想い出スケッチブック
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自然と目が覚めて、ベッドから離れスライド式の窓を開ける。
「さっむ…」
まだ日の明けてない暗い外から、真冬の気配が頬を刺す。
はぁ…っと吐いた息は白かった。
家を囲む堀には、割と高めに雪が振り積もっていた。
今年は暖かいって聞いたのに、それはあまり当たってないらしい。
異常気象多いし、仕方ないのかな…と
結露した窓に指を滑らせ、濡れた指を見ながら思った。
「…っくしゅん」
可愛げのないくしゃみをし、身震いをした後自分がパジャマ姿だったことを思い出す。
そりゃ、寒いはずだ。
窓を閉め、着替えようと振り返った時、腕になにかが当たった。
あ、と思った時には既に遅くガラスの割れる音が部屋に響いた。
下の階からバタバタと音がしたからきっと、母さんが慌ててやってくるに違いない。
…どうせ鍵かけてあるから入れないけど。
「あーぁ、割れ、ちゃった」
割れたガラスの横にしゃがみ、ポツリと呟いたその一言が、虚しく響く。
無残に割れたスタンドガラスは窓から射し込んだ光に反射し、様々な色を放っていた。
___きらきら、きら、きら
光るガラスは綺麗だとは思ったのは一瞬で、何も心に響かなかった。
「雪?雪、大丈夫なのっ??ガラスの割れる音、したけど」
焦る母さんの声が廊下から聞こえた。
どんどんとドアを叩く音がするけれど、そちらの方は振り向かずに立ち上がる。
「別に、平気。」
素っ気なく答え、割れたガラスはそのままにトレーナーとズボンの簡単な服に着替えてベッドに座る。
まだドアの前でグダグダと喚く声が聞こえた。
鬱陶しい。
どうでもいい、母さんも、学校も、何もかも。
「…雪、降ってる」
窓の外を見つめ、しんしんと降る雪を見て思わず呟く。
同時に母さんの声も聞こえなくなっていた。
きっと、諦めて下に降りたんだろう。
…そうだ
ベッドから立ち上がり、机の横にかけてある物を取り、コートを羽織って外へ出る。
「あ、」
階段から下りて部屋に戻る途中だった母さんが、部屋から出てきた私に気づいて声をかける。
「どこか、行くの?もしかして、が「散歩」」
続けて言おうとした言葉に言葉重ね、遮った。
どうせまたいつもの言葉を言うんだ。
学校行くの?って。
だから先に先手を打ち、嘘をついて玄関のドアを開ける。
そもそも、こんな学校と荷物で行けるわけない。
考えればわかることなのに、時間が経つにつれ、学校に行って欲しいと言う思いの方が強くなり、簡単なことに気づけなくなるらしい。
どうでもいい、ほんと。
全部、全部、全部
こんなことを思うようになったのはきっと、あの日から……___
私には幼馴染みがいた。
同い年の叶。
兄妹みたいに育ったけど、いつの間にか恋心を抱くようになって、付き合うようになった。
毎日が、幸せだった。
『幼なじみ』から『恋人』に変わって、ずっと、隣に居れるって思ってた。
だから、思いもしなかった。
___叶が死ぬなんてこと。
交通事故、だった。
手を繋いで、歩道を渡っていたその日の帰り道。
勿論、青信号で渡っていた。
安心しきっていた。
信号を無視した車がこちらにつっこんでくるなんてこと、予想もしてなかった。
『危ない…!!』
そんな声が、叶の声が耳元で聞こえたと思ったら私は地面に倒れていた。
背中がじぃんと痛み、叶に押されたんだと気づいたのは少し経ってからだった。
『叶…?』
不安になって名前を呼び、首を動かし見つけた叶は、
赤に染まっていた。
『か、…っな、っ、、』
口から零れでた音は掠れていた。
ガードレールに突っ込んだ車のすぐ隣に倒れていた叶は、ピクリとも動かずただただ、積もっている
し ろい
白 い
シ ロ い 、
雪を
赤く
紅 く
ア カ く 、
染 め て い く 。
騒音、絶叫、…音が、消えた。
フィクションだと思っていた。
恋人や家族、大切な人に守られて、大切な人が亡くなるなんてこと。
そんなの、小説やドラマでしかおきないことで、
私の元にそんなことが起きるなんて思いもしなかった。
起こりうることなんだと、気づいた時にはもう、
『叶ぁぁぁあ!!!!』
大切な人は隣に居なかった。
交通事故で亡くなった、そんな一言で終わってしまう幼なじみの死を私は未だに受け入れられない。
受け入れてしまったら、叶と過した日々が薄れてしまう気がして。
そんなことを思っていたら、学校に行けなくなった。
叶のいない教室に慣れてしまうのが怖かった。
そうこうしていくうちに、辿り着いた公園。
そこは、長い階段を登った先にある丘の上にたつ小さな公園。
いつも、叶と来ていた場所だ。
持ってきた物をバックから取り出して、ベンチに座る。
スケッチブック
それは、昔、叶からプレゼントしてもらった物だった。
__ペラ、。、
少し色の落ちた表紙をめくり、紙を1枚1枚捲っていく。
歩道橋、電波塔、観覧車、交差点、ブランコ、駄菓子屋…
この街で見える気に入った景色を描くだけ描いていた。
2人でお気に入りを見つけ、描き、白黒世界を色づいた世界に変えてゆく。
元々は私一人でやっていたことだったけれど、2人でやりたいと言い出した私に叶も付き合うようになり、いつしかそれは、2人の日課になっていた。
___ペラ、
色づいた世界から白黒世界になってしまった所で、手を止める。
叶が居なくなってから、景色は色づくことは無くなった。
叶との思い出に縋りたくて、薄れゆく声、景色、匂いを忘れたくなくて、2人のお気に入りの場所を再び描き出した。
しかし、描いても描いても色が見えず全てがモノクロだった。
__ペラリペラリ
白黒世界も無くなり、全てが白になったところで再び手を止め、ペンを持って描き出す景色。
2人でこうしたっけな、と思い出に振り返りながら描く絵は、何故か悲しそうな感じが伝わってくる。
それはきっと、もう思い出にしか叶に会えないからだと気づいてるけど、今日もまた気付かないふりをして描き続けた。
消しゴムを入れた所で、手を止めスケッチブックを閉じた。
はぁ…っと吐き出す息はまだ白く、手も思ってたより冷えてなくて、そんなに時間が経ってないことが分かった。
「帰ろ」
朝ご飯を買うためにコンビニ寄り、サンドウィッチを買ってから家に帰り再び部屋に戻った。
持っていたバックは元に戻し、ぽすんとベットに寝転ぶ。
すると、コンコンとドアを叩く音が響いた。
「雪?居る?」
遠慮がちに声をかけてきたのは母さんだった。
無視したら、面倒くさいので起き上がって何?と答えた。
「明日、叶くんの命日だから、お墓参り行ってきなさいね、?」
「…っ!」
母さんの言葉に思わず息を呑む。
来るとは思っていた言葉。
だけどやっぱり、まだ現実を受けきれていない私にとっては酷だった。
「行かない、から、」
「雪…でも、かなく、「ほっといてよ!!」
バンッと壁を叩いた私に声をかけることをやめた母さん。
「…、うん、分かったよ、。」
色んな感情の含まれたような声を私にかけ、母さんは離れていった。
叩いて赤くなった右手を握りしめ、再びベットに横になり顔を枕に埋める。
お墓参り。
私は叶が亡くなってからまだ1度も行っていない。
お葬式にだって、出れなかった。
いくら時間が過ぎたって、行く勇気は私には無いんだ。
明日、
君がいなくなってから、2年が経つ。
ぼんやりしたまま、翌日が訪れた。
その日もまだ、日は昇っていなかった。
時刻は5時半。
何となく、公園に行きたくなった私はスケッチブックを持って家を出た。
勿論、着替えは行ってから。
歩いているうちに、東の空が赤くなっているのが目に入る。
思わず見とれて足が止まった。
綺麗な朝焼けの紅。
滲んでいく夜の濃紺。
しんしんと降り続ける真っ白な雪。
当たりを照らすそれらの光が、白い雪を染め、静まっている街を幻想的な世界に変えていく。
「わ、、」
思わず零れでた声に、閃きを感じる。
あの公園とこの景色を描きたい。
思い付いたら、早くしなきゃと気が急いで、足をひたすら動かしていた。
走るのなんて久しぶりで、運動不足の肺がズキズキと痛み、足が鉛のように重たかった。
夜があけたばかりの空気はとても冷たくて、冷気が身体を冷やし感覚を麻痺させる。
手が悴んだらいけないと、手も必死に動かした。
長い長い階段を登り切って最後の一段を棒のようになっている足で踏み、しゃがみこんで息を整える。
ズキズキ痛む身体に、筋肉痛になるなこれは…と、思った。
呼吸が安定してきた頃、立ち上がり前を向いた。
自分で吐く息で白く歪む視界。
何気なく向いた視線の先。
いつも座っているベンチの横に
┄┄┄┄誰かが、いた。
1回も染めていない、綺麗な黒髪。
いつも着ていた紺のダッフルコート。
私があげた、緑と青のストライプ柄の手袋。
誰か、なんかじゃない。
だってそれは、未だ私の心に居続ける人の横顔で…
「か┄┄┄」
名前を口に出すのを躊躇った。
声に出したら消えてしまう、そんな気がして。
白い絨毯のように積もる雪を踏み締め、ゆっくりベンチへ近づく。
何故か透けて見える、それは、
酷く幻想的で、儚くて、触れてしまったら最後、消えてしまうように思わせた。
私が来ることを分かっていたように、振り向いたそれは、こちらに笑みを向け、
そして、
「────────」
「…ぇ、か…っ、!」
雲の隙間からさした光に目を瞑り、開けた時にはもう居なかった。
__ドサッ
力が抜け、持っていたバックを地面に落としてしまい、中にあったスケッチブックやペンが外に出た。
幻覚、幻聴。
きっと、その方が現地味がある。
それでも私は、
『雪なら、大丈夫』
┄┄┄幻に縋っていたいらしかった。
何を根拠に言ってるかわからないけど、聞こえたセリフが何となく叶らしくて、頬が緩む。
ツーッと、頬を伝う雫が朝焼けの空の中静かに落ちた。
暫く叶のいた後を見つめた後、落ちてしまったスケッチブックを拾おうと下にしゃがみこむ。
途端に強い風が吹き、パラパラとページが巡れてく。
「うひゃっ、!」
___ペラペラペラペラ、ペラッ、!
砂埃が目に入り、思わず目を瞑る。
暫くして目を開けると、最後のページになったスケッチブックの紙の上に、何かが貼っつけられているのに気がついた。
「…なに、これ」
ぺりっと、案外簡単に取れたのは、二つに折りたたんであった白い紙だった。
開いてみると、叶の字が書いてあった。
「え、これ、なんで、、」
急いでいたらしいのか、走り書きがしてあり、少しというかかなり読みにくい字。
書いてあった内容は┄┄┄┄…
___…
『雪へ
この手紙を読んでるってことはきっと最後まで描き終えたんだな。
雪と俺の思い出の場所がどんどん増えてるのがすげー嬉しい。
二人で描いてくの楽しいしな。
絵を描いてる時のお前ってさ、めっちゃ楽しそうでいつも輝いててすげーって思ってる。
(くさいセリフとか言うなよ?(笑))
俺さ、雪の笑顔大好きなんだ。
だからずっと笑ってて欲しい。
何があったって、俺が守るから。
ずっと隣にいる。
叶より
PS
走り書きになってんのは、お前がいない隙に急いで書いたせいだからな!思いついた時に書いたからこーなったけど、お前なら読めるって信じてる!笑』
ただでさえ、普段から癖のある字を書いていた叶の走り書きは読むのに苦労した。
それでも、昔からずっと一緒にいた私には読めた。
書いてあったことを読んだ瞬間、涙が溢れて止まらなかった。
ぐちゃぐちゃな字。
文構成のなってない内容。
それでも、叶の気持ちはすごく伝わってきて胸が熱くなる。
「ずっと、っ、ずっと隣にいるって書いてあるのに、なんで、なんで先にいっちゃったの…っ、」
そんなこと聞いても、それは誰にもわからなかったことだと分かっている。
でも、聞かずにはいられなかった。
叶からの最後の手紙。
久しぶりに感じた温もりは温かくて、冷え切った心を溶かしていった。
溢れる感情、想い、言葉。
叶への気持ちは色褪せることなく、心に残っていた。
「守んなくて、守んなくていいから、そばにいて欲しかったよ…っ!」
悲しい、嬉しい、寂しい、愛しい
そんな感情が心の中でぐるぐる回る。
感情が溢れて、想いが溢れて、涙が止まらない。
「傍に…っ!居て欲しかった、ずっと、ずっと、隣にいて欲しかった…!うっ、あぁ
ぁあぁぁあ…!!」
手紙を握りしめ、零れでた本音は、降り続ける雪と涙と共に溶けて消えていった。
___夕方、私は叶のお墓参りに来ていた。
道の途中で花を買い、丘の上に立つ叶のお墓の前までやっとの思いでたどり着く。
「叶、私にどれだけ登らせるの?私今日久しぶりに運動して筋肉痛になってるんだよ?それなのにこんな丘の上にいるなんて、聞いてないよ」
コツン、とお墓を叩いてちょっぴりの文句を叶に言った。
丘から見える夕陽はとっても綺麗で、叶が居る場所にぴったりだと思った。
既に手入れされて綺麗な花が入れられている花瓶に自分の花を入れ、柄杓で水をかけ、お墓を綺麗にしていく。
掃除をし終えた後、線香をあげ手を合わせた。
「来るの、遅れてごめんね。2年も待たせちゃった」
本当は、今日は来ないはずだった。
叶のこと、認めたくなかったから。
だから朝の時点では、行くつもりなんてなかった。
でも、
「叶、スケッチブックの後ろに手紙入れてたでしょ?気づかなかったなぁ、私」
あれから、暫く泣き続けた私は手紙を握りしめ家へと帰った。
そして考えたこと。
叶にちゃんと会おうと思った。
まだ、本当は叶のいない世界で生きるなんて怖いけど。
それでも、
『笑っててほしい』
そんなこと言われたら、前をちゃんと向くしかないじゃんか。
「叶は、ほんとずるいんだから」
あんな手紙を見たら誰だって泣く。
本当は、手紙とか苦手なくせに。
それでも真っ直ぐ伝えてくる気持ちは、ちゃんと私の心に響いて、あの日から凍っていた心をいとも簡単に溶かした。
前に進む。
それって結構難しいことだと思う。
でも、叶の幻に会って、手紙を貰って、勇気を貰った。
気持ちを受け取った。
きっと、こんなになってしまった私を見かねてやって来てくれたんだろう。
本来なら最後に知るはずだった手紙をわざわざ会いに来て、教えてくれたのもきっとそう。
だから、私は少しずつでも進もうと思う。
「叶、私頑張るから。見ててね」
すっと、お墓に手を滑らせて微笑んだ。
「スケッチブック、置いてくね」
持ってきたスケッチブックをお墓の横に置いて、行きと同じ道を歩き出した。
もう、2人で描いていたスケッチブックに新たなものが加わることは無いだろう。
絵は、描き続ける。
でも、このスケッチブックにはもう描かない。
2人の思い出は、これでおしまい。
これからは、1人で、頑張っていく。
色褪せていた世界は再び色づいた。
「今でも、、好きだよ」
そう呟いた声に応えるかのように、私の後ろから風は優しく吹き背中を押した。
『知ってる』
そんな声と、共に┈┈┈┈┈┈┈┈
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