第七話㋓ 軟禁生活
目が覚めると軟禁部屋の天井が見える。
どうやら元の体に戻ったようだ。
体が入れ替わる事に若干慣れている自分が怖い。
ベッドから起き上がると、体の節々の痛みや頭痛が無くなっているのに気づく。
鏡の前へ移動して、自分の顔を見てみると、目の下の隈は消え、顔色も良くなっている。
まあナタリー成分を堪能したから精神力は充填されたと思う。
ネックレスを渡したときのナタリーの笑顔は、目に、記憶に焼き付いている。
久しぶりに体を動かし、筋を伸ばしていく、今日は良い日だ。
よく体が動く、スカーレット嬢が何かしたんだろうかと思い出そうとするが、何もわからない。
しばらく軽く運動していると、入れ替わる前には無かった鞄が目に入る。
よく見ると、ジェレミーが持っていた鞄に似ている気がする。
もしかしてスカーレット嬢から何か書置きでもないかと、机や部屋を探してみるが何も無い。
首を捻りながら中身をみると、水筒と騎士団で良く使っている携帯食が入っている。
もしかしたら食事に何か入っていたのかもしれない。
それをジェレミーかスカーレットが見抜き、こうして食糧を持ってきてくれたのかもしれない。
何もかも推測でしかないが、ジェレミーには頭が上がらないなと思い、心の中で感謝の言葉を唱えながら携帯食を食べる。
食事用の扉には朝食が置かれているが、さすがに食べるわけにもいかず放置する。
今後どうなるかわからない、体力は残しておくべきだと思い、筋トレは最低限にする、辞めたいが暇すぎてどうしようもない。
それよりもスカーレット嬢の体だと闘気の炎を制御出来た事を考えよう。
正直制御できるなんて微塵も思っていなかったが、考えを改めるべきだ。
自分の体で制御出来れば、ジェレミーと肩を並べて動く事が出来る。
近衛騎士団は王族と王都守護のための騎士団だ。
当然俺は王族守護には付けない、感情が高ぶると近くにいる人を燃やすからだ。
それゆえ王都内警備や賊退治などの雑務を押し付けられる。
しかもだいたい一人で行かされる、人が居る場合は複数で行くのだが実務は俺だけとかしょっちゅうだった。
だが仲間に被害がなくなれば、色々な人と肩を並べて仕事が出来る。
何も無ければ、明日にはこの軟禁部屋ともおさらばだが、そうはならない可能性もある。
わざわざ毒殺しようとするのだ、向こうもそれ相応の覚悟を持って実行しているはずだ。
だからこそ闘気の炎を制御する為に試行錯誤する、無事出られれば俺の世界は好転するだろう。
出された食事、水を無視してジェレミーがくれたであろう携帯食を食べながら鍛錬をする。
芳しくないが、そんなに簡単な物じゃないだろう、スカーレットの魔法に対する行動を思い出し自分を叱咤する。
軟禁部屋七日目の昼に、外が騒がしくなる。
どうやら第三王子のトラビスのお出ましの様だ。
無遠慮に扉が開き、明らかに不機嫌な顔をさせたトラビスが部屋に入り護衛と共に部屋の中を見て回る。
こんなこともあろうかと、ジェレミーの鞄は隠してある。
しばらく色々と物色した後、こちらに向かって来る。
「貴様! どうして食事をしない!」
そこ言っちゃうんだ、ほぼ食事に毒入れたの自分だって吐いてるようなものだ。
かるくトラビスに殺意が沸きイライラする。
「食欲が無くてね」
俺が両手を広げおどけながら答える。
「なんだその態度は! 俺が延長だと言えば、貴様は出られないんだぞ!」
「はぁ……出ようと思えばいつでも出られますが」
こちらの不遜な態度に、顔を真っ赤にして全身をわなわなと震わせている。
毒も抜けた今の俺に、こいつらが危害を加えられるとは思っていない。
これぐらいのガス抜きは許されるだろうと薄っすら笑っていると、トラビスは言ってはならない事を言う。
「所詮は売女の子供か」
「なん……だと……」
頭に血が上り、体中が炎に包まれていき、周囲の温度がどんどん上がっていく。
「あ、あちっ、貴様ら止めろ!そいつを止めろ!」
トラビスが俺から離れようともがいているが、扉を閉めたのはお前らだ。
「エカルラトゥ様、気をお鎮めください! どうか、どうか!」
トラビスを護衛している騎士達が結構近づいて必死に止めてくる。
なかなか優秀なのだろう。こいつらを傷付けるのは本意では無いと心を落ち着かせる。
「ふぅ……くっそ! 飯がいらないと言うならもう出すな! あと一週間そこで過ごしてろ!」
軽く皮膚が赤くなっているトラビスが、逃げる様に出ていく。
護衛騎士達も軽く会釈をしてトラビスを追う。
部屋の中に静寂が戻ると、やらないでも良い事をやってしまった事に気付き、自分に対して怒りが沸いてくる。
「くっそ! 浮かれすぎていた、何やってるんだ俺は!」
拳を床に叩きつける。
衝撃音が周囲に響き渡る。
精神が入れ替わり、ナタリーとスカーレット嬢との出会いのお陰で、俺は生きる喜びを知った。
俺にもジェレミーという信じられる親友がいるが、やはり異性はどこか違う。
生きる活力とでも言うのか、それが沸いてきた。
そんな日が二日あっただけで、俺の人生観はガラッと変わった。
正直浮かれていた、浮かれすぎていた。
しばらく這いつくばり床を見ていた。
ものに当たってどうにかなるわけじゃない、この状況を崩すのは簡単だ。
強引に出ればいい、だがそうすると当然俺は騎士団も首になるだろう。
下手すれば国外追放、いやそれもまだ軽い、全力で葬りに来る可能性がある。
さすがの俺でも日夜命を狙われれば、絶対に隙が生まれる。
人は眠らないと死ぬ。常に緊張状態を維持する事は出来ない。
実際毒で死にかけていた、ならば人が居ない場所へ逃げたとして、それはもう生きているだけだ。
従順になるべきだった。そう見せるだけで良かった。
今更後悔しても遅い。
溜息を吐きながら、ナタリーとジェレミーの事を思い出す。
こんな所で無気力に泣き言を言いながら腐るわけにはいかない。
今できる事をやろうと、闘気の炎をだすが制御のせの字すら出来ない、近くにある物が簡単に燃える。
もうすこしヒントが欲しいとスカーレット嬢の時の記憶を思い出す。
スカーレット嬢の体なら、魔法が自然と使えた、もしかしたら闘気を制御するんじゃなく、まずは魔力を制御できるようになれば良いのでは、と考え直す。
スカーレット嬢の時の感覚を思い出しながら魔力制御の練習に取り掛かる。
それから四日の間、食事は出なかった、一人静かに魔力制御の練習をした。
だが、昨日の時点で水が無くなった、携帯食はなんとか切り詰めれば、出られる日までは持つが延ばされれば、もう抜け出すしか選択肢が無くなる。
出られる日まで三日、水が無くて生存できるぎりぎりのラインだ。
最悪の時はここを破って出る、その後はやられる前に……やる。
それで俺は死ぬだろうが、戦争だけは止められるだろう、音頭を取っているのは王族だ、全部終わらせればいい。
昼頃になると外が騒がしくなる。
まだ出るまで三日もあるが、何かあったのだろうか。
扉が開かれると、そっと扉の陰からトラビスの護衛騎士が頭だけを出しこちらを伺っている。
ああ、そういえばあれから筋トレを止め、座禅を組んで魔力制御の練習のみしていたから、音がしなくなったのを不審に思ったのだろう。
もしかしたら死んでるのか、という可能性を考え確認にきたのかもしれない。
残念だな、がっつり生きてるぞ、と立ち上がると護衛騎士がびくっとする。
顔を引っ込め、部屋の外で話声が聞こえるが何を話しているかは分からない。
トラビスが姿を見せる、扉を全開に開けたままこちらを向いている。
さすがに近づかないと駄目かと、近づくとトラビスが鼻を抑えて非難してくる。
「き、貴様臭すぎるぞ! 新しく水をだすから体を拭け三日後に同じ匂いをさせていたら延長だからな!」
それだけ言うと逃げる様に去っていく。
その言葉を聞いた俺の感想は「マジでか……」だ。
いったい何の毒なのか俺は知らない、スカーレット嬢は知っているだろうが、聞くことは叶わない。
すぐ死ぬわけでは無かったし、最終日に貰った水で体を拭き、出てから対処するかと決意する。