第八話㋜ ナタリーへの告白
意識が戻ると、またもや違う天井が見える。
溜息を吐きながら周囲を確認すると、リャヌラの街の宿のようだ。
体を見ると、自分自身の体だ、一日ぶりの自分の体に感動しながら自分自身を抱きしめる。
「どうされたのですか、お嬢様」
不信そうな目でこちらを見てくる。
それは当然かもしれない、起き掛けに自分自身に抱き着いて目をウルウルさせて感極まってる女。
さらに言えば、昨日一日この体にはエカルラトゥが居たのだろうし。
ころころと変わる、私の態度にどんどんと不信感が沸いているのかもしれない。
二度ある事は三度あるとも言う、いい加減にこの件について対処しなければまずいかもしれない。
「ふぅ……ナタリーに大事な話があるわ」
ナタリーに最近起きた事をすべて話す。
最初は驚いていたが、色々と納得するところがあったみたいで、信じてくれた。
正直速攻で信じてくれたのは直に嬉しいが、あまり動じないのも何か釈然としない。
「では、昨日まではエカルラトゥ様が、お嬢様の体で動いていたと言う事ですか……」
そう言いながら、ナタリーは青い宝石のネックレスを見つめている。
知らないネックレスだなと思い聞いてみる。
「どうしたのそのネックレス」
「エカルラトゥ様から頂いたのですが……どういたしましょう」
「う~ん、貰っちゃいなさい、私もナタリーには感謝してるもの、私も何かあげたい気分だし」
「それは貰いすぎです、これで十分です」
ナタリーはネックレスに手を添えて言う。
「サファイアね、エカルラトゥもなかなかいい趣味してるわね、青い瞳のナタリーにぴったりだわ」
そう言われたナタリーは嬉しそうにはにかむ。
「それで昨日襲われたのよね? ならもうここには、これ以上いても仕方が無いわね」
奇襲してくるタイミングは、まだ決まっていなかったはずだ。
色々と慎重に行動しなければならないのに、リャヌラの街に潜伏していた密偵が捕まったのだ。
攻める場所を変更する可能性がある。
宿を後にして、急ぎ馬車で王都にあるヴァーミリオン邸へと戻る。
屋敷に着き、家の中に入ると父が血相を変えて私に抱き着いてくる。
「無事だったか、良かった」
「父様、苦しいです」
「ああ、すまない、だが魔法を封じられて襲われたと聞いた時は心臓が飛び出るかと思ったぞ」
魔法を封じる鉱石、とは言っているが、体内に練っている魔力を放出させ魔法を使わせない鉱石だ。
作るのにかなりの手間がかかるし、鉱石自体もあまり流通していない。
たまたま手に入った珍しい鉱石を、あれこれ弄っていたら体内の魔力を放出するので、魔法を使う人を封じれる鉱石として王に献上した、その後はしらない。
まあ指輪程度のでかさだと、そこまで長い間封じれるわけでも無いし、その人の魔力量にもよる。
だが、もし私自身だった時に襲ってきた奴らに出会っていたら、死んでいたかもしれない。
それだけはエカルラトゥに感謝しないといけないだろう。
「すでに父様が情報を持っている、と言う事は賊は何か吐いたのですか?」
「そうだな、コリデ砦を狙っていたという話は出たが……あくまでも一つの情報としてしか判断はされないだろう」
事実としてアロガンシア王国が攻めようとしていると公表しても、それは開戦の理由になるだけだ、私たちの王国的には無しの展開だ。
「だが、あまり大々的には動かないが、攻められそうな場所には目を光らせる為に偵察部隊が布陣する事が決まりそうだ」
攻めてきたのを見つけ、いち早く伝達しどう対処するのか……後手にしか回らないだろうが、こちらから攻めるわけにはいかない。
「こちらの動きは、和解策でまとまっているのですよね?」
「今の所はね、攻められる前に攻めろと言っている人もいるが、数は少ない」
まずは安心できそうだ。肩の荷が下りたのか身体から力が抜ける。
「スカーレットの女の感がみごとに当たるわ、自ら敵を成敗しちゃうんだから、自慢の娘で鼻が高いよ、それに、宮廷にコリデ砦の話をそれとなくしていたから驚いていたよ」
父がこちらの頭を撫でながら褒めてくれる。
さすがに良い歳した娘にそれは無い、とも思うがまあ今日くらいはいいだろう。
父と別れ、自分の部屋へと戻る。
すごく懐かしく感じる、不思議な感覚だ。
毎日ここで魔法を弄って生きてきたが、外の世界も悪くはないなと思わず笑みが出る。
「何か面白い事でもありましたか?」
ナタリーが紅茶を用意しながら聞いてくる。
「そうね、引きこもりも悪くなかったけど、外に出て見聞広げるのも悪くはないなって思ったのよ」
「そうですね、偶には旅行も良いものですよ」
微笑みながら言うナタリーの胸には、エカルラトゥに貰ったサファイアのネックレスが輝いていた。
「そういえば、エカルラトゥが使っていた、魔力を練らなくても使えた闘気の様な魔法について教えてほしいのだけど」
ナタリーに席に着くように勧める。
「わかりました」
素直に席に座ると、エカルラトゥから聞いた事と、見た事を教えてくれる。
「聞く限りでは闘気のように思うけど、魔法の性質に近いのも確かね」
「そうですね、エカルラトゥ様の言動を見ると、体に纏っている炎は他人を無意識に選んで傷つけていたようですし、見た目だけではないようです」
闘気を魔法に変えたのか、魔力を闘気に変えたのか良くわからないが、実在するのも確かだ。
「まずは私が闘気を使えれば何かわかりそうなのだけど、ナタリーは闘気使えるよね?」
「はい、使えますが……一朝一夕では使えませんよ?」
「甘くはない訳ね……でもその力は調べてみたい、エカルラトゥに会えれば直ぐにでも調べられるのだけどね」
深いため息を吐いてしまう。
現状じゃ会いに行くのも無理だ、まずアロガンシア王国に入れない。
しかも私は絶対入れないだろう、なんなの紅蓮の魔女って、アホじゃないのだろうか。
「アロガンシア王国にも私の名が広がってるのが解せないわ」
「ふふっ、エカルラトゥ様は紅蓮の魔女って言ってましたね」
ナタリーが思い出し笑いをする。ここまで軽快に笑うのは久しぶりだ。
小さな頃は良く笑ってくれたけど、歳を取っていくと気安く接してくれなくなった。
少しだけ寂しく感じたが、他の侍女達の手前もある。
「それよそれ、ちょっと恥ずかしいのだけど」
「まあ、でもあまりにも不埒だと言って、人を燃やしまくるからですよ」
「怪我したり殺してはいないのだから悪戯レベルじゃない?」
「リャヌラの街の領主様は、あきらかに毛根ごと燃やされてますよね? 怪我はしてませんが、毛はなくなってさすがにかわいそうでしたよ」
ちょ、やめようかナタリーと思いながらリャヌラの街の領主を思い出す。
あいつ尻をさらっと触ったんだよね。当然燃やしたけど、毛を。
「二人はあの ハ ゲ に会ったのよね、見たかったわ」
ハ、と、ゲ、にアクセントをつけて言う。
「ぶふっ……はっきり言いすぎです、お嬢様」
ナタリーがリャヌラの領主のハゲ頭を思い浮かべたのか、おもいっきり吹き出す。
二人で笑いながら、エカルラトゥも役に立つわね、なんて考えていると、エカルラトゥの扱いが悪かったことを思い出す。
「そういえば、エカルラトゥが毒殺されかかってたのよね、しかも竜種の劇毒っていう珍しい毒」
「ええ! 大丈夫なのですか?」
想像以上にナタリーが驚く。
まあ、ある意味私であり、私では無いのだ、ナタリーもそこらへんを気にしていた、もやもやしたと。
「解毒は出来たのだけど、兵糧攻めされるとどうなるか……でもねジェレミーってエカルラトゥの親友が気の利く男でね……」
ジェレミーの事を色々と説明する。
エカルラトゥの記憶のせいか、かなり良い評価のジェレミーを語っていると、ナタリーの頬が膨れていく。
「どうしたのナタリー?」
「いえ、お嬢様のピンチを颯爽と救う、ヒーローの様なジェレミー様に嫉妬を感じます」
そこに嫉妬するのか、でもジェレミーも悪くないけど、ナタリーの方が数倍好きなのに……。
「ナタリーがいなかった日は、凄い会いたかったわよ、久しぶりに見たナタリーは眩しく見えたもの」
「そ、そうですか、そういえば急にお嬢様がお礼を口にしたりしてましたね」
機嫌が直ったようで、ナタリーはニヨニヨと口元が緩んでいる。
それを見て私も笑う、こんな日が訪れるならエカルラトゥと精神が入れ替わったのも悪くは無いな、と思う。