第二話㋓ 公爵令嬢スカーレットの体
目が覚めると目の前には天蓋が見える。
そんなベッドで寝てなかったはずだが、酒に酔い街の宿にでも泊ったのかと考えながら体を起こす。
ベッドは広く、白いシーツはシルクなのだろうか、手触りが気持ちいい。
高級な宿だなと思い、部屋の中を見回すと、あきらかに宿ではないし、男の部屋でもない。
もしかして何処かの貴族の女性の部屋なのかと、飛び起きベッドから出る。
もしそれが事実なら、俺は貴族令嬢に酒に酔った勢いで令嬢の部屋に行き、褥を共にしたという事実が俺にのしかかる。
部屋の中を再度見るが誰もいない、何か違和感がある。
家具が何故かでかく感じ、周囲を見ようと首を大きく動かすと、視界に見慣れない髪がちらちらと見える。
手で顔の横にある髪を掴むと、自分の頭からですよ、と髪をひっぱられた感覚がする。
ウィッグでも張り付けられたのかと、頭に手を伸ばそうとすると、視界に入る手が自分の手じゃない事に気づき両腕を見る。
あきらかに女性の手だ、袖にはフリルがついていてかわいらしい。
「な、な、なんじゃこりゃあ!」
そう叫んだ声はいつもの声じゃなく、若い女性の綺麗な声だった。
鍛えに鍛えた己の腕も無く、綺麗な曲線を描いた腕しか見えない。
俺の体はどうなっているのか、それともこれはただの夢なのか、そうするとこんな夢を見たい願望が深層意識にあったのだろうか、考えれば考えるほど意味が分からない。
自分の両手を見て放心していると、部屋の外から慌てて入ってくる音と声が聞こえる。
「どうしましたお嬢様!」
人形のように、ギギギという音を立てるかのように顔を向けると、かわいらしい侍女が近づいてくる。
誰だろう、と考えると頭の中に侍女の情報が浮かんでくる。
名前はナタリーだ、ヴァーミリオン家の侍女で、スカーレット専属の侍女だ。
何故なのか分からないが、頭に浮かんでくる。
深層意識が設定まで考えてくれたのだろうか……。
ナタリーの顔を見ながら困惑していると、近づいてきて何かを言っている。
言葉は聞こえているが、頭に、耳に、全然入ってこない。
これは何なんだ? どういうことなんだ? と一時停止していると、ナタリーが両肩を掴んで揺さぶってくる。
「大丈夫ですか! お嬢様! お嬢様!」
返事をせずナタリーを見つめている俺に対して、心配なのか声を掛けてくる。
ナタリーの良い匂いが鼻孔をくすぐる。こちらを揺さぶる度に、ナタリーの胸が揺れる、でかい、ぽよんぽよんだ。
これは夢かもしれない、夢だったら突っ走っても良いんじゃないかという気持ちが膨れ上がる。
気が付くと何故かナタリーを抱きしめていた、ナタリーの髪が頬に触れる良い匂いだ……段々と気分が落ち着いてくる。
「大丈夫だ」
落ち着くとそんな言葉が出るが、しばらくナタリーに抱き着いたまま時間が立つ。
好みの女性と抱き合うというのは、こんなにも心が満たされるものなのだろうか……。
名残惜しいが、ナタリーから離れ見つめる、かわいい、それがナタリーの第一印象だ。
「大丈夫でしたらそれで良いのですが、何かあったのですか?」
どう説明したら良いのかと思案していると、ナタリーが何か思いついたのか納得しながら言う。
「また開発した魔法で何かあったのですか?」
魔法か、と考えると頭に魔法の知識が洪水のように押し寄せる。
頭が痛くなり、手を頭に添えて膝が折れて前に倒れこむ。
「ど、どうされました?」
ナタリーが支えようと抱きついてくる。
ぽよん、と胸と胸が当たる、あれ? 胸? とナタリーを引きはがすと自分の胸には男性憧れの的である〇っぱいの山が見える。
ナタリーほどではないが、なかなかの胸のでかさだ。
ついつい、そう、ついつい手をワキワキさせながら自分の胸を触ろうとすると、ナタリーが両腕を掴み止める。
「どうされたんですか? なぜか不埒な気配を感じ、止めてしまいましたが……」
なんという侍女、恐るべしとナタリーを見つめる、うん、かわいい。
やばいな、自分自身の環境の微妙差加減ゆえ、女性関係には気を使っていたが、他人の体だと体が理解してしまっているのか、それとも夢と思っているのかタガが外れている。
「一先ず寝間着から普段着に着替えましょうか」
ナタリーが言い、鈴を数回鳴らすと侍女達が部屋へと入ってくる。
「いや、自分で着替えるから、着替えたいから」
この体を見たい、もとい、自分で着替えたいからと断ると、ナタリーが首を振り拒絶する。
何故と愕然としていると、侍女達が詰め寄ってくる。
取りあえず逃げようとベッドへと逃げると、ナタリーが素早く近づき捕まえられる。
何故逃げるのか……それは見たいからだ、堪能したいからだ。
だが腕を掴まれ動きを封じられる、抵抗するがビクともしない。
自慢の筋肉が、と思ったが、体が違うから筋肉量も違う、だとしても抗えない細腕に絶望し侍女達に預けられる。
諦めて身を任せていると、何故か体が無駄なく動き着替えがスムーズに終わる。
当然スカートの裾がひらひらだ、断じて男が着る物ではない。
さすがにこれに文句を言う訳にもいかない、そもそもここにはズボンとかあるのだろうか。
そんな事を考えていたのだが、他人からすれば放心しているようにしか見えないのか、ナタリーが怪訝そうな目を向けてくる。
「お嬢様、終わりましたよ……本当に大丈夫なのですか? もしかして熱が……」
そう言うとナタリーは自分の額をこちらの額にくっつける。
眼前にナタリーの顔が迫る、なにこのご褒美攻撃、と胸が高鳴り顔が熱くなる。
「少々熱がお有りのようですね、お食事はどうなさいます? 軽い物に変更しましょうか?」
「いや大丈夫」
大丈夫ばっがだな、と自嘲しながら返事をする。
取りあえず何か言われたら、大丈夫って言っとけば大丈夫だと思う。
着替えを手伝ってくれた侍女達は外へと出ていく。
下半身の部分が肌寒い状況で、今日を過ごすことが決定されてしまった。
「では私も食堂へと行きますが……いえ、やめておきましょう」
ナタリーは部屋に残る事を選んだようだ。
出て行ってくれると、色々と捗るのだが、まあナタリーはかわいいからいいか。
食事に行く前にちょっと情報を整理しようと思案する。
そんな俺をナタリーが見つめている、顔色を伺うが感情は見えない。
溜息を吐きながら、この体の事を考える。
名前はスカーレット・ヴァーミリオン、モデスティア王国のヴァーミリオン公爵令嬢で、我がアロガンシア王国では紅蓮の魔女と二つ名で呼ばれている。
炎の魔法が大好きで、何でも燃やす、賊に襲われようが、不埒な事をしようが加減はするが誰でも燃やす。
色々と有用な魔法を開発しているがゆえに、王すらも手を出さないとか、我が国じゃ言われ恐れられていた。
トコトコと鏡台へと向かい、今の体を写し観察する。
赤くてサラサラの綺麗な長い髪だ、瞳も赤く元の自分と同じだ。
服装はかわいらしい感じで、背はずいぶん低く感じる、女性としては低いわけではないが、元の体の背が高いだけだ。
良い女だとは思うが、ナタリーの方が好みだな、とナタリーを見ると不信そうにこちらを見ている。
こちらが不埒なことを考えているのが分かるのかな、と恐れを抱く。
とりあえず変なことは自重しようと決意し、食堂へと向かう。
ナタリーも後ろに控えついてくる。
きっといつも通りの食事を取る、動きは体が覚えているのか、女性らしい所作で食事が出来た。
食後何をするのか考えると、頭にやるべきことが浮かぶ。
魔法の開発や、写本だが……俺に魔法の事は無理だな、と思うが部屋へと戻る。
まあ一応と、隣の書庫へと入ると普通の屋敷じゃ考えられない量の書物を見て眩暈がする。
これでも王家の血が入っているのだ、ある程度の教養はあるが……これは限度がある。
しかしそんな事はどうでも良い、ようやく一人になれたのだ。
まずはこの体を調べなくては、元に戻れるのか戻れないのか、自分の体はどうなったのか、考える事はいっぱいある。
が、まずは、この体を、調べなくては、大事な事ので二回目を心の中で唱え、呼吸を荒げながら胸に手をやろうとすると、どこからともなくナタリーが現れ手を掴む。
「なにをなさろうとしているのですか?」
ナタリーの冷たい視線が、スカーレットである俺を射貫く。
「いや、胸の、確認、を……ね」
何故ナタリーが現れるのかと、小一時間説教したいが、本来説教されるような事をしているのは俺だ。
胸を触るのは諦める、きっとナタリーが全てインターセプトしてくる気がする。
仕方が無く机へ向かう。
何かしら今の状況が、最近の魔法開発に関わっていないかと調べる。
記憶は、思い出そうとすると浮かぶのだが、情報量が多すぎて良くわからない。
それなら机にある資料や、まとめたものを見たほうが早いと思い、机に目を向ける。
机に置いてある資料を手に取り、読み漁るが、この状況に関わっていそうな魔法も資料も無い。
「別に魂や精神についての魔法を開発してるわけじゃないな」
つい呟いてしまう、そういえばナタリーがこちらを伺っているかもしれない、と周囲を見るが誰もいない。
ふぅ~、と溜息を吐くが、ある事に気付く、そもそも先ほど俺に気配を感じさせずに近づいたよな、と。
自分自身かなりの強さだという自負がある、それだけ鍛錬をしてきたつもりだ、一介の侍女に遅れを取った事実にはへこむ。
もしかしたら自分の体じゃないのが原因なのかと、精神的には良い結論を出す。
一度スカーレットの記憶を確認したほうが良いと再認識し、改めてスカーレットの事を考える。
当然、魔法の事は頭が痛くなるから、意識して除外する。
どうやらスカーレットの目線から見る映像しか見えず、心情は分からないが、なかなかのわがままお嬢様のようだ。
恐ろしい事に魔法学院時代に自分の研究室が欲しいが為に、学長を脅している。
まあ悪いのは学長なのだが、それはまあいいだろう。紅蓮の魔女の見てはならない記憶は膨大だ。
歳は俺と同じ二十歳だ、魔法学院時代は悪役令嬢のような扱いで、友人は一人しかいないようだ。
話しかけるだけで逃げていく貴族令嬢、その後脅したと噂が流れ腫れもの扱いだ、少しだけ親近感が沸く。
一人だけ突出した力を持っていると、どうしても浮いてしまうのだろう。
ナタリーとの記憶を頭に思い浮かべると、ナタリーを姉の様に思っているかのような記憶が浮かぶ。
ほほえましい記憶が流れ込んでくる、ナタリーに甘える紅蓮の魔女。
なんでも燃やすスカーレットにも、乙女の様な記憶があるのかとほんわかする。
魔法学院からの親友は、王立図書館の司書をしているようだ。
現状は会うことも無いだろう。
気が付くと、机には紅茶が置かれていた。
思案している間にナタリーが置いていったのかもしれない。
もしかして、スカーレット嬢の集中力ゆえに思案すると、周りが見えなくなるのかもしれない。
紅茶を飲みながらしばし休憩をしていると、股がむずむずしてくる。
こ、これは……トイレか……さすがにスカーレット嬢に悪いと罪悪感が込み上げる。
だが、どうしたらいいのだ、我慢しようと思ったが、男の体の時より限界は低く感じる。
もじもじしながら悩んでいると、どこからともなくナタリーが来る。
ナタリーは何も言わずに俺の手を引き何処かへと連れていく。
どうやらトイレに向かっているようだ、ナタリーはいったい何者なのだ、もしかしてこの件を知っているのかと思案していると、尿意が無くなっていた。
「あれ?」
気づくと終わっていた、思案している間にナタリーが補助して終わらせたようだ。
どんだけ気が利く侍女なんだろうか、助かったと言えばそうだが、少しだけ残念な気分になる。
いやいや、これは見ちゃ駄目だろうと考え直す。
「どうも今のお嬢様を見ていると、もやもやするのですが何なのでしょう? 魔法の効果でしょうか?」
ナタリーはもやもやする理由は分からない用だが、俺という男に対して適格な対処をしている。
もしかしたら意識しないレベルで理解しているのかもしれない、恐るべしナタリー……だがかわいい。
そんなこんなでお昼になり、食事を取る。
いつも食べている、筋肉を作る為の定食が食べられない事に気落ちしながら部屋へと戻る。
そういえば、ナタリーに押さえつけられてたよな……と思い出す。
何時までスカーレットなのか、もう自分の体に戻れないのか、それとも戻れるのか全くわからない、ならば……
「筋力を上げる為のトレーニングをしよう」
声を出してしまい、内容が聞こえたのかナタリーが近づいてくる。
「私に筋力などいらないと豪語していたお嬢様が、トレーニングをしたいと仰るとは……」
ううっと泣きながらナタリーが言う。
スカーレット嬢は、魔法特化なんだな……と思いながらナタリーとトレーニング方法を話し合う。
まあ、そんな俺は剣特化だ、魔法なんて剣で斬れば良いし、避ければ当たらない。
「やはり何があるかわかりませんから、ある程度は筋力を鍛えてほしいと思っていました」
ナタリーが嬉しそうにスカーレット嬢について語る。
ほんとにスカーレット嬢の事が好きなんだなと、ナタリーを見ながら微笑む。
まじまじと見つめられて恥ずかしかったのか、ナタリーの頬が少し赤くなる。
トレーニング内容が決まり、さっそく始めようとすると、ナタリーが鈴を鳴らし侍女軍団を召喚する。
あれよあれよという間に、運動に適した格好に着替えさせられる。凄いな侍女って。
改めて筋トレを開始する、現状は部屋の中で出来る事を主体にして作った。
筋トレをしていると、頭に魔力を使った身体能力を向上させる魔法が浮かぶ。
これがあるせいで、実際の筋力を上げる意義を失っているのだろう。
だが、筋力を上げれば、絶対値が上がるのだから意義はあるだろう、と魔法は使わずに筋トレを再開する。
ある程度実行していると、普段の運動不足からか思った以上に体力が無く、予定を消化する前に汗だくになり限界が来たのか、倒れた状態から起き上がれない。
「お風呂にでも入り、マッサージでもいたしましょうか」
汗だくなスカーレット嬢の体を見ながら、ナタリーが提案する。
それに超反応をしてしまい、先ほどまで動かないという感じで倒れていたのに、超速でがばっと上体を起こしナタリーを見てしまう。
「また不埒な気配がするのですが……」
目が段々と冷ややかになって、こちらを見つめてくる。
「い、いやそんなことはない」
ジト目で見られながらも、行かない訳にもいかず、ナタリーに支えられながらお風呂へと向かう。
ナタリーの手前、うきうきするわけにもいかない気づかれてしまう、自重するんだ、俺は自分をコントロールできる男だ、と言い聞かせながら風呂へと近づくが、ナタリーと密接しているからか心臓がばくばくと早くなる。
脱衣所へと入ると、既に服を脱がすための侍女軍団が準備して待っていた。
侍女がものすごい速度で着ている服を脱がしていく、段々と心臓の鼓動が激しくなる。
いよいよ裸一歩手前の下着姿を薄めで見ていると、さらに鼓動がどんどんと上がっていく、もう少しで裸という所で、目の前が段々と暗くなり意識が遠のく。