第十一話㋓ 天罰
目が覚めると、軟禁部屋の天井が見える。
もう驚きも何もない、やっぱりかという気持ちだけだ。
だが何やら頭が重く感じるが……気のせいだろうか。
スカーレットの体でしっかりと睡眠はとったはずだ、時計を見ると十時か。
逆に寝すぎたのかもしれない。
ベッドから起き上がり、軽く体をほぐしながら昨日の事を考える。
まずはナタリーの事だな、かわいかったナタリーと一緒のひと時は至福の時間だった。
女性とお風呂に入ったのも初めての経験だった。
まあほぼ目隠しをしていたのだが……。
それでも心の中にある良い思い出アルバムの一番最初のページに掲載されているだろう。
そんなバカなことを考えていると、前日まで臭かったはずの体から匂いが無い。
服も臭くない、むしろ服がやばかった気もするが……。
もしかしたら魔法で水を出して処理したのだろうか。
そんな事を考えていると今更思いつく、スカーレット嬢に裸を全部見られている事を……しかもトイレはどうしたんだろう。やはり触ったんだろうか……。
いや、この事は深く考えては駄目だ、色々とまずい。
逆にスカーレット嬢は同じように自分の体を見られている事にそこまで拘って無いような対応にびびる。
心を落ち着かせるために、数少ない携帯食を食べようと鞄を探す。
いつも隠している場所を探すと鞄が出てくる。
持つと重くなっている、なんでだと中探ると水筒に水が入っていた。
「さすがスカーレット嬢だな」
誰もいないが声がでてしまう。
机に座ると、なにやら簡単な冊子のような紙の束がおいてある。
中身を見ると、魔法を使う為の冊子のようだ。
この部屋ではやる事が無い、暇を持て余して書いたのだろう。
中身を見るが、今の俺ではあまり分からないことだらけだ。
ここから出た時にでも使える様に勉強するかと、流し見していると、内容が結構あれだな、もしかしてこの部屋で実践したのだろうかと、部屋を観察してみる。
扉の前と外壁側の石畳が抉れている。
もはやなんでもありだな、スカーレット嬢。
そんな事を思いながら、前日覚えた水魔法の内容を思い出す。
実際もう必要ないのだが、まあ今後の為もあるし魔力操作の練習にもなる一石二鳥という奴だ。
忘れないように、紙に書き綴っていく。
その内容を見ながら、実践してみるがやはり出来ない。
さすがに一朝一夕で出来たら、誰もでも使えるよな、と思い続ける。
魔力が練れているのは、なんとなくわかるがこう何とも言えない。
そうして水魔法を使う為に一日修練に使う。
軟禁が終わる日の昼に、外に人が来た気配がする。
どうも人数が少ない、トラビスなら護衛騎士をぞろぞろと引き連れてくるはずだが、どうしたのだろう。
すると部屋の扉の外でガチャガチャと鍵を開ける音が部屋に響く。
やっと出られるかもしれない、今回は怒らせないように立ち回らないと、と覚悟する。
憂鬱になりながらも立ち上がり扉の前に近づく。
扉が開くと、そこにいたのはジェレミーだった。
「よっ! 生きてて嬉しいぞ、途中から面会も許してくれなくてな」
久しぶりに親友の顔を見て、若干感極まる。
ジェレミーを見つめていると拳を突き出してくる。
こちらも拳を出し当てて挨拶をする。
「しかしなんでジェレミーが? トラビスはどうした?」
「ああ、それがな、トラビス殿下はちょっと色々やらかしてしまったらしくて、その件が昨日報告されてな、今身柄を拘束とまではいかないが、自室で待機と言われている」
「何故そんな事に……」
「まあ後で、それについて詮議があるんだが……どうやらトラビス殿下の指揮されていた私兵が特殊任務でモデスティア王国のリャヌラの街にいたらしいのだが、先走って暴れた挙句捕まったらしくてな、しかも対紅蓮の魔女用にモデスティア王国で確保した魔封石も使ってしまったらしくて……」
「ああ、あれか」
「ん? なんで知ってんだ?」
ジェレミーが首を傾げて聞き返してくる。
「あ~それは落ち着いた時にちゃんと話すよ」
スカーレット嬢もナタリーに話したんだ、俺もあとでジェレミーに話して見るかと考えていると、ジェレミーが外に出ろよとジェスチャーしてくる。
やっと軟禁部屋ともおさらばかと外に出ようとしたが、スカーレット嬢が書いた冊子と鞄を思い出し部屋にもどる。
「おい、どうした?」
「いやお前の鞄」
「そんなのあったな、しかし良く水が持ったな」
「ああ、魔法で水をだせるようになった」
実際には役になって無いが、なんとなく言いたくなった。
ジェレミーが見る前で実践してみる、手のひらに少しだけ水を出す、まあこれが限界なんだが。
「お前、本当に魔法が使えるようになってたのか、あんなに剣技でどうとでも出来ると豪語してたのに」
凄い驚かれた、まあそれはそうかジェレミーは魔法もいくつか使える。
状況により有用な事を知っている為、結構俺に覚えないか? お前結構センスあるとおもうんだが、と進められていたが全部断った。
今となっては何故断ったんだろうと思わなくもない。
まあそう思うのは三日で俺の人生観を変えた人達がいるからだろう。
変な出会い方だったが、これはきっといい出会いだったのだろう。
そんな事を思いながら自室へとジェレミーと話しながら帰る。
次の日、トラビスの詮議があり、俺がいた軟禁部屋に軟禁という罰が下された。
まさかこんなことになるとはな~と思いながら、顔に笑みが浮かぶ。
あれだけ俺を煽っておいて自分が軟禁部屋に入るんだ、絶対悔しがっているだろう。
夕方にジェレミーと会う時間を作り、酒を飲みながら今まであった事を話す。
全部話した後、ジェレミーは渋い顔をして考え込んでいた。
「まあさ、確かにあの日の朝はおかしかったし、ちょくちょく不審な部分はあるけど、突拍子が無さすぎないか?」
やはり簡単には信じてくれない様だ。
ナタリーはあんなに簡単にスカーレット嬢の事を信じたのに……とちょっと悔しく感じるが、もしジェレミーが同じことを言って信じるか、と聞かれると確かに難しい。
「まあ解毒魔法を使えたとか言ってたけど、そもそもお前結構規格外だし、思い込みで直したんじゃないかなって思ってたが」
「そんなわけないだろ、しかもあの毒、竜種の劇毒だぞ、そんなもの薄めた一滴でも摂取したら、即死しなくてもいずれ体がおかしくなって死ぬぞ」
「だからなんで摂取した毒を知ってんだよ、それこそ想像じゃないのか? しかも竜種の劇毒とか珍しすぎて、逆に持ち主探せるかもしれないぞ」
「じゃあリャヌラの街の件は?」
「確かにそれを知っているのはちょっと怖いが……でもそれを対処したのがお前って……タイミング良すぎて逆に笑うわ」
そう言いながらジェレミーが大笑いしだす。
う~ん信じてくれないな……と考えていると、スカーレット嬢の魔法を思い出す。
「ああ、そうだ、紅蓮の魔女が書いた魔法の概要書いた冊子があるんだが見るか?」
「そんなのがあるのか?」
魔法も使えるジェレミーが食いつく。
だがあれは部屋に置いたままだ。
「じゃあ後で俺の部屋に来てくれ」
「わかった、まあ今は飲むか」
一時全てを忘れ、肴を食べ、酒を飲む。
久しぶりに騒ぐ親友との夜は心地よく過ぎていく。
部屋に戻り、スカーレット嬢の魔法書をジェレミーに見せると、目をキラキラさせて読んでいる。
「確かにお前の字だな……すまん、これちょっと借りていいか? 写本して返すからさ」
「ああ、いいぞ、俺にはまだ使えない」
ジェレミーが喜びながら自分の部屋へと帰っていく。
多分、スカーレット嬢の事を信じてくれただろう……忘れてないよね?
ある日の午後、鍛錬をしているとトラビス殿下が軟禁部屋から転落した知らせが回ってくる。
なにやら壁が凄く薄くなっていたらしく、その部分にうっぷんを晴らしていたトラビスが体当たりか殴ったのかして、急に壁が壊れたらしく体勢を崩し落ちたらしい。
くしくも死ななかったらしいが、まあ天罰だな。
俺も壁に当たったりしていたら、落ちていたのかもしれない。
思い直してよかった。
トラビスの失策が原因で、コリデ砦を攻める話は消えた。
なにやらモデスティア王国が、色々な場所で目を光らせる為に兵を動かしている、という情報が報告されたらしい。
今後どうするのかは、また会議で決めるのだろう。
そして俺はその会議に出られない、出すなという命令が下りてきた。
そこは仕方が無いが、ジェレミーと団長がいればまだ何とか出来るだろうし、何とかする。
ナタリーともスカーレットとも、いつか自分の体で会いにいきたいからだ。




