第三十三話㋓ アリア(五日目)
鳥の囀る声が聞こえる。カーテンを開けると部屋に光が入る、今、世界は光に満ちている。
少し心が重く感じる、しかし気分は悪くない、朝日に照らされた部屋は美しい。
初めて会った時、光を浴びてこちらに向ける顔と体は、神々しく光り輝いて見えた。
たとえ真実の愛ではなくても、一瞬で取り巻く世界に彩が生まれ、優しく包み込んでくれた。
生きる事に意味が生まれ、愛する事の喜びを知り、別れる事の悲しさを思い出した。
悲しさは喜びと表裏一体だ、喜びがあったからこそ、失われた悲しみが生まれるのだ。
それはきっと悲しくても幸せな事なんだと思う、失われないものなんてないのだから……。
「あの~エカルラトゥ様、窓の外を見ながら何を黄昏ているんですか?」
アリアが俺の奇行に異を唱えてくる。
もう少し静かに朝日を見たかったが、どうやら許してくれないようだ。
「いや……なんでもないよ」
ただ、昨日の気持ちを整理していただけなんだが、言葉には出来ない。
あの後スカーレットとナタリーの三人で会いましょうと、硬く約束してくれたのだ。
その後も色々な話をした、きっと俺にいい思い出を残してくれようと付き合ってくれたのだろう。
「なんでもないのは良いですけど、表情とか行動が気持ち悪いのですが」
「失敬な!」
「言葉遣いもおかしいですけど、本当に大丈夫ですか?」
「うむ、なんともないぞ」
「はぁ……」
首を傾げながら紅茶を入れてくれる。
ヴァーミリオン家から帰る際に貰ったみたいだ、当然それはナタリーがいつも入れてくれる高級紅茶だ。
口に入れると、少しだけ苦く感じるが、きっと今の気持ちが味にまで及んでいるのかもしれない。
だがナタリーとの本当の思い出が頭に浮かび、幸せな気分にもなれる。
「あ、砂糖いれるの忘れてました」
「……」
どうやら気のせいだったみたいだ。
今日は夕方まで自由時間だ。まだ俺自身はモデスティア王国の街を歩いていないので、再見学する事にした。
それに魔法関連の知識も欲しいので、王立図書館に行こうという話になった。
今日の予定をフィルに話そうと部屋に行くと、先客がいた。
童顔のニコル・ミラボーだ、何か相談事でもあったのだろうか。
「今日は少し王立図書館で、魔法関連の知識を仕入れる予定だ」
「そうか……アリアは大丈夫なのか? 昨日ヴァーミリオン家に二人で行ったと聞いたが……」
「ああ、紅茶をお土産に貰っただけだ、ただアリアがシャロン家の娘とばれていたよ」
それ以外は何も無かったと言う事にする、本当の事など答えられない。
アリアに昨日の事を聞いたら、スカーレットの両親に精神の入れ替わりがばれたと……もうヴァーミリオン夫妻とは会いたくない。
しかも俺が酔って吐いた言葉が原因の一つだと言われた。
この親善交流が終わるまでは酒を飲まないと心に決めた。
「それよりニコルと相談事とはなにかあったのか?」
話を逸らそうとフィルとニコルの話にすり替える。
「ああ、今日と明日は商人達も含めた立食パーティーがあるだろう? それにミラボー領で作った蒸留酒を出そうという話があってね。本当に出すかやめるかを話し合っているんだ」
俺でもあまり飲めないほど強いお酒だったはずだ。
ジェレミーが全然気にせず、がぶがぶ飲んでいたが俺にそんな真似は出来ない。
たしかフィルも酒に強かったはずだ、副団長コンビはウワバミと噂されていた。
「あの強いお酒か、この国にも愛好家は出来そうだから両国の関係改善にはよさそうだな」
俺の言葉にニコルがぴくりと反応する。
「エカルラトゥさんもそう思いますか?」
「ああ」
「フィルさん、エカルラトゥさんもこう言っているので、やはり出しませんか?」
「……わかった今日のパーティーでモデスティア王国側に聞こう。了承が貰えれば明日に出そう……」
どうやら反対していたのはフィルのようだ。
あまり乗り気ではなさそうだけど、俺としては出来る限り親交を深める要素を増やしたい。
二人と別れ、部屋に戻るとアリアが出かける準備をしている。
何処からか分からないが大量の紙束を紐で括っている。
「どうしたんだ、その紙束」
「広場にある簡易店にメモ用の紙も売っているんですよ」
「そりゃ楽でいいけど、モデスティア王国は情報抜かれても気にしないって姿勢が少し怖く感じるな」
「きっと戦争になっても勝てる自信があるんじゃないですかね?」
アリアが何も気にせずそんな事を口走る。
そりゃね、俺も思ってるけど口に出す勇気は無い。
やっぱアリアは強い、心がだけど……。
準備が終わると、俺達が自由に使っても良いと言われている馬車に乗り込み、王立図書館へと向かう。
今回はアリアが欲しい情報を見つけ、俺がそれを写していく。
少しだけクローディア家でナタリーと一緒に魔導書を読み写した事を思い出す。
よそ事を考えるのは止めようと首を振っていると、アリアがジト目で見つめてくる。
どうやらアリアには俺の奇行が許せないみたいだ。
王立図書館に着き、中に入ると見た事のある顔を見つけ、若干身が震える。
入り口にあるカウンターにいるクローディアがこちらに気付き、満面の笑顔で迎えてくれる。
恐る恐る近づくと、王立図書館の利用方法の説明をされる。
説明が終わるまでは何事も無く進んだが、終わると同時にクローディアがカウンターから出るとこちらに身を寄せてくる。
「ふふ、久しぶりね~舞踏会の時はごめんね、近づくなって言われてたから」
「そうか、自国で慣れているから大丈夫だ」
「あの~この方とお知り合いなのですか?」
アリアが疑問を持つのも仕方が無い、モデスティア王国に知り合いがいるとか普通ありえないからな。
「ああ、スカーレットの親友のクローディアだ」
「はえ~この方がクローディア様なのですか」
どうやらスカーレットから聞かされているのか、クローディアを知っているようだ。
「よろしくね、でも言っちゃって良かったの? ってどうもエカルラトゥ君がこちら側ってとらえて話しちゃう」
モデスティア王国側というかスカーレット側と行った方が正しい気もする。
「今日は魔導書関連を見て回りたいんだが」
「なら私が案内するよ~」
「ありがとうございます……でも良いのですか? 受付をしているんじゃ……」
「ああ、これは趣味みたいなものだから」
ここでの仕事は趣味みたいなものだから、職場から離れても誰も咎めないらしい。
王立図書館は女の園みたいな感じになってるけど、誰も何も言わないのだろうか。
「アリア、気にしたら負けだ」
「わかりました」
クローディアに案内され、アリアがクローディアに聞きながら本を集める。
ある程度集め終わると、ぱらぱらと読み、必要な情報の場所を教えてくれるので無心で書き写していく。
しばらく続けていると、なぜかこちらの作業に加わっているクローディアが声を掛けてくる。
「お昼に私の屋敷に来ない? アリアちゃんとも親交を深めたいしお茶会がてらにさ」
何故か見ている方向はアリアだ、普通主人の俺に言わないだろうか。
完全にアリアが狙われている、魔の手から逃がそうとアリアに目配せする。
こちらの目配せに気付いたアリアは軽く頷く。
「ではご厄介になります」
「ええー!」
静かな図書館に俺の声が響く。静かに本を読んでいる人達がこちらを睨んでくるので、頭を下げる。
「エカルラトゥ様、大声出しちゃダメですよ」
「ほ、ほんとにいくのか?」
「駄目ですか?」
「いや、だめじゃないけど……」
「ほらほら、手が止まってるよ~別に取って食うわけじゃないからね、食事とお茶するだけだって」
「そうか……わかった」
まあ俺が狙われるわけじゃないし、アリアは俺が近くにいれば酷い事はされないだろう。
さすがに男の前で女性に何かする事はないはず、それに手伝ってくれているし無下に断るのも失礼か。
溜息を吐きながら、写し作業に戻る。
お昼になると、クローディアと共に屋敷に向かう。
テラスに通され軽い食事をしながら、スカーレットの話でアリアとクローディアが盛り上がる。
どうやら何か通ずるものがあるらしい。
食事が終わり、いつもの紅茶がだされ、まったりしていると、クローディアがアリアを誘う。
「ちょっとこっちの部屋で女同士で話さない?」
テラスに何故か小さな小部屋が併設されている。
正直最初にここに来てから何に使うのだろうかと考えていたが、どうやらそういう事みたいだ。
「え、あっはい」
何も警戒せずに席を立とうとするアリアを、クローディアがしめしめと隠れて笑っている。
クローディアの毒牙にかかってはまずいと声をかける。
「あっ、アリア……」
クローディアに凄い目で睨まれた。
どうやら俺にアリアを救う事は出来ない様だ、きっと気持ちいいだろうから、救うなどとはお門違いかもしれない。
アリアは何も気にせずクローディアの後に続く。
小部屋の扉が閉められると、声が少し漏れて聞こえる。
「……から聞いて……でしょ? ……趣味……」
「女性が……」
「……聞いた……スカー……好き……でしょ?」
「好き……でも中身……女性が……」
「なら……好きに……いいじゃない」
「でも……違う……」
「どちらも……男……女……狭い世界……」
「でも……」
「ほら……あげる……」
なにやらいかがわしい感じがするが、座ってても少しだけ聞こえるのだ。
会話が聞こえなくなり、ほっとしていると、聞いてはいけない声がかすかに聞こえてくる。
聞いちゃダメだと、耳を塞ぎながら声をだして聞こえない様に努める。
さすがに真正面から聞いてしまうと、アリアの顔が見られなくなる。
しばらくすると、頬をほてらせたアリアが小部屋から出てくる。
「私、女性もいけるかもしれません」
「いやそんな事俺に言われても……」
なにやら満足した顔でクローディアも出てくる。気のせいか肌がつややかだ。
侍女が紅茶を入れ直し、三人でお茶を楽しむ。
しかしクローディアの侍女達は平然とこの件を見守っていたけど、いつもの事なのだろうか。
そう考えると、ここはまさに女性にとっての魔窟だ。
「あまり人に言えない事は控えてもらいたいのだが……」
「本人が良いって言ったんだからいいでしょ?」
「俺の時は了承してなかったんですけど……」
「スカーレットちゃんは嫌々言いながらも、結局はおっけーしてくれるからいいじゃない。だから貴方が入っていようがいまいが関係ないのよ~」
駄目だ勝てない、もう帰ろう。ここに用は無い。
呆けているアリアの手を引き、この魔窟から出来る限り早くでる。
「また来てね~」
そんなクローディアの言葉に苦笑いしながら、馬車に乗り込み屋敷を後にした。
まだ帰るのには早いので、街を馬車で見て回る。
スカーレットの記憶で、なじみ深い場所は記憶の片隅にある。
やはり、この体験していない記憶は、人を蝕むと思う。
知らない場所なのにに、感慨深い場所があったり、スカーレットの知り合いを見ると少し心がざわざわする。
今まではそこまで意識しなかったが、ナタリーとの件で自覚してしまった。気持ちのいいものでは無い。
そんな事を思いながら馬車から街を見る。
街見学が終わり部屋に戻る。
アリアを見ると、何気に鼻歌を口ずさみながら王立図書館で写した紙を纏め直している。
あのお茶会は怖い出来事だったが、アリアから見ると楽しいお茶会だったようだ。
良かったんだろうか……。
やがて商人込みの立食パーティーが始まる。
アリアと共に服装などを決めて会場へと向かう。
今回はそこまで堅苦しくなく、自由に参加して話し合う形式のようで、会場に入るとすでににぎわっていた。
貴族と商人との挨拶や紹介、商談から品物の注文など色々話し合っている声が聞こえる。
きっとアロガンシア王国との交渉もしたいが、それだけでは堅苦しくなるので、自国の取引もまとめたのかもしれない。
フィルとニコルがすでにダドリー外務卿を捕まえて交渉している。
きっと蒸留酒の事だろう。と思った瞬間、ヴァーミリオン夫妻の顔が思い浮かぶ。
「アリア、ヴァーミリオン夫妻が近づく前に教えてくれ、もし居たらの話だが」
「わかりました」
あまりキョロキョロとするわけにもいかず、アリアに振る。
もし出会ってしまったら、何をされるか分からない、せめて心を落ち着かせてから会うべきだ。
取りあえず警戒網は出来たと安心しながらため息をしていると、もう一人警戒しなきゃいけなかった人物の声が聞こえてくる。
「やあアリアさんとエカルラトゥ君、良い夜だね」
「……こんばんは、カーマイン様」
カーマインの事を忘れていた。ここで絶叫しながら走り出したい気分だが、そんな事は出来ない。
「私の姪は元気なのかな?」
「はぁ……まあ元気一杯ですね」
「きっとそうだと思ったよ」
やはり知ってるのか、ほんとこの人怖いんだけどどうしたらいいんだろう。
どうしたものかと、思案しているとアリアがカーマインに質問しだす。
「カーマイン様、古代文字なんですけど、あれは発音できるものなのですか?」
「発音できるはずなんだけど、人の声帯では無理では無いかと言われているね」
「では人以外の何者かの言語だった可能性があるわけですね」
「そうだね、他の大陸に人以外の種がいると発掘された石碑に書いてあるけど、まだ私達の技術力では、大陸を覆っている嵐を超えられないんだよ」
「はえ~そこまで調べているのですね」
「ふふふ、弟子になればもっと知らない事を教えてあげられるよ?」
「うっ、辞めてください、少し考えちゃうじゃないですか」
「あはは」
「うふふ」
やばい、めっちゃ気が合ってるこの二人、若干だけど似た者同士な気もする。
しかもこの場で魔法関連の話しだしちゃうし、どうするべきか……。
こちらの思いとは裏腹に二人の魔法談義が始まり、アリアは知りたいことを聞きまくっている。
カーマインも何故か気にせず答えてくれている。打算で懐柔しようとしたけど打算抜きで気に入ったのかもしれない。
横でアリアとカーマインの話を聞いていると、フィルとニコルが近づいてくる。
「……明日蒸留酒の試飲会を開催する事が決まった」
「明日が楽しみです!」
フィルの暗い顔とは対照的にニコルは笑顔だ。
まとめ役だといろいろと苦労があるのだろう。
「そうか、良かったな」
「はい!」
俺に気兼ねなく接してくれるニコルは正直ありがたい。
遠巻きに見られる事が多かった俺には眩しい存在だ。
まだ子爵の息子だが、いずれ跡を継ぎ領主として働くのだろう。
今の俺はただの一代限りの騎士の称号のみだ、王位継承権も持っていない。
だか団長も同じような者だ、実家の跡を継がず騎士職のまま団長まで上り詰めた。
俺もその生き方に準じよう。戦う事しか能が無いのだから、そこで幸せを掴めばいいのだ。
よそ事を考えていると、フィルとニコルが去っていく。
それよりも放置していたアリアとカーマインはどうなっているのだろうと目を向けると未だに会話していた。
フィルがアリアについて何も言わずに去った事が妙に感じるが、アリアの事を諦めたのだろうか。
そんな事を考えていると、カーマインから声がかかる。
「なにか秘密の相談事かい?」
「いえ、明日蒸留酒の試飲会がまとまったと、話していました」
「蒸留酒?」
「かなり強めのお酒です」
「私は嫌いです」
「そうかね、あまり酒に強くないが、少しだけ興味があるよ」
「明日のパーティーに参加されれば少しですが飲めますよ」
「なら明日も来ないといけないね」
「では、明日もカーマイン様にお聞きしてもよろしいですか?」
アリアが目をキラキラさせながらカーマインを見る。
若干引いてる気がする、やっぱ強いなアリアは。
「まあ少しくらいならいいよ」
「やったー、今日はパーティーが終わったら聞きたい事をまとめます」
そう言いながらカーマインの腕を掴む。胸があたっているのか、少し照れているカーマインがいた。
少しくらいと言ってたけど、この分じゃかなり聞きそうだ……これは結局アリアの独り勝ちだな。
アリアがモデスティア王国に居つくって言わなきゃいいけど……。
「そうだ、エカルラトゥ君はニクス教ではないのかい?」
「そうですが、何故でしょうか?」
「いやね、アロガンシアの王がニクス教徒だから、息子の君もニクス教なのかなと思ってね」
そういえば、王と第一王子が熱心なニクス教徒だったと思う。宮廷礼拝堂を作るくらいには力を入れていたはずだ。
王の派閥に元聖女をもらい受けて、フィルの母親になっているのだから、繋がりもあるのだろう。
「違いますね、私の母は平民でしたから……」
「そうか、なら一度ニクス教の旧教典を読むことを進めるよ。今は数百年前に改定した真教典を使っているから、間違えないようにね」
「それが私に何か関係があるのでしょうか?」
「精神の入れ替わりについて、少し記述があるんだよ、それと君の特殊な体質も関係しているかもしれないよ」
「ほんとうですか!?」
「嘘じゃないよ、ただ旧教典を持っている人を見つけるのが辛そうだけど」
カーマインは平然と言う。
やっとこの現象がなんなのかわかる可能性が見えたのだ、若干興奮している自分がいる。
抑制できる、入れ替わりを無くせる、あるいは制御できるのか、どうなのか分からないがヒントは貰えたのだ。
そこから紐解いていけば、何かしら答えがでる、はず。
「カーマイン様はどこで読まれたのですか?」
「ザインだよ、私も姉もというかスチュアート家はニクス教徒だからね、成人するとザインへ巡礼にいくんだよ、その時に読ませてもらったかな」
「ありがとうございます」
「お礼を言うのは早いかな、ザインにある旧教典はニクス教徒じゃないと読めないと思うよ」
「ええ……」
「頑張ってザインに借りを作るか、それとも私に借りを作るかして読ませて貰うのもありかもね」
カーマインがアリアを見ながら俺に言う。
暗にアリアをモデスティア王国に引き渡したら、紹介してあげると言っているのだろうか。
さすがに了承できないし、そんな権限も無い。
それともアリアを説得しろって事だろうか。
「それは出来ないので、自分で頑張りたいと思います」
「そうかい、残念だね」
カーマインは俺を見ながら笑うと、どこかへと消えていく。
「エカルラトゥ様」
アリアが袖を引っ張るので向き直ると、目線で知らせてくるので、そちらを見るとエルドレッド・ヴァーミリオンがいた。
運悪く目が合ってしまった、こちらに歩みを進めてくる、もう逃げられない。
「ははは、エカルラトゥ君、だね?」
「は、はい」
その言葉はスカーレットじゃなくエカルラトゥだよね、と心の声が聞こえた気がした。
「そうかそうか、くれぐれも私の娘にいたずらするんじゃないぞ?」
俺の肩に手をのせて顔を近づけながら小声で言って来る。
顔は笑っているが、目が笑っていない、圧が凄い。
しかも肩に置いた手にめちゃくちゃ力が込められている。地味に痛い。
「大丈夫です、そんな事微塵もおもってません!」
いや最初はね、夢と思ってたからね、そりゃ男だからね、ちょっと揉んでみたいなっておもったけどね。
今はそんな事全然思ってないし、むしろやる勇気が湧いてこない、きっと後が怖いし……。
「ん~ならいいのだが、くれぐれも……くれぐれも頼むぞ?」
「はい……」
精神がごりごり減るのを感じる、もう帰ってゆっくりしよう。
ヴァーミリオン家の紅茶でも飲めばきっと気分は良くなる。
なんとかエルドレッドの言葉を躱しながらやりすごし、アリアと共に部屋に帰る。
なんだかんだで今日も忙しい日だった。
アリアは部屋に戻ると、カーマインに聞いた情報を紙に纏めだした。
さすがにまかせっきりじゃ悪いと思い、アリアが書きなぐった情報を、整理して清書しなおす。
二人で情報を整理していると、ノックの音が部屋に響く。
普通なら侍女のアリアが対応するのだが、比較的手が空いている俺が出る事にした。
扉を開けるとフレイヤが一人で立っていた。
「夜分にすみません、ご相談があるので部屋に入れて貰えませんか?」
「いいのか? 男の部屋に一人で入るなんて……」
「はい、ですが早く入れてもらえると助かります」
このまま喋るのも危険かと思い、フレイヤを招き入れる。
アリアは何事かと作業を止めこちらを見ている。
「まずは人払いをお願いします」
アリアを見ながらフレイヤが言う。
それを聞いていたアリアは、自ら侍女に宛がわれている隣の部屋へと紙の束を持って入っていった。
良く出来た侍女だな、と思いながら二人で椅子に座り、向かい合う。
「単刀直入に言いますが、私はエカルラトゥ様とスカーレット様が精神を入れ替わる事を知っています」
「え? ええええ!」
もうほんと今日も急展開すぎないだろうか、ほんと疲れる……何故フレイヤが知っているのか目の前にいるのだし思考を放棄して聞こう。
「……いつ知ったのですか?」
「昨日です、あまり時間が無いので細かい所は端折りますね、リウトガルド団長をお救いするお手伝いをして欲しいのです」
「ちょっとまって……端折りすぎじゃないか?」
全然意味が分からない、何故団長を救うのかわからないし、そもそも団長は特殊任務だったはずだけど。
「この前シェリル学長が母と聞いていましたよね? さらに付け足すと父がリウトガルド・フランドル団長なのです」
「ってえええ! 団長がフレイヤの父だったか? っていうかちょっと整理する時間をくれないか、頭が追い付かない」
「わかりました」
取りあえず深呼吸をしよう。
軽く運動をしながら、情報を整理する。
そもそもフレイヤって二人いなかったっけ。
「まず一個聞いていいか?」
「どうぞ」
「君ら二人いるよな」
「はい、双子で私がフレイヤ、あちらが妹のフローラです。ちなみに情報の共有ができます。この事は絶対に秘密ですよ。本来なら誓約書を書いてもらいたいですが秘密を共有しあっているので良しとしています」
「……」
情報が増えた。まず一個処理しようとしたのに、また良くわからない情報が増えた。
取りあえず深呼吸しよう。
聖女は二人いて、なぜか情報が共有できると……。
それで両親がこの国にいる魔法学院学長のシェリルが母親で、俺の国の近衛騎士団リウトガルド団長が父親と……。
さらに誓約書を書くほどの秘密か、あまりここら辺は突っ込んで聞きたくないな。
はぁ……整理出来た気がする。
しかし情報の共有の意味がいまいちわからない。
「また一つ聞くが、情報の共有ってどういう事なんだ?」
「そのままです、私達双子は離れていても記憶が共有できます」
なるほど、精神が入れ替わらないけど、概ね俺達と同じような事が起きている気がする。
しかし聖女達も難儀だな、記憶が共有できるって事は、二人は個としてちゃんと認識できているのだろうか。
このへんもあまり突っ込んで聞けないな。
次の質問へ行こう。
「どうして団長を救うのか聞いていいか?」
「それは父の命を盾に六日目にある事を静観しろと脅されているからです」
「……ちょっとまってくれ、その情報を飲み込むから」
三回目になる深呼吸をしながら、どうしてこうなったんだろうと、考えてしまう。
聞けば聞くほど内臓に抉りこむような答えが返ってくる。
しかしなぜ団長を人質に聖女を脅すんだ、って父親だからか……鬼畜すぎないだろうか?
自国の騎士団団長を人質に、他国のトップを脅す。ありえるのだろうか……。
なぜ俺に助けを求めてくるかも分からないが、もう俺に分からない事は素直に聞こう。
「それでだ、どうやって俺は団長を助ければいい?」
「アロガンシア王国内で、信用のできるニクス教徒にリウトガルド様を探してもらっていたのですが、王城から出ずに姿をくらました事がわかりました。
絶対ではありませんが、城の中の何処かに閉じ込められていると思います。無理やり押し込める場所に心当たりはありませんか?」
「そう直ぐには思いつかないな、軟禁部屋にはいなかったのか?」
「はい、そもそもこの親善交流が始まってからリウトガルド様がいないのです……簡単な場所はすでに探してあると思います」
そうなると王族しかしらない場所に閉じ込められている可能性が高いわけか、それで俺に一縷の望みをかけて聞いていると……。
「もしかしたら……王城を囲んでいる城壁の四隅には塔があるのだが、奥にある二つが魔法を封じる魔法陣が設置されている塔がある。本来は殺せないが表に出せない王族を監禁する場所なんだが」
「聞く限りでは可能性が高そうですね」
自分で確認してみたいが、俺はモデスティア王国にいるわけだし……と考えていると、目の前が真っ暗になり意識が遠のく。




