第四十五話㋓ ヴァロア・オルレアンという王
「そりゃな、覚悟はしていたさ……でも、このタイミングはないだろ! いったい神は俺にどうしろと言うのだ!」
「お嬢様様、あまり大きな声で叫ばないでください」
朝起きると同時に、床に跪き上を向きながら叫ぶ。
そんな俺の奇行にナタリーが冷静に苦言を言ってくる。
だがそう言われても納得できないものは納得できない。
片親だけだが血のつながった兄と、ダンスしたり、食事したり、会話したり……ほぼ拷問に近い。
「俺はどうしたらいいと思う?」
昨晩に色々考えたが、いざ現実になると困惑してしまい、ついついナタリーに聞いてしまう。
「ご自分でお考え下さい」
思った以上に厳しい感じで答えられた。
「すまん……ちょっと混乱していた」
「まずは落ち着いてください」
「そうだな……まずは頭の中を整理しよう」
ナタリーがいつも通りに、紅茶を準備してくれるので、それを飲みながらスカーレットの情報を整理する。
フェリクスについては、お茶を濁して帰る予定のようだ。
そもそも、他のお見合いに巻き込まれて了承しただけみたいだ。
俺は流れに身を任せながら、フェリクスとの縁談を断ればいいわけか。
「問題は俺の精神力が持つかだな。兄上とのダンスや会話に耐えられるだろうか……」
「普通に対応すればいいのではないですか?」
「兄上はかなりスカーレットの事を気に入っているらしくな、アプローチは激しいと思う」
「そういうことですか……同性の兄弟に本気で口説かれるのを想像すると、私でも心が折れそうですね」
俺が言わんとしている事を、ナタリーが気づいてくれたのか、同情するような目をこちらに向けてくる。
「でもこうなってしまったのですから、エカルラトゥ様に頑張って貰わないと、お嬢様とフェリクス様の縁談がまとまってしまいますよ?」
「そうだな……って、さすがに男の俺が兄上相手にまるめこまれないよ」
「そうですね……ふふふ」
ナタリーと他愛のない会話をしながら、お見合いパーティーに向けて準備をする。
もしもの事が起こった場合を考え、装飾に色々と仕込んでいるのが、スカーレットの記憶からうかがえる。
フェリクスが何か不審な事をしてきた場合、これを使って撃退か……。
結局、場を変えて争いはまだ続いていると言う事なんだろう。
やがて時間になり、ドレスアップして合同会館へと向かう。
会場は広いが、テーブルは少ない。
当然と言えば当然だ、今回の参加者はたった八人だけだ。
会場内を見るが、他の参加者はまだ来ていないようだ。
正直に言うと気持ちが落ち着かなくて、早く来すぎたかもしれない。
音楽は既に奏でられており、気まずい感じはしない。
テーブルに近づくと、そこには国境会館を取り仕切っているロイド・モウブレーがいる。
アロガンシア側のティム・シーモアもいる。
「スカーレット様、こちらのお席でお待ちください」
ロイドから声を掛けられ、勧められた席に座る。
ナタリーも付いて来ているが、離れた場所に待機させられた、少し不安になる。
二番目に会場に入ってきたのはアリアだった。
早めに来た理由はきっとトリスタンの厳しい指導の賜物だと思う。
アリアがこちらを見て一瞬驚くが、ニヤニヤしながらこちらを見ている。
どうやら俺達に何が起きたのかを、一目で悟ったような顔だ。
これだからアリアは怖い。
その後、他の参加者が会場へと入って席へと着いていく。
もちろん自分の体であるスカーレットも何とも言えない顔で入場してきた。気持ちは凄く分かる。
最後に入場したのはフェリクスだった、きっと他の参加者が入場したかを確認したのだろう。
かなりアロガンシア王家の思考だ。
フェリクスはあまり王家の考えに沿った行動をしない人物だったはずだが、人は変わるものだ、フェリクスも変わったのかもしれない。
全員が会場に集まると、アロガンシアのティムが皆に向けて宣言する。
「ではお見合いパーティーを開催します。今回は既に交流されているとの事ですから、ご自由になさってください」
宣言と同時に音楽が奏でられる。
少し中央から外れた場所に楽団が生演奏をしている。
やがてフェリクスがこちらに近づいてくる。
「お元気そうで何よりだ、まずは一曲踊っていただけますかな?」
そう言いながら片膝をつきこちらに手を差し伸べてくる。
「あっ……はい……」
さすがに断れないので、素直に手を取る。
色々と複雑だが、そんな己の心を押し込めてフェリクスについていく。
曲がこちらに合わせて変調する。
それをきっかけにフェリクスとダンスを開始する。
周りを見ると、こちらが踊っているのをきっかけにダンスを誘っているのが見受けられる。
「やっと一つ願いが叶ったよ」
そういいながらフェリクスが微笑む。
どう答えて良いのか分からないので、苦笑いを浮かべながら流す。
「あちらで会話でもしようか」
そういいながらフェリクスは離れた場所にある机に向かい歩いていく。
フェリクスの後ろについて行くと、何か違和感を感じる。
何かあるのかと周囲を見ていると、フェリクスがこちらの行動に気付き、違和感の答えを言う。
「やっぱり気づいたのか、さすが紅蓮の魔女だな。ただの遮音魔法陣だよ。あまり会話を聞かれるのは好きじゃないからね」
「そうですか……」
魔力吸収魔法陣かと思ったが、違うとスカーレットの感覚が言っている。
なら遮音魔法なのかと思うが、それも違うと感覚的に分かる。
仕掛けてくるのが早すぎないだろうか……。
「信じてもらえないようだな。だが私が何かをしようとしても、きっと貴女にはかなわないだろう? どうか私の話を聞いてほしい」
こちらが困惑しているのに気づき追撃してくる。
確かにここには、フェリクスと私しか居ない。
遠くに護衛役にトリスタンやジェレミーが配置されているが、かなり遠い。
それにこの会場でやり合うには、両国とも護衛が張り付きすぎだ。
「わかりました……」
「分かってくれて良かった、せっかく色々と話が出来ると楽しみにしていたからな」
そう言いながら席に座る。
こちらもしぶしぶ席に座る。目の前にはフェリクスが笑顔でこちらを見ている。
侍女が近づいてきて、紅茶を淹れて離れていく。
香りからすると、ヴァーミリオン家の紅茶だった。
「それでだね。私は貴女をこちらの国に招きたいと考えている。嫁ぐ嫁がないは後々でも構わない。愛情を育むのは後回しでも良いとも思っている」
「来いと言われても……」
スカーレットがアロガンシア王国に行く利点は今の所何も無い気がする。むしろ欠点しか無い。
「当然利点を提示する用意がある。これを見た事は無いかね?」
フェリクスはそう言いながら右手の人差し指にはめている指輪を見せてくる。
それは母がアロガンシア王に嫁ぐ前から持っていたと言っていた指輪だった。
だがスカーレットの記憶はその指輪を、ニクス教の聖遺物だと伝えてくる。
「それは……」
「これを見た時はレプリカだとも思っていたのだが、どうも惹きつけられるものを感じて調べてみたのだが、どうも本物のようでね」
「……聖女フィーの聖遺物」
だが母の指輪でもある。
「そうだよ。伝えられている力は失っているようだが、この指輪をはめればこれが本物だと確信できるだけの神気はあるみたいだ。どうやら二つ存在していたんだ」
旧教典を読んだスカーレットの知識は知っている。
聖女フィーが双子だったと言う事を……。
ニクス教に伝えられていた聖遺物は一つだけだったが、本来は二つ存在する可能性があると……。
どうやら本当に存在していたのかもしれないが、フェリクスが言っているだけで、この指輪が本物なのか見ただけでは分からない。
「ふっ……本物なのか信じられないと思っているだろう? だがこれをはめて見れば、これが本物だと分かるはずだ」
そう言いながら、フェリクスは左手で右手の人差し指の指輪を外す。
よく見ると左手にも指輪が二つはめている。
「指輪は私がつけてあげよう、男性としての礼儀だ。それに私が付けていたのだ、これが罠でもなんでもないという証明の為に指輪をはめていたのだ」
そう言いながら手を差し伸べてくる。
どうやらこちらの指に指輪をはめようとしているみたいだ。
俺は手を出さずにフェリクスに聞く。
「……その指輪はどこで手に入れたのですか?」
「ああ……みすぼらしい平民が持っていてね。いや、無理に奪った訳では無い。ちゃんと恩に報いるほどの立場を与えたつもりだ」
こちらの顔色を見ながらそんな事を言う。
そうか、この指輪はそうい事なのか……。
「……母を……母に苦痛を与えておいて、恩に報いただと! 立場を与えただと! ふざけるな!」
俺は立ち上がり叫ぶ。
遠くにいるトリスタンが、足早にこちらに近づいてくるのが目の端に見える、がそんな事はどうでもいい。
「落ち着き給え。一体何を言っているんだ?」
「その指輪は精神を入れ替える指輪でしょう? ヴァロア・オルレアン!」
フェリクス……の姿をしているが中身はヴァロア王だ。
俺の言葉に驚いた顔していたが、直ぐに指輪を指にはめ直し、こちらを見つめてくる。
「まさか……貴様はエカルラトゥか?」
「……ああ、そうだよ」
「また先を越されていたのか……いや、誰かに食われている可能性はあった。だが最終的には俺のものになればそれでいい……それに……」
ヴァロアは俯きながらぶつぶつと独り言を言っている。
「何を訳の分からない事を!」
「まあまて、こうなっては仕方が無い……お前の母親カーミラはな、いわば代替品だったんだ。それがこんな良い物を持っていたのを知った時は、笑いが止まらなかったぞ」
こちらを煽る様に、ふざけた事をふざけた顔で言い出す。
「ふざけるな! 燃えろ!」
頭に血が上り、スカーレットの体に命令されるかのようにフェリクスの体を炎で包み込む。
だが燃え盛る炎を全く気にせず、席に座ったまま薄ら笑いを浮かべこちらを見据えている。
「お嬢様!」
ナタリーが、俺に飛び掛かろうとしていたトリスタンを止めてくれる。
「くそ! 侍女風情が邪魔をするな!」
そんな事を言うトリスタンを日ごろの恨みが籠ったのか、流れる様に着火する。
急に燃やされびっくりしたのか、ナタリーから離れようとする。
「トリスタン!」
ヴァロア王が離れようとするトリスタンの肩に手を付けると、燃やされていたトリスタンの顔に余裕が戻ってくる。
「ふふふ、火は効かないんだよ紅蓮の魔女」
「くそっ!」
火が効かないなら、腕っぷしで叩き潰してみせる。
「ナタリー、俺はこいつだけは許せない」
「……分かりました。お供しましょう」
「巻き込んで済まない」
「最初から一蓮托生ですよ」
火が消えたトリスタンはこちらを睨むように見ているが、ヴァロアはにやにやとしている。
「良い踊りっぷりだな。もうちょっと思慮深くなるべきだな」
「何が言いたい?」
「お前が仕掛けてくれたおかげで、我々は大手を振ってモデスティアを攻められるって事だよ。後方に下がるぞトリスタン! 紅蓮の魔女を甘く見るな!」
「皆!引くぞ!」
トリスタンが号令を発すると、テーブルの周りに煙幕が発生する。
さらに残っていた護衛が、魔法で乱射しながら壁を壊してアロガンシア王国側に逃げていく。
それを追おうとした時に、肩を掴まれる。
「なんでこうなったか教えてもらいたいのだけど?」
怒りの形相の自分の顔のスカーレットが俺の肩を掴んでいた。
その腕には力が込められているのが見て取れるが、肩にその力は伝わってこない。
当然と言えば当然だろう、自分の体なのだから握りつぶしたくても、出来ないのだ。
自分の体を見た事で落ち着いてきたのか、周囲を確認すると他の参加者や護衛は既にこの会場から撤収していた。
残っているのは、スカーレット、アリア、カーマインだけみたいだ。
「まさかエカルラトゥ君がこんな事をするとは……」
「それって私なら納得できるって声が聞こえるんだけど」
「まあそうだね」
スカーレットが不満顔でカーマインを睨む。
「まあまあ、エカルラトゥ様に暴れた理由を聞きましょう」
アリアがスカーレットを宥めながら言う。
それを合図に四人が一斉に俺に目を向けてくる。
「フェリクスはオルレアン王だった」
「「「え?」」」
「それでか……」
スカーレット以外の三人は驚いていたが、スカーレットだけは納得しているみたいだ。
「多分、もう一つあると言われていた、ニクス教の聖遺物をオルレアン王が持っていた。そしてその指輪は俺の母が持っていたものだ」
「なるほど、それを使って精神の入れ替わりを行ったって事だね」
カーマインがニヤニヤしながら呟く。
ちょっとイラっとするが、カーマインに当たっても仕方が無い。
「それだけじゃ暴れた理由にならないと思うけど」
「俺の母の事を、みすぼらしい平民、代替品とも言っていた……挙句の果てには恩に報いたと……」
「怒らせて暴れさせたわけね。馬鹿ね……まんまと踊らされてるじゃない」
スカーレットにそう言われると何も言えない。
短気で動いたせいで、自分の首を絞めていると言っていい。
「ま、まあ私が同じ立場ならきっと止めを刺したと思うけど」
落ち込んだ俺を慰めようとしてくれたのか、スカーレットがそんな事を言う。
「すまなかった……」
俺が謝ると場の空気が重くなっていくが、それを吹き飛ばすかのようにアリアが発言する。
「それよりも、この後どうします?」
「アリアは無条件で戻れるだろ? 問題は俺の体に入っているスカーレットだな……なんかすまないな、初めて会話するのにこんな事になってしまって……」
「ちょっとエカルラトゥ! あんまり変な顔しないでくれる? ナタリーとカーマインの顔を見なさいよ!」
二人の顔を見ると、なにやら子供を見るようなまなざしで俺を見ている。
スカーレットが気落ちする顔なんて、そうそう見られるものじゃないのか……。
「いやいや、珍しいものを見せて貰ったよ」
「そうですね、カーマイン様」
二人は微笑みながら会話している。
もうちょっと緊張感があってもいいんじゃないだろうか。
スカーレットが溜息を吐きながら、ぶっきらぼうに言う。
「もう良いわ、私はアロガンシア側に戻ってみる。情報も欲しいし、いざとなったら逃げてくるからその後はまかせるわ」
「そうですね、私はここに残っているだけで、暴れたわけじゃありませんから、当然スカーレット様と一緒に戻ります」
「俺は普通にモデスティア側に戻るしか選択肢は無いな。問題は俺が暴れた件をどう説明するかか……」
「それだけど、アンジェリカに精神の入れ替わりの事話しちゃったから、事実を言えばいいんじゃない? まあ他の貴族に言うのはちょっと困ると思うけど」
「えぇ……なんで話したんだ?」
「……中身私なのに、アンジェリカに一生懸命に口説かれたから、罪悪感を感じちゃってね」
「そうか……それは耐えられないな……」
「頑張れば耐えられるとおもいますけど……」
俺とスカーレットが頷き合っているのを見たアリアが否定してくる。
「お二人は純なんですよ」
「あ~、なるほど」
ナタリーに耳打ちされたアリアが納得する。
小声だったが聞えてしまった。
スカーレットも聞こえていたのか、不満顔で提案する。
「もうそれはいいから、とっとと戻りましょう」
「わかった。スカーレットはくれぐれも気を付けてくれ。父は欲しいものに関しては貪欲な男だ……何をするかわらないし、それに何故か火が効かない魔法院が何か開発したんだろうか」
「それはきっと指輪の効果ね。火の鳥と言われている【ほうおう】の持ち物だったわけだし……」
「それでスカーレットに対して強気で接してきていたわけか」
「貴方はこの件をあまり気にしない事ね、どうせ何かしら起こったのだろうし」
俺が考え込んでいると、スカーレットがそう言いながら手をひらひらさせ、アロガンシア王国側にある国境会館へ歩いていく。
それに付き従うアリアは少し楽しそうに見えるのが解せない。
俺とナタリーとカーマインは二人を見送ると、モデスティア王国側にある国境会館へと向かう。
カーマインは少し難しい顔をしているが、取りあえずアンジェリカに会い、起きた事を話すしかない。
俺の起こした事件だ、出来る限りの事をやろうと思おう。




