールで送ってくれ、だと。ふざけるんじゃないわよ、と心の中で叫んだところでどうにかなるわけじゃない。

 気がつけば半分泣きべそをかきながらの仕事。おかげで効率も上がるわけがない。

 夜七時をまわった。もう合コン始まっているんだよなぁ。とそのとき、ガチャリとドアを開く音が。

「あれ、あけみさんまだいたんだ」

 現れたのは藤井くん。二つ下の後輩で、ちょっと抜けたところもあるお茶目なやつ。

「うん…課長から明日の出張の資料を作れって言われて。あ~あ、ホントなら今頃合コンに行ってたのになぁ。藤井くんこそこんな時間までどうしたの?」

「いやぁ、今日は川北建設まで行ってたので遅くなっちゃいました」

川北建設はここからかなり離れたところにあるお得意さん。しかもあそこの常務は話が長くて有名。この時間になったのもうなずけるわ。

「そっか、おつかれさま」

 そう言って私は再び仕事を再開した。

「あの…あけみさん、手伝いましょうか?」

「えっ!?」

 思いがけない藤井くんの言葉。

「一緒にやれば早く終わるでしょ。それにボク、こういった資料づくりは得意なんですよ」

 そう言いながら藤井くんは自分のノートパソコンを持って私の横へ。

「さ、やりましょ」

「あ、ありがとう」

 とまどいながらも内心うれしさでいっぱい。今は彼に甘えることにした。さすが藤井くん。得意というだけあってとても作業が早い。また資料のいくつかは藤井くんがすでに持っているものを少し改造するだけで作成できた。おかげでそれからわずか三十分ほどで作業終了。

「さ、あけみさんは早く合コンへ。後処理はボクがやっておきますから」

「うん、ありがとう」

 私は丁寧にお礼を言って足早に合コンへと向かった。頼りになる後輩だ。今度何かおごってあげなきゃね。

 そうして一時間遅れで合コンに合流することができた。

「ってなことがあったんですよ。まったく、ウチの課長ったらとんでもないヤツですよ」

 私は到着するなり、先ほどまでの残業の愚痴をついぶちまけた。でもそれがウケたのか、合コンは大盛り上がり。私も半分は憂さ晴らしではしゃぎ過ぎちゃった。

 このときちょっとした事件が発生。私が会話をしているときに大きく手を広げたそのとき

 ガシャン

「あっ!」

 合コンの場所はイタリアンレストラン。サラダバーっていうのがあるんだけど、そのサラダを手にした女性に手をぶつけてしまった。

「ご、ごめんなさいっ」

 あわててその女性に駆け寄る。ちょうど手にした皿を下から突き上げるようにぶつかったため、ドレッシングをかけたサラダが女性の服を汚してしまった。

「あ、大丈夫ですよ」

「で、でも、お洋服が…」

 店員もあわてて駆け寄ってくる。

 洋服を急いではたいてはみたものの、ドレッシングの油が染みてしまっている。

「マイ、どうした?」

 奥から男性が駆け寄ってきた。どうやらこの女性の連れらしい。

「すいません、私が不注意でぶつかってしまって」

 私は平謝り。合コンの場も一気に盛り下がってしまった。

 しかし、このマイと呼ばれた女性から思わぬ言葉が飛び出した。

「ホント、気にしないでください。それに私、あなたがぶつかってくれたおかげでツイてるなって思っていますよ」

 えっ、ツイテルってどういうこと? 洋服を汚されて普通なら怒り出しても仕方のない場面なのに。すると連れの男性も同じ事を。

「マイ、おまえツイてるなぁ」

 なんだかワケわかんない。

「と、とにかくお洋服のクリーニング代は弁償させてもらいますので」

 私はあわてて財布からお金を取り出そうとした。けれどその女性からまたまた思わぬ言葉が。

「いえいえ、弁償だなんてとんでもない。むしろこちらこそありがたいと思っているくらいですから」

 ありがたいって、この人どういう神経をしているのだろう? といっても、見た目はおかしいところはない。いや、それどころかその笑顔と態度には人を引きつける魅力すら感じられる。

「あの…どうしてありがたいって言えるんですか? 普通なら怒り出しても仕方ないと思うんですけど」

 普段から変わり者と言われている私ですら、このマイさんという人の言葉には疑問を感じずにはいられなかった。

「あはっ、だってほら、これをきっかけにあなたとお知り合いになれたでしょう。これも何かの縁じゃないかって思うんです。ここからどんなことが起こるのか。そう思ったらワクワクしてきちゃうじゃないですか。だからありがたいなって」

 その考え方には脱帽。しかしこちらとしてはさすがにクリーニング代を弁償しないと気が済まない。

「でも…せめてお洋服のクリーニング代だけでも」

「それなら…今度ウチのお店に来てもらえるかな」

「えっ、お店?」

「えぇ、ウチは喫茶店をやっているの」

 そういってマイさんは名刺を渡してくれた。

「Cafe Shelly…カフェ・シェリー」

「裏に地図が載っていますから。夜7時までやっているし、土曜や日曜も開けていますから。よかったら来てくださいね」

「あ、はい」

 マイさんはそう言ってさわやかな笑顔で去っていった。

「今の人、なんだか気持ちいいね」

 美紀からそんな言葉が出てきた。私とマイさんのやりとりを見ていた合コンメンバー。特に男性陣はさっきのマイさんに目が釘付け。私の目から見ても、マイさんはきれいですてきな女性。そういえば途中で出てきた年上の男性、あの人はマイさんとどういう関係なのだろうか? 場の話題はそっちの方でもちきりになった。

 気がつけば合コン終了時間。結局今日も気の合う男性は見つからず。まぁ悪い人じゃないんだけど。年収のいいビジネスマンっていっても、おつきあいするのにはイマイチなのよね。

 一人ブラブラと街を歩いていると、ちょっととんでもない光景を見てしまった。なんと、用事があると言って私のお願いを拒否した真弓を発見。やたら小綺麗な格好をして歩いている。そしてその隣にいる男性、それは…

「えっ、課長?」

 私は一瞬目を疑った。今夜は出張の準備があるからと早々に帰ってしまった課長。でも確かに今、真弓と腕を組んで歩いている。確か課長は去年離婚されたって聞いている。

 今まで仕事人間だったみたいで。お互い独身なのだからやましいことはないんだけど、でも上司と部下って関係だからなぁ。けれど私の胸の中には、そんなスキャンダラスな思いよりもこっちの思いの方が大きかった。

「真弓も課長も、うらやましいなぁ」

 また独り取り残された気がした。なんだか負け犬の気分でとぼとぼと家路に帰る。とても惨めな気分。

 この日の夜、家に帰ってから缶ビールを三本空けてしまった。翌日、ちょっと腫れた目で出社。

「あけみさん、おはようございます」

 後ろから元気よく声をかけてきたのは、昨日の夜仕事を手伝ってくれた藤井くん。

「あ、藤井くんおはよう。昨日はありがとうね」

「いえいえ。合コンは楽しめましたか?」

「それがね…」

 私は昨日合コンで起きたことを話した。話せば話すほど、あのときに会ったマイさんという女性の不思議な魅力に引き込まれていった。

「へぇ、ちょっと変わった人ですけど、でもさわやかですね。で、その喫茶店にはいつ行くんですか?」

「そうね、なるべく早いほうがいいわね。今日にでも行ってみようかしら。課長も出張でいないから、残業になるって事はないだろうし」

 ここで昨晩のことを思い出した。真弓と課長が腕を組んで歩いているあの姿だ。こういうのはつい誰かに話したくなる。けれど今回はなるべくしゃべらないようにしておかないと。

 そんなことを考えていたら、藤井くんがこんな事を言い出した。

「あけみさん、そのお店にボクも一緒に行っていいですか?」

「えっ、一緒に?」

「あ、はい。その…あけみさんが言っていたマイさんっていう人にも興味を持ったし」

 あ、やっぱりそうなんだ。男性ってそういう女性に惹かれちゃうんだな。まいっか。

「いいわよ。でも藤井くん、今日は遅くならないでしょうね?」

「はい、午後からは外回りの予定はありませんし」

「じゃ、仕事終わったら一緒に行きましょう」

「はいっ」

 まったく、かわいい後輩だ。こうして今日も一日の仕事がスタート。仕事中、真弓の姿を見るたびに昨日の夜のことを思い出してしまったけど。思い出すたびにうらやましさが湧いてくるのには困った。やっぱ早く彼氏つくんないとなぁ。ホント、このままじゃ今年もシングルクリスマスだわ。

 そうして定時後、着替えも終わって出ようかと思ったとき。

「そっか、今日は藤井くんも一緒だったわね」

 ちょっとお化粧直し。別にデートでもなんでもないし、気合いを入れる必要はないんだけど。ただなんとなく、女性の身だしなみとしてやってしまった。藤井くんはかわいい後輩ではあるけれど、恋愛の対象ではない。

 背は高くてわりとイケメン。性格もいい。でも確か彼女がいるって話を聞いた。まぁ彼くらいの男性ならあたりまえだろう。そう思ったら、恋愛の対象から勝手にはずれていったというのが正しい。

「さてと、行きますか」

 玄関に向かうと、すでにスタンバっている藤井くんと合流。

「で、その喫茶店ってどこなんですか」

「えっと、昨日名刺をもらったんだよね…あ、ここ、ここ」

 そう言って藤井くんに名刺を渡すと、ここで思わぬリアクションが。

「えっ、カフェ・シェリーなんですか! 一度行きたいと思っていた喫茶店なんですよ」

「藤井くん、なんでここ知ってるの?」

「いやぁ、お客さんで文具屋さんがいるんですけど、ちょうど一年前にここのマスターにお世話になって、今の奥さんと結婚することができたそうなんです」

マスターって、ひょっとして昨日見た男性かしら?

 カフェ・シェリーへ向かう途中の会話は、藤井くんが終始リード。さっき話した文具屋の人のことだ。聞けば奥さんとは同級生で、ずっと前から想っていたらしい。けれど奥さんは結婚。しかし旦那さんを事故で亡くしてから母子家庭で生活していた。それをずっと励ましていたのがその方だとか。そして一年前、カフェ・シェリーの全面協力によりクリスマスパーティーを開催。このときにプロポーズしたそうだ。

「このときに活躍したのが、カフェ・シェリー自慢のブレンドコーヒー、シェリー・ブレンドだっていうんですよ。なんでも飲むと今その人が欲しがっているものの味がするらしくて。それで奥さんの今の気持ちを引き出してくれたそうです」

「へぇ、なかなかロマンチックな話ね。私にもそんな男性現れないかなぁ~。それに、そのシェリー・ブレンドってのには興味が湧くわね」

「はい、ボクもなんですよ。今の自分の本音を引き出してもらいたいなって、そう思って」

「え、藤井くんは今なんか悩んでいることがあるの?」

「あ、えぇ、まぁ…」

「よかったらお姉さんに話してごらんよ。楽になるわよぉ」

 私はちょっと意地悪っぽく藤井くんに迫ってみた。藤井くんはちょっと困惑ぎみ。あはは、と照れ笑いしながらも私をリードしながら先へと進んでいく。

 藤井くん、なかなか男らしいところもあるじゃない。

「あ、ここですね」

 冬のこの時間、辺りはもう真っ暗。そんな中でも迷うことなくお店に到着。私一人だったら間違いなく道に迷ってたな。

「さ、いきましょう」

 藤井くんはトントンっと軽やかに二階へと上がっていく。

「あ、待ってよ」

「す、すいません。大丈夫ですか?」

 階段の中程で藤井くんは振り返って手をさしのべてくれた。私は自然にその手につかまるように手を差し出した。

 ぎゅっと握る藤井くんの手。なんだか温かいな。

 私は藤井くんに引っぱられるように階段を上がっていく。

カラン、コロン、カラン

「いらっしゃいませ」

 ドアを開くと、心地よいカウベルの音と共に女性の声が。

「こんにちは」

「あ、昨日の…」

「ホント、昨日はごめんなさい。約束通り、コーヒーを飲みに来たの」

「あ、いらっしゃいませ」

 カウンターから低くて渋い男性の声。昨日見たあの男性だ。やっぱりこの店のマスターだったんだ。

「お友達もご一緒に連れてこられたんですね。ありがとうございます」

「あ、こっちは会社の後輩なの。前からこのお店に来たかったらしくて」

「あ、どうも。藤井といいます。ここのシェリー・ブレンドを一度飲んでみろとお客さんが薦めるものですから。ぜひ一度飲んでみたいと思ってきました」

「そうなんだ、じゃぁこちらへどうぞ。そうそう、まだお名前をうかがっていなかったわね。私はマイっていいます」

「そう言えばそうだった。私は神奈木あけみ。あけみでいいわよ」

「あけみさんね。よろしくお願いします。じゃぁシェリー・ブレンドを二つでいいかしら?」

「えぇ、お願いします」

 マイさんはそう言ってカウンターへ。

 あらためて店の中を見回す。とても小さなお店だけれど、なんとなくおしゃれ。窓側には半円形をした木のテーブルに4つのイス。今私たちが通されたのは3人掛けの丸テーブル。そしてカウンターには4つのイス。さらにカウンターの端には色とりどりの二色のボトルが並んでいる。あれ、なんだろう?

「あれ、オーラソーマですね」

 藤井くんも同じ方向に目が向いたようだ。

「オーラソーマって何なの?」

「あのボトルを使ってカラーセラピーをやるんですよ。ボトルにはそれぞれ意味があって、選ぶ順番と色で悩みに対しての答えなんかを得ることができるんです」

「ふぅ~ん、なんか占いみたいなものね」

「占いとは違うんですよ」

 そう言って話に入ってきたのは、お冷やを持ってきてくれたマイさん。

「これはボトルを使ってその人が潜在的に持っている答えを引き出すものなの。コーチングって知っていますか?」

「あ、それなら聞いたことあるわ。ウチの管理職研修の中にそんなのがあったから」

「確か上司が部下に行うコミュニケーションの技術、じゃなかったですか?」

「藤井さんの言うとおりなんだけど、実はコーチングの本質は相手の心の奥にある答えを引き出すっていうものなの。カラーセラピーも同じようなもの。この場合、媒体としてこのボトルを使うんだけどね」

「ひょっとしてマイさん、それができるの?」

 私は興味深くマイさんに尋ねた。その言葉の裏は…もちろん、私もやってもらいたいという願望があるからだ。

「えぇ、実はこのお店は夜7時を過ぎると私のセラピーの時間になるの。でもお客様は一日に一人しかとらないけどね」

「じゃあ、いつか私にもやってくれますか?」

「今、何か悩みがあるのかしら?」

「えぇ、まぁ」

 それ以上のことはさすがに言えなかった。なにしろ藤井くんが目の前にいるんだから。

「だったらその前に、ぜひシェリー・ブレンドを飲んでみて」

 マイさんはウインクをして一度カウンターへ戻っていった。

「マイさんってなかなかきれいでかわいらしい人よね。男性ってあんな女性に惹かれたりするものなの?」

 私は藤井くんにちょっと意地悪な質問。だって、藤井くんの目線はずっとマイさんに向いていたんだから。

「え、えぇ、まぁ。あ、で、でもあけみさんもおきれいですよ」

 藤井くんは照れながらもそう言ってくれた。

「まったく、お世辞言っちゃって。でもうれしいわよ」

 年下の男の子にこうやってちょっと意地悪するのって悪い気はしないわね。

 そうしていると再びマイさん登場。今度は手にコーヒーを持ってきている。

「はい、おまたせしました。シェリー・ブレンドです。飲んだ後、よかったら感想を聞かせてね」

「はぁい」

 そう言いながら早速一口。すすすーっとのどに流し込んだとき、不思議な感覚を覚えた。この感覚、ついさっき味わったわよね。

 そうだ、さっき藤井くんにちょっと意地悪をしたときの、あの感覚。意地悪、といいながらも心の中では相手を信頼している。そしてもっと一緒にいて、いっぱい会話をして、温かさを感じていたい。

「いかがでした?」

 マイさんの声でふと我に返った。

「あ、とてもおいしかったわ」

「おいしいだけだった?」

 マイさんには全てを見透かされているようだった。確かにおいしいだけではない。しかし、この不思議な感覚を藤井くんがいる前で語るのはちょっと恥ずかしい。

「それが…なんだろう、ちょっと不思議な感覚がしたの。えっと、なんていうか…」

 そういいながら藤井くんの方をチラ見。藤井くんも私の次の言葉にとても興味津々な目をしていた。どうしよう、なんて言えばいいかしら。

 そう思っていたらマスターが横から割り込んできた。

「きっと言葉にならないような感覚なんでしょうね。ところでそちらの藤井さんはどうでしたか?」

 ふぅ、助かったぁ。今度は立場逆転。私が藤井くんを興味深く見つめた。

「えっ、ボクですか。それが、その…」

「こちらも言葉にならない感覚みたいね」

 マイさんの言葉に藤井くんは照れ笑いしながら軽くうなずいた。

「藤井さん、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど。こっちのカウンターにいらっしゃいませんか?」

「えっ、あ、はい。じゃぁお言葉に甘えて」

 そう言って藤井くんはカウンターへ移動。マイさんがお冷やとコーヒーを移動してくれた。そしてすかさず私のところへ戻ってきて、藤井くんがいたところに座り込んだ。

「この方が話しやすいでしょ」

 そう言ってマイさんはウインク。

「どうやら藤井さんもあけみさんに聞かれたくないって感じだったから。マスターがそれを察してくれてカウンターに誘ったのよ」

 なるほど。それにしてもマイさんもマスターも鋭いなぁ。

「ありがとうございます。実は…」

 そう言って、さっきシェリー・ブレンドを飲んだときの感想を素直にマイさんに伝えてみた。

「なるほどね。で、その味については正直にどう思ったの?」

「それがわからないんですよね。確かに藤井くんって後輩の割には頼れるところがあるし。でも今まで恋愛の対象って感じで見たことないから」

「そっか。私もそうだったな」

「え、マイさんも?なになに、どんなことがあったの?」

「あのね、私はもう結婚しているんだけど」

 そう言ってマイさんは左指のリングを見せてくれた。

「へぇ、相手はどんな人?」

 そう聞くと、マイさんはさりげなくカウンターを指さした。

「えっ、マスター!? あ、やっぱりそうなんだ」

 ちょっと年の差があるからびっくりしたけれど、でもなんとなく納得。

「マスターは前は高校の英語の先生でね、私はその教え子なの。最初の頃は恋愛って感じはまったくなかったんだけどね」

 私はマイさんの話に引き込まれていった。だって、こんな恋話ってなかなか聞けないからね。

「で、どこでそうなったの?」

「それがね、高校の頃はなんだかおもしろい話をしてくれる先生だって思っていたの。で、いろんなことをよく話すようになって。大学一年の時だったかな。こういうセミナーや講演会があるから一緒に来ないかって誘ってくれるようになったの」

「じゃぁ、マスターの方がマイさんに気があったんだ」

「それがそうでもないのよ。単純に教え子として誘ってくれてたんだって。でもよくつるんで行動するようになって。で、気が付いたら…」

 マイさん、ここでちょっと照れ笑い。

「へぇ、なんだか理想的だなぁ。少しずつ距離が縮まって、そしてゴールインか。私もそんなのにあこがれるなぁ」

「だからシェリー・ブレンドの味にそれが出たんじゃない。今、少しずつ縮まってるって感じ、してるんじゃないかなって」

 そう言われてドキッとした。思えば藤井くんとは、昨日の残業の時以外でもよく話をするようになった。しかも二人っきりで。休憩の時とかも、私がコーヒーを飲んでいたら横からさりげなく登場してるし。仕事のこともよく質問してくるようになったし。

「で、でもそれは…」

「まずは自分の心に素直になること。それが恋愛の秘訣かな」

 マイさんに今の自分の気持ちを見透かされているようだった。

 そうなりたい、でもそうじゃない。何を迷っているんだろう、私。

「そういえばあけみさんはどんなクリスマスを過ごしたいって思っているの?」

「えっ、そ、そうね…この数年間はずっと一人だったからなぁ。やっぱりすてきな彼と二人でロマンチックな夜を。これは女性のあこがれよね」

「うんうん、わかるわかる。ロマンチックってどんな感じ?」

「昔は夜景の見えるレストランとか思ってたけど。でも最近はちょっと違うのよね。場所はどこでもいいけれど、とにかく彼の温かさを感じさせて欲しいの。できればギュって抱きしめて欲しいな…」

 私は恋する夢子ちゃんに大変身。そんな自分に酔っている自分を恥ずかしいとは思わない。だってそれが心から欲しいものなんだから。

 そして自然とシェリー・ブレンドに手を伸ばし、また一口。今度もまた不思議な感覚。

 冷めてしまったコーヒーなのに、なぜだかホッとした温かさを感じる。その温かさはじわっと心に広がるそして包み込まれるような感じ。

 あぁ、これよこれ。この感じが欲しかったのよ。

「欲しがっているものが得られたって感じね」

「あはっ、わかる?」

 私はマイさんの言葉にペロッと舌を出して応えた。

「あけみさん、だったらその感じ、ずっとずっと持っていたいって思わない?」

「それができたら苦労はしないんだけどさ…」

「だったらサンタさんにプレゼントしてもらおうか」

「サンタのプレゼントって…それこそそれができれば苦労はしないわよ。サンタだなんて…」

「それができちゃうんだな。サンタさんってホントにいるのよ」

「まさか。そりゃいて欲しいって思ったことはあるけど」

「ふふふっ、そのサンタさんは見ることはできないけれど。でもある条件を満たした人には、そのサンタさんは必ずやってくるの」

「ある条件って?」

 マイさんのまさかの話にのめり込んでいることは自分でもわかっていた。今更サンタだなんて、そんな年でもないのに。でもそのサンタが現れてくれることを心の奥から望んでいる自分がいる。

「その条件って簡単なことなの。あけみさん、まず自分の心に素直になってみること。それがサンタさんからプレゼントをもらう条件」

「自分の心に素直に?」

「そう、素直になるの。あけみさん、今まで自分に突っ張ってきた事ってあるでしょ」

 自分に突っ張ってきた。思えばそうかもしれない。

 ファッション雑誌を見ては自分を飾ることばかり意識していた。たぶんこれって本当の自分じゃない気がする。でもそうしないと誰も振り向いてはくれない。振り向いてくれないから、さらに意識をして自分を飾る。

 本当の自分ってどこにあるんだろう。

「サンタさんって、本当の自分に素直になれる人には望むものをくれるのよ」

「マイさんはプレゼントもらったことあるの?」

「うん♪」

 めいっぱいの笑顔でマイさんは大きくうなずいた。そして見せてくれたのが左手の薬指のリング。

「私ね、マスターの気持ちを素直に受け取ったの。そして自分自身の気持ちにも素直になったの。そしたらこんなに大きなプレゼントをもらったわ。そのプレゼントは気が付いたらこんなにすてきな場所、カフェ・シェリーにも変わっていたし」

「私もそんなプレゼントもらえるかなぁ」

「素直になれば、ね」

 素直、か。でもまだ実感できない。というか気持ちの整理がつかないというのが本音。どれがホントの自分の気持ちなんだろう。

「マイ、ちょっと」

「あ、はぁい」

 マイさんはマスターに呼ばれてカウンターへ。それと入れ替わりに藤井くんが戻ってきた。

「いやぁ~、マスターすごいですね。あの人、カウンセラーの資格も持っているらしいんですけど、とにかくボクの話をよく聞いてくれて、そして的確なアドバイスをくれるんですよ」

 藤井くん、かなりマスターに惚れ込んだみたい。そういえば私もマイさんに対しては同じような気持ち。

「ところで藤井くんはマスターとどんな話をしてたの?」

「えっ、は、話ですか。えっと、それは…」

 ここで藤井くんはマスターをちらりと見る。マスターはそれに気づいたのか、にこやかな笑顔で藤井くんに応えた。

「そ、それはこの店を出たときに話します」

 ちょっとうつむき加減でそういう藤井くん。一体なんなんだろう?

「と、ところであけみさんはマイさんとどんな話をしたんですか?」

「え、私? 私は…さ、サンタクロースのプレゼントの話をね」

 さすがに自分の恋の話とは言えず、マイさんから聞いたサンタクロースのプレゼントの話に話題を振った。それが逆効果だったかも。藤井くんは目を爛々と光らせてる。

「それ、どんな話ですか? サンタのプレゼントってなんだか興味ありますよ。ボクにも教えてください」

 まぁ恋の話は別として、これだったら話せるかな。

 今度は私がマイさんをちらりと見た。マスターと同様、マイさんも笑顔でこっくりとうなずく。それを見て何となく安心した。

「あのね、サンタって本当にいるんだよ。そしてね…」

 私は藤井くんに、自分に素直になるとプレゼントがもらえること、そしてマイさんは実際にプレゼントをもらえたことなどを話した。

「なんかすてきな話ですね。ボクも自分に素直になればプレゼントがもらえるのかなぁ」

「たぶんね。私も自分に素直になってみようかなって思った。今までどうやったら女性としてもてるのか、なんて事ばかり考えてて。ファッション雑誌の言うとおりに着飾ってみたり、センスのいいお店に通ってみたり。でもなんだか疲れちゃった。もっと自分らしさを出した方がいいのよね」

「あ、あけみさんはとても自分らしい生き方をしていると思います」

「え、そうかなぁ」

「だって、仕事も責任感を持って一生懸命やってますし。いろんな相談をしてもしっかり聞いてくれるし。そして何より、そのときの笑顔がとても魅力的だし…」

 藤井くん、ここまで言って急にうつむいてしまった。

「あ、ありがとう。そう言われるとなんだか自分に自信もてちゃうな」

 このとき、あのシェリー・ブレンドを飲んだあの感覚がよみがえってきた。

 なんとなくほんわかした、あの温かい感触。そうだ、そうなんだ。私が欲しかったのはこれなんだ。そしてそれを与えてくれる相手、それが…。

 でもここで理性が邪魔をした。

 何言ってんの。彼は仕事の後輩。いくら優しくて頼りになる人とは言っても、恋愛とは違うはず。それに、こんな後輩を頼りにするなんて。私のプライドが許さない。

 許さない…一体誰が許さないの? それって私じゃない。だったら私が私を許せばいいんじゃない。もっと自分に素直になろうよ。さっきマイさんに言われたばかりじゃない。

「あけみさん、どうかしました?」

「え、あ、いや、なんでも…」

「急に黙り込んじゃったからどうしたのかと思いましたよ。あ、もうそろそろお店閉店の時間ですよ」

 気が付くと時計は7時のちょっと手前を指していた。お客さんも私と藤井くんの二人だけになっている。

「じゃぁそろそろ出ましょうか」

 藤井くんはさりげなく伝票を手に取り立ち上がった。そしてスタスタとレジへ。

「ありがとうございます」

 マイさんが会計処理をしているときに私はマスターから手招きして呼ばれた。

なんだろう? カウンターの方へ行くとマスターが私にそっと耳打ち。

「自分の心に素直に、ね」

 私はマスターの言葉にこっくりとうなずいて返事をした。

「ありがとうございました。あけみさん、またいらしてくださいね」

「うん、今日はすてきなお話をありがとう」

 そうして藤井くんと店を出た。

「あ、藤井くんにコーヒー代払わなきゃ」

「いいですよ。日頃お世話になっているお礼です。それに…」

 そのとき、冷たい風が頬を刺した。

「うぅっ、さむっ」

 しまったな、昼間暖かかったからマフラーを持ってきてなかった。

「あけみさん、よかったらどうぞ」

 藤井くんは自分がしていたマフラーを私に巻いてくれた。藤井くんの体温と心の温かさの両方が私に伝わってくる。

「あ、ありがとう」

 しばらく無言で歩く。なんて話しかけていいのかわからない。

「あ、あの…」

 沈黙を破ったのは藤井くん。

「ん、なぁに?」

「そ、その…い、今から一緒にお食事でもどうですか? なんなら居酒屋とかでも…」

 藤井くんの提案、悪くない。けれどまだ何か心に引っかかっているものがある。藤井くんが原因ではない、私の心の問題だ。

「あのさ…藤井くん、さっき店を出たときに話してくれるって言ってたじゃない。あれ、聞かせて欲しいな」

「えっ、い、今ですか?」

「ダメ?」

「いや、ダメじゃないけど…」

 藤井くんは立ち止まって空を見上げてしばらく黙り込んでしまった。私もつられて空を見上げる。

「星、きれいですね」

 藤井くんがぼそっとそう言う。

「そうね」

「あけみさん、いくつくらいまでサンタさんがいるって思っていました?」

「いくつだったかなぁ…小学校一、二年生の頃にはお父さんがサンタだってもう知ってた気がするけど」

「ボクは小学校五年生まで信じていました。六年のときにボクがあまりにも無茶な要求をサンタにしたんで、姉が『ウチにそんなお金あるわけないでしょ』って口走っちゃって。それでどういう意味か問いつめたら正体を教えてくれました。まぁその年齢まで信じ切っていたボクもボクですけどね」

「なんだか藤井くんらしいね」

「でも今日マスターと話してわかりました。サンタっているんですね。そして自分がサンタになれるんだって。だからボクは…」

 藤井くんはそこまで話してまた黙り込んでしまった。

 私は藤井くんの顔をのぞき込む。そしたら藤井くん、私の両肩をぐっと握りしめ正面を向いて私の目をじっと見た。えっ、な、なんなの? 心臓がドキドキしてる。

「ボクはあけみさんのサンタになりたいんですっ」

 そして藤井くんにぎゅっと抱きしめられた。頭が真っ白になった。でも次の瞬間、ピンク色をした温かい感触が心の奥からわき出してきた。

 もう素直になろう。この気持ちを、心地よい感触をそのまま受け取ろう。私は藤井くんをギュッと抱きしめ返した。そして大きな彼の胸に顔を埋めた。

 ほんわかしたいい気持ち。いつまでもこうしていたい。

「ボク、シェリー・ブレンドを飲んだときにこう思ったんです。もっと強い人間になりたいって。それをマスターに話したら、こう言われました。今の気持ちを正直に表に出しなさいって。マスターもそうすることで今があるんだって効きました。だから、だからボクはあけみさんに正直になろうって思いました」

 藤井くんもそうだったんだ。

「ありがとう。私もね、同じような事をマイさんに言われたの。もっと素直に自分の気持ちを受け止めてって」

「だからサンタが来たんですね。ボクにも、あけみさんにも」

「うん、そうだね」

 今度は彼の顔をじっと見つめた。そうしたら彼、そっと顔を近づけてくれた。

 私は目をつぶる。今度は唇に彼の温かさが直に伝わってきた。

 やわらかくて、そして力強い感触。

 もう離したくない、絶対に離さない。

 その思いがつのり、私はまた彼をギュッと抱きしめた。

 ひゅぅぅっ

 また冷たい風が頬を刺す。けれど今度は寒くない。もう平気。だって、今は彼がいるから。

「あけみさん、何食べに行きましょうか」

「そうね、温かい鍋なんていいな。

 鍋って一人じゃ楽しくないから。でも今日なら楽しめそう」

「じゃ、決まりですね」

 そうしてゆっくりと歩き出した。彼はそっと私の手を握ってくれる。私もその手を握り返す。

 目の前にはクリスマスのイルミネーションが輝いている。まるで私たち二人を祝福してくれているようだ。

「ねぇ、藤井くん、一つ聞いてもいい?どうして私を選んでくれたの?それに藤井くんって彼女がいるって聞いてたけど」

「えぇっ、ボクに彼女なんかいませんよ。まぁ女性の友達はいますけど、二人だけで逢うなんてことないし」

 それを聞いてちょっと安心。

「で、どうして私を選んでくれたの?」

 ふたたび意地悪っぽく迫ってみた。

「えっ、そ、その…」

「もうっ、男らしくないなぁ」

「そ、そこなんですよ。ボク、ホントはそんな優柔不断で情けない人間なんです。でもなぜだか周りのみんなはそうは見てくれなくて」

 確かにそうだ。藤井くんはできる社員って感じがしていたから。

「でも、あけみさんの前では素の自分が出せるんです」

 そう言われて気づいた。私も他の男性の前だと自分をよく見せようと必死だった。けれど彼の前だといつもの自分が出せている。

 なんだ、お互いそうだったんだ。

「だからサンタがやってきたのかな」

 マイさんの言っていた言葉、自分に素直になるとサンタはプレゼントを持ってやってくる。今、それを実感。

 そして…

「こんにちはー」

「あ、あけみさん。それに藤井さんも」

 クリスマスも過ぎて今年最後の仕事も終わった日。私は彼と一緒にカフェ・シェリーを訪れた。あれからの報告をするためだ。

「あけみさん、どうやらサンタさんはやってきたみたいね」

「うん、これもマイさんとマスターのおかげよ。ありがとう」

「なぁに言ってんの。私たちにはあけみさんと藤井さんがそうなるって一目でわかっちゃってたよ。あとはお互い素直になるだけ。そうじゃなかった?」

「えへっ、マイさんってなんでもお見通しなんだ。でもおかげさまで♪」

 もう迷わない。彼ならずっと自分を素直に出せる。サンタさん、最高のプレゼントをありがとう。

「はい、シェリー・ブレンド」

 この日飲んだシェリー・ブレンドはとても甘くてホッとする味がした。まるでこの先の未来を教えてくれる、そんな気がした。


<サンタはどこへ 完>

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