第二十五話㋓ 格の違い(一日目)
モデスティア王国に入り、馬車の中から風景を見る。
既視感のある場所が結構な頻度であるのが、何とも言えない気分にさせる。
きっとスカーレットと入れ替わり時に、記憶をある程度見たからだろう。
自分の体だとはっきりとは覚えてはいないが、なんとなく覚えているのだ、若干気持ちが悪い。
王都ホビアルに入っても、あまり異国感が無い。
アリアは自国との違いを見て多少なり感動しているのか、街並みを見るのに夢中だ。
スカーレットとは会えないがなんとか機嫌が直りつつある。
王宮に案内され、導かれるまま進むと広場に出る。
そこに数人の騎士らしき人達が待っていた。
こちらの貴族達は若干訝しみながら見ていると、一人の男が全員に向けて声をかける。
「私は魔法士団カーマイン・スチュアートと申します、今回あなた方の警護担当します。今からお部屋にご案内しますが、普通に通られる場所に関しては全て自由となっております。行ける場所の全ての施設は従者方もご使用してかまいません。ただ見えない壁がある場所から先へは行かない様にお願いします」
さすが魔法特化、特定のエリアを魔法が使えない様にする技術はアロガンシア王国にもある。
だが逆に魔法で移動制限をかけるなんて発想はアロガンシア王国には無いものだ。
この技術を盗むだけで結構な手柄になりそうな気もする。
「その壁は見えるのでしょうか?」
フィルがカーマインに疑問を聞く。たしかに歩いているといきなり壁に当たるのは勘弁願いたい。
「はい、薄く虹色に光っているので分かると思います。きっと見ると分かると思うのでこの場で言いますが、あくまでも侵入が分かる為の魔法ですので、強い魔法や闘気で壊す事は可能です……が試さない様にお願いしますね」
なるほどあくまでも侵入者を防ぐためじゃなく、侵入者を特定する為の魔法なのか。
でも警戒されているだろうが、表立って見張られないのはちょっと良いかもしれない。
「壊すとどうなるのですか?」
今回最年少のニコル・ミラボーだ、見た目は幼く見えるが十七歳だ。
おっとりとした雰囲気があり、純粋なので聞き難い事を聞いてくれる凄い奴だ。
「私達がすっとんで来ますので、夜などはご勘弁ください」
カーマインがおどけながら答える。
「籠の鳥のようだな……」
誰かがそんな事を呟く。カーマインにも聞こえたのかその言葉を否定してくる。
「いえ、ここは囲われているわけではありません、王宮中心部が囲われているのです。ですので虹色の壁が無い場所に関しては本当に自由でかまいませんよ」
という事は、出たいのであれば街にも出られると言う事なのだろう。
しかもどこでも行き放題と、まあ警護はつくとは思うが……。
「ただ、王宮から出る場合は、必ずお申し付けください。邪魔にならないように隠れながら警護させていただきますので……」
そこは仕方が無いか、誰も文句を言うものはいなかった。
質問が無いと分かったのかカーマインが続きを言う。
「この広場の片隅にお店のようなものをご用意していますので、暇つぶしの書物に軽い食べ物などをご用意しています、良ければご購入下さい、もし毒がとおおもいであれば店員に毒見させてもかまいません」
カーマインが手を向けた方を見ると、小型の店が設置されている。
なんだろうこの至れり尽くせりな対応は……自由に動いても良く王宮内では監視はされていない、さらに部屋の近くに店がある。
もうここで暮らしてもいいんじゃないかな、とか考えているといつの間にか侍女が待機しているのを見つける。
広場に来て驚く事ばかりで若干興奮しているのかもしれない、気が付かなかった。
ふとアリアを思い出し見てみると、目が輝いている。あんだけスカーレットが見たいと豪語してたのにもう忘れたようだ。
違う意味で意気消沈しているアロガンシア王国の貴族である俺達は侍女達に部屋に案内される。
抑えられた装飾、適度な家具に部屋には仕切りがあり、そこにはキッチンから小型のお風呂まで設置されている。
きっとでかい共同風呂があるのだろうが、部屋から出なくてもいいんじゃないだろうかと思わなくもない。
ふとアリアの方を見るとモデスティア王国側の侍女がアリアに話しかけている。
どうやら共同施設などの話をしているようで、何か紙のようなものを受け取っている。
話が終わり侍女が出ていくと、アリアが血相を変えて駆け寄ってくる。
「地図……もらっちゃいました……」
「マジでか……」
見ると王都ホビアルの公共施設や有名所の商店などが地図に書かれている。
極秘情報に近い王宮の一部の地図も含まれていた。
こんなものを俺達に渡すとか、ほんと豪胆すぎないだろうか。
確かに国力はモデスティア王国の方が高いだろうし、国土も大きい。
だが戦争になれば、魔法の優位もあるだろうが多少は拮抗できると思っていたが、それはアロガンシア王国だけがそう思い込んでいたのかもしれない。
少しだけ二人で放心していると、フィルの従者が部屋に来て集まる様にとの伝言を貰う。
フィルの部屋に向かう、当然部屋割りも書き記した紙があるのだ迷わず来れた。
「みな、もうしわけないが少し話し合った方が良いと思って集まってもらった」
確かにこれだけ放任されると、逆に怖くなる。
皆も同じ心境なのか落ち着かない様だ。
「このままだと俺達が取り込まれかねない、心を強く持つように……いや違うな、逆に取り込むよう全力で当たる様にしてくれ、ある程度の予定はあるがそれ以外は自由にしていいのだ、全力で情報を収集してやろうじゃないか」
フィルも若干取り込まれつつあるのか、言動が落ち着かない。
皆であーだこーだと話し合っていると、顔合わせの時間が近づいてきてお開きになる。
礼服に着替え部屋を出ると、案内役の侍女が待っており、会場に案内してくれる。
全員が集まると、進行役の貴族が今回の紹介の仕方を説明してくれる。
どうやら全員で並んで入場した後に、順番に紹介してから立食パーティーに移行するみたいだ。
今回は王は出席しないが、今後王家との会食があるらしいのでその時に会えるみたいだ。
俺たちの紹介もスムーズに終わり、ほっとしていると聖女フレイヤ・ルターが会場に現れ紹介が始まる。
なぜ聖女がいるのだろうか、と思っているとフレイヤが宣言する。
「今回の親善交流はモデスティア王国とアロガンシア王国の架け橋になる事を祈っておりますが、私達ザインもその架け橋の一つになりたいとの思いがあり、親善交流に参加させてもらいました。私達は精一杯三国が友好になるよう努力していく事をここに宣言いたします」
堂々とした声で親善交流を成功させようとする意気込みを言う。
フレイヤは全身が真っ白の衣装で髪も白い、その容姿は神秘的だ。
体のラインが出ているが、纏った雰囲気で性を感じさせないのはさすが聖女なのだろう。
俺達と聖女の紹介が終わり、今はモデスティア王国の方達と挨拶をして回っている。
アリアと共に顔と名を覚えるのに精一杯で、周囲を伺う余裕はない。
こっそりアリアが名前などをメモしてくれているので、後で名を見て顔を一致させながら覚えるしかない。
「私はエルドレッド・ヴァーミリオンだ」
「……エカルラトゥ・ルージュです、お見知りおきのほどをお願いいたします」
いつの間にか、スカーレットの父親と出会う、そりゃこの国の大物なのだ、出会って当たり前だが不意打ちすぎる。
横にはまだ十歳くらいの男の子を連れている。スカーレットの記憶で知っている弟のアールだ。
俺の目線に気付いたのか、アールを紹介してくる。
「この子は私の息子のアール、社交場に慣れさせようと連れてきているんだ」
さっとエルドレッドの後ろに隠れるアールが微笑ましい。
実際会った事は無いが、少しだけスカーレットの記憶で見ているので親近感が沸く、しかし双子でもう一人いるはずだが……。
「シーラは来てないんですね」
「え?」
「……あ」
「なぜ君は私の娘の名を……スカーレット関連の噂が原因で情報がアロガンシア王国に渡っているのか……」
エルドレッドが思案しながら内容を喋ってしまっている。
「あ~いえ……まあ」
つい思っている事を言葉にだしてしまってこのざまだ。
しどろもどろになりながら、なんとかこの場を納め逃げるようにバルコニーに出る。
何故シーラの事を知っているのかがわかるアリアが窘めてくる。
「エカルラトゥ様、うっかりしすぎですよ」
「いや、すまん」
侍女に扮しているアリアに怒られる。傍から見ると侍女に怒られる主人だ、様にならない。
「でもスカーレット様にご兄妹がいらっしゃったのですね」
「ああ、あった事は無いが少しだけ記憶を見て知っているんだ」
「そのシーラちゃんにも会ってみたいです」
「ちっこいスカーレットだぞ」
「なんですそのご褒美のような容姿は!」
怖いんだぞ、という意味で言った言葉が逆にご褒美になったようだ。
そりゃあまり会わないとはいえ、スカーレットが姉なのだ、性格はお察しだ。
だから来てないのかもしれない、なんて事を考えていると女性とそのお付きがバルコニーに出てくる。
「エカルラトゥ・ルージュ様ですね? お初にお目にかかります、わたくしはアンジェリカ・アスター、この国の王女です」
「こ、こちらこそお見知りおきのほどをお願いいたします」
まさか第二王女が挨拶にくるなどとは思わなかった。
むしろ王族はいないと思っていたが、勘違いだったようだ。
「最近は諜報活動も行っていますので、貴方様の二つ名も存じております」
めっちゃ直球で諜報活動の事を言っちゃったけど、大丈夫なんだろうか。
でも言葉に出さないだけでこちらもやっている事だし、お互い様ともいえる。
「申し訳ございません、暴虐の赤という物騒な二つ名持ちが親善交流に来てしまって……」
「大丈夫ですよ、かの国にはスカーレット様が出向いているのです、むしろわたくし達の国の方が申し訳なく感じます……」
姫様でもスカーレットに手を焼いているのだろうか。
俺の顔色を感じ取ったのか、アンジェリカが否定してくる。
「わたくしは決してスカーレット様が、という思いはありません、ただスカーレット様は自由ですので……その……」
嫌いではないが、他者に対しての行動には困ってます、という感じなのだろう。
どうしてもスカーレットの話題になるのはなんでなんだろう、ある意味両国の共通項ってスカーレットなんじゃないだろうか。
いい意味でも悪い意味でも話題に事欠かないスカーレットを通じての交流……これで良いのだろうか。
慌てながらスカーレットの事を良く言おうと頑張っているアンジェリカを見ていると、思わず言葉がこぼれてしまう。
「俺はスカーレットさんに憧れ……みたいなものがありますよ」
「え?……何故エカルラトゥ様がスカーレット様の事を憧れるのですか?」
「噂を聞くと、魔法の力ゆえに周りに恐れられていますが、それは俺も同じでしたから……今はコントロール出来ますが、以前は仲間を傷つけていた身です、当然周りから恐れられ人は離れていきました。その時俺は心を閉ざしましたが、スカーレットさんは全てを跳ね除け、やりたい事をやり、周りに恐れられても、それ以上に尊敬もされていたのでしょう。だからこそ他国にも名が知れ渡り二つ名を付けられ恐れられました。俺とは違うその心の強さに少し憧れているのかもしれません」
なぜ会ったばかりのアンジェリカにこんな事を話しているんだろう。
初めて手放しでスカーレットが好きな人に会ったからなのかもしれない。
ジェレミーとアリアもスカーレットの事は気に入っているだろうが、こんな事を話すのはこっぱずかしい。
それで会ったばかりのアンジェリカのスカーレットへの反応で、ぽろっと出たのかもしれない。
「そうですか……実はわたくしもスカーレット様に憧れております、自由を謳歌しているスカーレット様はかっこいいのです」
顔を赤くしながら力説してくる。
俺も同じように力説していたのかもしれない。
「いまここで会えないのは少し残念に思っていますが、友好関係が改善されればいつか会えると願っています」
「はい、わたくしもそうなるようにお手伝いしますので、よろしくお願いしますね」
アンジェリカは軽く会釈をしながら、パーティー会場へと戻っていく。
王族なのに話しやすい女性だと思うと、何故かアロガンシア王国の第二王女ブリジットを思い出す。
唯一話す事がある異母兄妹だ。立場上そこまで俺と話せる訳では無いが、アリアが護衛についている関係で最近ではよく話すようになった。
ちょっと前なら、王家憎しで話なんてしなかっただろうが、人は変わるものだ。
「エカルラトゥ様もスカーレット様の事が好きだったのですね」
仲間を見つけたという目でアリアがにやにやしながら近寄ってくる。
アリアの存在をすっかり忘れて、スカーレットの事を語ってしまった。まさに後悔先に立たずだ。
「言葉のあやだ」
「あ~はい、わかりました」
絶対分かってない笑顔で答える。
溜息を吐きながらパーティ会場に戻る。
大物貴族関連の挨拶が終わり、いまは貴族令嬢が主役に変わっているようで、他の親善メンバー達に令嬢が群がっている。
その中の令嬢の一人が俺を見つけてしまったのか近寄ってくる。
「エステル・シーモアです、よろしくお願いしますわ」
「エカルラトゥ・ルージュだ、お見知りおきを」
軽く会釈しあう。そういえばお見合いみたいなものだったことを忘れていた。
「エカルラトゥ様は、お国の方では何をなさっているのでしょう?」
「俺は近衛騎士を拝命している」
「ではお強いのですね、明日は騎士団への見学がございますから見に行きますわね」
にっこりと笑うエステル、きっと模擬戦してねって事なのだろうな。
でもそれが事実なら結構腹黒くないだろうか、戦えって事だろうし。
しばらく令嬢攻めに困惑しながら対処する、一気にこられても覚えられないが、この分じゃきっとゆっくりじっくり攻めてくるんだろうな。
一通り終わったが精神が摩耗している、また夜風の力を借りようとバルコニーへと逃げると、そこには先約がいた。
「あれ……エカルラトゥ様も休憩ですか?」
「ええ、少し疲れましてね」
聖女フレイヤ・ルターがいた。以外にフレンドリーな感じのフレイヤに少し困惑する。
なら疑問に思っている事を聞いても許されるだろう。
「不躾だが、なぜモデスティア王国側に来たのか聞いても良いのだろうか」
「それは先ほど紹介時に言った通りですよ、私達も両国が友好になるのは素敵な事だと思っていますので、私がこちらに来ました」
もしかしたらアロガンシア王国に裏があると考えてこちらに来ているのかもしれない。
たしかに色々と裏で手を回しながらモデスティア王国に攻め入ろうとしてたのだ、ザインにも情報収集機関はあるだろうしその事実は知っているのだろう。
「そうか、答えてくれてありがとう」
「いえいえ、いきなり現れたのですから疑問を持つのは当然の事です」
やはり堅苦しい感じはしないし、普通の少女のような受け答え。
見た目は神秘的な雰囲気をかもしだしているが、喋りやすいのは正直助かる。
「俺も出来るなら両国を普通に行き来できるほどの友好関係を作りたいと思っている、助けてくれるとありがたい」
「わかっていますとも、きっと私達が導いてみせます」
「頼む」
感極まってしまったのか、熱い握手を交わす。
ほぼ今日が初対面だが、どうも喋りやすいのか本心を話してしまった。
だが、フレイヤから感じる意思は本物だと感じる。
そろそろお開きの時間だ。アリアも疲れているのか集点があっていない。
隠れながら会っていた貴族たちの名をメモしたりしていたのだ、俺よりも疲れたのだろう。
侍女であるアリアを介抱しながら部屋に戻り、ゆっくりと眠りにつく。




