第二十九話㋓ モデスティア王国の魔法(三日目)
朝起きると直ぐに自分の手を見る。
自分自身の手が見え、戻ってきたことを確信する。
起きようとベッドに手を付くと、何やら柔らかい感触がっ手のひらにある。
なんだと思いながら見てみると、そこにはアリアが寝ていて自分の掌はアリアの〇っぱいを揉みしだいていた。
「んっ……」
「……へあ!」
変な声が出ながらベッドから飛びのき、眠っているアリアを見つめる。
何故一緒のベッドで寝ていたんだ、もしかしてスカーレットが、いやそんな事する女性ではない。
では何故アリアが一緒のベッドで寝ているのだ、入り込んだのかと一人で無駄な事を考えているとアリアが目を覚ます。
「あれ……もう朝ですか……昨日は夜遅くまで付き合ってくれてありがとうございます」
アリアが頬を染めながらそんな事を言う、つきあうってどっちの意味なんだろう、気になるけど聞く勇気が無い。
いやなにかしらを付き合ってたら、夜遅くなったとかだよきっと、そうだよねスカーレット。
「俺はスカーレットじゃないぞ」
「そうですか……」
一気に意気消沈した、どんだけスカーレット好きなの。
どういう事なんだ、聞いた方が良いのだろうが聞くのが怖い、でも聞くしかない。
「昨日は、かっ……かわったことがあったのかな? 入れ替わっている時は、記憶がないから……」
「そうですね、騎士団の副団長と模擬戦して勝ちました、かっこよかったです。あとは舞踏会でアンジェリカ王女と踊られました、あとは……きゃっ」
そのあとは……の先が知りたいが突っ込んでいいのか悪いのか判断できない。
アリアが頬を紅潮させながら顔をぶんぶん振っている。
スカーレットを信じよう。そうしようこの件は忘れよう。
服を着替え朝食を取り、フィルの所へと向かう。
今日は魔法士団と魔法学院の見学だ。踏ん張り所だ気合を入れよう。
「アリア、今日が俺達のメインの仕事と言える、頑張っていこう」
「わかりました」
アリアも気合を入れながら答える。
魔法に関して色々と聞けるのだ、全部とは言わないが吸収したい。
フィル達と指定の場所で待っていると、聖女フレイヤと魔法士団のカーマイン・スチュアートが来る。
やはりフレイヤはここにいるよな。観察してみるが違いがわらないほど似ていると思う。
別人としたら双子としか思いつかない、あまりにも似ている。アリアを見てみるが何も言わない。
スカーレットも気づいたはずだろうが、アリアに話していないみたいだ。
もしかしたらまたアロガンシア王国の策略の一つかも、と判断しているのかもしれない。
「まずは魔法士団への見学です、ご案内しましょう」
カーマインに連れられて歩いているとアリアが耳打ちしてくる。
「カーマイン様はスカーレット様の叔父にあたるそうですよ」
「マジか……」
そういえばスカーレットの魔法の師匠が、カーマインって名前だったな……。
ある意味紅蓮の魔女の元凶と言ってもいいかもしれない。
いや違うな、彼がいなくてもきっとスカーレットはその才能を後々開花させただろう。
ただいなければ、安穏な子供時代を過ごせたかもしれない。
カーマインに連れられてきた場所は騎士の訓練場だった。
フィル達が、昨日もきた場所に何故と話し合っているのが聞こえる。
「セーフティセクションは気になりませんか?」
聞こえていたのかカーマインが俺達に振り返り聞いてくる。
「それは気になりますが……まさ見せて貰えるのですか?」
フィルの声が興奮しているのか段々と声がでかくなる。
「ええ、魔法士団は魔法を洗練しているだけの集団ですから、訓練を見学しても魔法ぶっ放しているだけですので、見ても楽しくないでしょう?」
まあ確かにそうだけども、それにしてもセーフティセクションってなんだろう。
スカーレットの魔法知識は多すぎて覚えきれないんだよね。
「アリア、セーフなんたらはどんな魔法なの?」
小声でアリアに聞いてみる。
「そういえば知らないのでしたね、魔法名はセーフティセクションです。えっとですね魔力で覆った場所ではダメージを魔力が肩代わりする、とおっしゃってました」
「なるほど」
スカーレットの悪行の一つで訓練場爆破があったが、それがこの魔法の話だったような気がする。
その魔法の大本を見せてくれるという訳か、ふとっぱらだ。
カーマインに連れられて闘技場の端へと向かうと、柱になにやら紋様が書いてあり下部には宝石が嵌められ透明な蓋がされている。
「これが四方に設置されています。地面に魔力が通る道を作り四方の柱と連動してその囲いの中がセーフティセクションの効果があるエリアです」
訓練場を見ると四隅に、高さ四メートルくらいある柱が四本設置されている。
柱の下部には赤い宝石が埋め込まれているのが見える。
「今は効果を発揮していますので、赤く明滅していますね」
う~ん、俺が見てもさっぱりだがアリアが食い入るように見ている。
「こちらの紋様は魔法陣ではないのですか?」
アリアがカーマインに質問する、侍女服なのに聞いて大丈夫なのだろうかと思ったが、カーマインが気にせず答える。
もしかしたらアリアが侍女じゃないってばれてるんじゃないだろうか。
「そうだね、系統は同じだけど魔法陣では無いかな、古代文字なんだよ、文字に魔法陣のような力がある」
「はえ~凄いです」
アリアがカーマインの言葉に感心しながら、柱の文様を指でなぞっていく。
「簡単には習得できないが、君が私の弟子になるのなら数年で作れる技量を持てるかもしれないけどどうだい?」
カーマインがアリアを弟子に誘う。
フィル達が凄い形相でカーマインを睨んでいるがどこ吹く風だ。
アリアが、え~どうしよう~みたいな感じでもじもじしている。
きみアロガンシア王国の騎士だよね? まよっちゃだめだろ。
正気に戻そうとアリアの名を呼ぶ。
「アリア」
「あっ、申し訳ありません、私にはご主人さまがおりますので」
アリアの意識が戻ったのかカーマインに深々と頭を下げる。
「残念……ではビジャランテセクションの方に行きましょうか、初日に説明した警戒魔法の方ですよ」
「そちらも良いのですか」
「ええ、基本は同じなので見ないでも良いかもしれませんが、どうされますか?」
「是非見学させてください」
フィル達は若干テンションが上がっているのか、声がいつもよりでかい。
確かに気になる魔法ではあったし、見せてくれるなら見たい。
王城へと戻り、案内される。これもしかしてこっちが先だったら歩く時間減ったんじゃないだろうか。
前日体験した方を先に持ってくるのは、好奇心をくすぐるから正しいと言えば正しいのかもしれないし気にしても仕方が無いか。
王城に入ると、カーマインに腕輪を渡される。
「今からビジャランテセクションの中に入るので、こちらを腕に付けてください、無理に入ると待機している魔法士団のメンバーが飛んできますから」
カーマインの左腕には腕輪を付けている。
ただのアクセサリーだと思ったが、違ったようだ。
皆訝しみながら腕に付けていく。やはり魔力を封じる指輪などがあるのだ、多少は警戒してしまうのは仕方が無い。
しばらくカーマインについて行くと、虹色に光る膜が見える。
これが魔法の効果範囲なのかと、皆で不思議がりながら手前で止まり手を入れたり引っ込めたり、腕輪を外して壁になるかを試している。
本来なら壁になるが、腕輪があれば通過可能というのは確かの様だ。
カーマインは何も言わずに見ているだけで、こちらが飽きるのを待った後に、移動を開始する。
目的の部屋に案内されて入ってみると、中央に四角の石のようなものが設置されていて、カーマインの着ている服と同じ系統の服を着た人が待機していた。
きっと魔法士団員なのだろう、部屋の中には本棚があり、仮眠できるベッドなども設置されている。
カーマインが入ると、待機していた魔法士団員が立ち上がりカーマインに軽く頭を下げる。
手で大丈夫と合図をして、待機していた魔法士団員が元の位置に戻る。
「この四角い石がビジャランテセクションの本体だよ」
先ほどとは違い完全に四角い石にしか見えない。
だた全ての角には、先ほど言っていた古代文字の紋様が細かく刻まれた赤い宝石が、埋め込まれているのが見える。
「これだけじゃ何が何だか分からないだろうから、試しに僕がこの腕輪を外すね」
そう言いながらカーマインが腕輪を外し四角い石の上に腕輪を置いて部屋の中を歩き出すと、四角い石が透明になり石の中に効果範囲内の王城の一部が模型のように見える。
この部屋を空から見ているかのように見え、壁を透過して赤い人型がカーマインと同じ動きをしているのが見える。
「どうだい面白いだろう?」
明らかにアリアに訪ねている。
「はい、これはどういうことなのですか?」
アリアが目をキラキラさせながらカーマインに質問する。
「効果範囲を魔力が読み取って映しているんだよ。大きく動く生物に反応するようになっていてね、異物だと判断するとこうして映し出すようにしているんだよ」
「はえ~凄いです~この角の宝石がこの魔法の中枢なのですね」
「そうだよ、これを作るのが本当に大変でね、比較的手先の器用な弟子を装飾職人の所で一年修業させてね。その弟子が見事に作り上げたんだよ」
カーマインの説明を聞きながら、アリアは宝石を指で触っている。
「弟子になりたくなっちゃったかな?」
「ん~駄目です!」
ちょっと考えた時間あったよね、ほんとに大丈夫なのアリア。
しかし諦めないな、今後カーマインの傍にはいかないでおこう、アリアが誘惑される。
カーマインが四角い石の上に置いていた腕輪を付けると、四角い石が元に戻る。
しかし凄い魔法だ、どうなっているのか全然想像がつかない魔法だ、説明しろと言われても、不思議な事が起こったくらいしか言えない。
「では次は魔法学院でしたね、王城の外にあるので馬車まで案内しましょう」
今回の魔法が凄すぎて、正直この順番で見て良かったと思わなくもない。
先にこの魔法を見て、訓練場の魔法をみたら、ああ、なるほどって感想になるほど、この魔法は凄かった。
フィル達もそう思っているのか、何やら魔法の話で盛り上がっている。
「わたし……モデスティア王国に生まれたかった……スカーレット様もいるし……」
アリアの呟きが聞こえる。
もう完全に取り込まれている気がするが、後でしっかり確認しておこう。
馬車が待機している場所へと着くと、違う人が待っていた。
「魔法学院学長のシェリル・カルマンです。ここからは私がご案内いたします」
どうやら案内役が交代するようだ、カーマインがシェリルに何かを伝えると会釈をして離れていく。
フレイヤが学院に行くのが嬉しいのか満面の笑みでシェリルを見ているが、シェリルは目を合わそうとしていないようだ。
別れて馬車に乗り魔法学院へと向かうのだが、馬車が気持ち悪いほど揺れない。
アリアも揺れが少ないのが気持ち悪いのか、窓から外を見て馬車が動いているのを確認している。
きっとこれも魔法なんだな、と思っていると学院に着く。
また驚く魔法を見せられると思うと、正直帰りたくなる。
こちらのメンバーの数人がもう気力がそがれて、疲れた顔をしている人がいる。
そんな最初の予想とは違い普通に魔法学院への見学は授業風景などを見て回った。
こんな学習をしていますよ、こんな実習をしていますよというまっとうな見学だった。
アリアはカリキュラムなどを紙にメモっている。
やる事はちゃんとやっているアリアを見て、疑った事を反省をする。
シェリルにある部屋に案内され中を見ると、スカーレットが学長を脅して手に入れた研究室だと俺にはわかる。
学長と言ってもシェリルではなく、前学長だ。
前学長を脅して個人研究室を貰いスカーレットが利用していたのだが、当初は教員の中でも特別扱いすぎると揉めていたらしいが、一年が経過したくらいでスカーレットの研究成果が上に報告された。
内容までは覚えていないが、その成果が認められ教員にも認められた時に、前学長のスキャンダルも提出して失脚させた。
その後にシェリルが学院長代理になったはずだが、これ以上は覚えていない。
当然スカーレットの行為は不問だ。
「ここはスカーレットさんが作った研究室です。ここから色々な物を作り出していました。かく言う私もスカーレットさんが作った魔法を封じる鉱石をお手伝いする事で学院長になったと言えます。
あの頃のスカーレットさんは研究熱心な子で、鉱石についての疑問が沸くと夜中に私の家にまで訪ねてくるしまつ……しかも遠いと怒るので学院の近くに家を借りたりもしました。結局近い方が楽なので部屋を買い取り今も住んでいますが、スカーレットさんには感謝の言葉しかございません」
ここが紅蓮の魔女が育った研究室かと眺めるが、なぜスカーレットの話をするのだろうか。
まあアロガンシア王国じゃ二つ名つけられる程度には有名なスカーレットだが、こんな話をする意味はあるのだろうか。
本棚がかなりあり当然書物もかなり置いてある。
なにやら魔法に使うものなのかと言いたい機材が置いてある、錬金術の道具みたいだが色々と手を出していたのかもしれない。
「どうしてここに案内してくれたのですか?」
アリアがシェリルに疑問を聞く。ここはニコルが聞く所だろと思い、ニコルを見ると意外に興味津々なのか置いてある本などを見ている。
「カーマイン様がスカーレットさんの事を説明すると喜ぶよと仰っていたので……」
シェリルが少し照れながら答えてくれる。
なるほどカーマインの入れ知恵だったのか。
でもスカーレットの人となりが少しはわかりそうな部屋だ。
本当に研究が大好きだったんだろう。いろんなものが置いてある。
よく見ると最近使用した跡があるので、もしかしたら後輩が使っているのかもしれない。
「ではお昼にいたしましょうか、皆さまも学院にいた頃もありますでしょうし、思い出を語りながら学食の食事などをどうぞ」
偶には良いかもしれないと、シェリルについていく。
それに今夜は王族との会食もあるし、あまり重い物は食べたくない。
通されたのは食堂ではなく、家具も上等な部屋だったが、だされた食事は学食に出て良そうなものだった。
味は普通に美味しい。学食は質より量だったがここは違うようだ。
「ではここからは自由に見て回ってください、ただし授業中の部屋にはくれぐれも入らないでください、一時間後にこの部屋に戻ってきてくだされば馬車へとご案内します」
またしても自由を与えられてしまった。
こちらの動向を伺ってはいるのだろうが、懐が広すぎる。
一日目と同じように、自由なのだから見学して回ろうと決まり皆が散っていく。
アリアを見ると、まだ知識欲があるのか俺を急かしてくる。
正直もう疲れたが、そうも言ってられない。
アリアが行きたいところを付いて回る。
だが本当について回っているだけだ、今も授業中の部屋を見ながらメモしているアリアを眺めているだけだ。
一時間は長いな、と思っていると声が聞こえる。
今は授業中だから人はいないんじゃと声がする方に近づいていくと、角の先にフレイヤと誰かが話しているのが見える、フィル達ではなかったみたいだ。
あまり盗み聞きも悪趣味だと離れようとすると声が聞こえてしまう。
「お母さまはザインに戻られないのですか?」
悲痛な感情を込めたフレイヤの声が聞こえる。
「わたしを母と呼んではいけませんよ聖女様……」
こちらは感情を押し殺したようなシェリルの声だ。
あまりにも衝撃的な情報だった。
まさかフレイヤの母がモデスティア王国の魔法学院学長のシェリルだなんて……。
だが本人は否定している、勘違いもあるかもしれないがフレイヤの情報は宗教国家ザインの情報だ。
勘違いなんてあるのだろうか。
衝撃的な情報を整理していると、フレイヤとシェリルの会話が終わったのか、フレイヤがこちらに来てしまい鉢合わせする。
「はは……」
苦笑いしか出てこない。
「……失礼します!」
フレイヤが突然走り出し何処かへと消えていく。
シェリルは来なかった、別方向に行ったのかもしれない。
この情報は誰にも話せないなと思いながら、アリアの所へ戻る。
アリアは未だに授業内容もメモしているのか、部屋の中を覗いたままだった。
一時間が立ち部屋に戻ると、フィル達も集まっていて、情報を交換し合っていると、シェリルが部屋に入ってくる。
「では馬車へご案内しますね」
シェリルは何事も無い感じで俺達を案内するが、フレイヤの顔には陰りがある。
しかも俺と目が合うと反らしてしまう。
ここは流すしかない。あの情報は忘れてしまおう。
王城に戻り自室へと戻る。正直疲れた。
なんなんだ今日は、怒涛の様に押し寄せる理解の範疇を超えた情報。
もうなにもしたくないとベッドに倒れこむ。
「エカルラトゥ様、会食の時間です」
いつのまにか寝ていたのか、アリアに起こされる。
「ああ、すまない」
急いで会食用の服に着替えフィルの所へ向かう。
しばらくすると案内役の貴族が部屋に来て会場へと案内される。
広い部屋だ。中央から少し壁に寄った所にはかなり長い長机が設置してありセットされている椅子は二十くらいある。
さらに逆側の空間には何故か立食の為のテーブルが複数設置してある。
椅子に座る様に指示され、座って待っていると続々と人が部屋に入ってくる。
立ち上がろうとすると、そのままで良いと案内役に言われ、そのまま座ったまま待つ。
侍女や侍従は俺達の後ろに座らされている。
入ってくる人の中にスカーレットの父親が混ざっていた。
どうやら重要職についている者が夫婦で参加しているようだ。
エルドレッド・ヴァーミリオンの横に、スカーレットに似た女性が寄りそっているのが見えるからだ。
「僕から自己紹介をしようか、僕はオリバー・アスターよろしく」
少し線が細いがモデスティア王国の王子だ。
「次はわたくしが……アンジェリカ・アスターですわ」
「あとはヴァーミリオン宰相夫妻と、ダドリー外務卿夫妻と、キャンベル軍務大臣夫妻だね。会食後に時間を取るから、聞きたいことがあればその時にお願いね」
王子から紹介される度に、軽く会釈をしていく。
しかしかなりフランクな王子だ、王族との会食なのに結構楽な感じで始まってしまった。
食前酒が皆に配られ、コース料理が次々と出てくる。
アロガンシア王国の宮廷料理より旨いのは確かだ。
だが騎士に食事を語らせても仕方が無いだろう。旨いで終わる。
食後の紅茶を口に含むと、精神が入れ替わった時にいつもナタリーが入れてくれる紅茶だ。
「やっぱりこの紅茶は旨い……」
ナタリーを思い出しながら紅茶を堪能したせいで声が漏れてしまう。
「そうかね、この紅茶はうちの領の高級紅茶だ」
エルドレッドが声を掛けてくる。
そういえば、これはヴァーミリオン領の紅茶だったなと思い出す。
なにやらエルドレッドの隣の婦人の目が怖い。
「ではあちらにテーブルをご用意しているのでご歓談ください」
アンジェリカが示す方を見ると、立食用のテーブルの上にはお酒とコップが置いてある。
飲みながらお話を、と言う事なのだろう。
俺からすると話す予定の人物はいないが、断るわけにもいかずフィル達が行くのを待ってから向かう。
さてどうするかと悩んでいると、ヴァーミリオン夫妻が近づいてくる。
やっぱり狙われているようだ。
「エカルラトゥ君、私の妻のセリーナだ」
「セリーナ・ヴァーミリオンです、よろしく」
めっちゃ目が怖い、さすがスカーレット母親だ。
これが蛇に睨まれるという事なのかと思いながら自己紹介をする。
「エカルラトゥ・ルージュです。お見知りおきください」
軽く会釈をしながら言う。
正直逃げたい気持ちでいっぱいだがどうしようもできない。
「模擬戦を見学しましたが、素晴らしい戦いぶりでしたわ、まるでスカーレットのような戦いで手に汗握りましたのよ」
「ははは……それほどではないです」
アリアにちゃんと細かく聞くべきだった。
模擬戦で副団長に勝ったってだけじゃ、スカーレットの様な戦いがどんなだったか全然わからない。
それに、様なじゃなく、スカーレットが戦っていましたと言いたい、けど言えない。
「所で話は変わるのですが、エカルラトゥさんは、私たちの高級紅茶をどこでお飲みになりましたの?」
急に話の方向が変わりすぎだ、これは何か失敗したのかもしれない。
答え如何では隠し事があると発覚するんじゃないだろうか。
そもそも娘さんと体が入れ替わったりしています、なんて喋れるか? いや無理だ殺されるのが落ちだ。
しかも娘を溺愛している父親だ、なりふり構わず殺しにきそうで怖い。
「昔に泊った高級ホテルで飲んだ記憶ある気が……します……私にも味しか覚えがないのです……」
「そうですか、そんな事もあるかもしれませんね」
セリーナがニヤリと笑いながら見つめてくる。
妖艶な雰囲気を醸し出している。女性慣れしていない俺には苦手なタイプだ。
ナタリーのように包んでくれる女性が好きなのだ。
「そうかそうか、記憶に残るほど私達の紅茶を気に入ってくれているとは喜ばしい事だ、アロガンシア王国でも売れると思うかね?」
「はい、売っていれば私が買いますし、ほかにも紅茶党の方はいますので」
「ありがとう、良い意見を貰えた」
なんとか切り抜けたとほっとしていると、セリーナが言う。
「あなた、明日お茶会に招待しませんか? もっと聞きたい事がありますが、ここでは聞けない事もありますし」
「え、そんな気を遣われなくても大丈夫ですよ!」
せっかく一難去ったのにまた一難とか勘弁して欲しい。
「いえいえ、そちらのお嬢さんと 二 人 で お越しになってください」
少し後ろにひかえているアリアの事を持ち出す、これはアリアの事はばれているだろうな。
しかも【二人で】を強調するってことは、二人だけで来いって事なのか、と考えるがもうそんな事はどうでも良い。
今を逃げられるならどこにだって逃げてやる、と思った瞬間に天啓が降りてくる。
そうだ、昨日スカーレットと入れ替えが起きたから明日も起きる可能性が高い。
なら俺じゃなくスカーレットが対応するわけだ……じゃあいいんじゃないかな、逃げても。
「わかりました、アリアと共に伺います」
「まあ嬉しいわ! では待っているわね、明日は確か街への視察でしたわね、では午後にヴァーミリオン邸までの馬車を王城前に用意しますので、そちらにお乗りください」
「ふふ、今から楽しみだねセリーヌ」
もう自棄だ、酒でこの件を忘れようと、がばがば飲む。
気が付いたら自室のベッドに倒れこんでいた。きっとどうにかなったに違いない。
今日は本当に疲れた、そのまま目を瞑ると意識が暗闇に落ちていく




