妄想の帝国 その6 健康管理社会 歳末違法技能実習取り締まり篇
歳末で忙しい運送業に無理やり従事させられている技能実習生たち。待遇改善を求めるが、社長らは逆に彼らを怒鳴りつける。そこにドアを蹴破って入った赤い服を着た男たちが入ってきた、彼らは
”この地区の健康警察の違法技能実習撲滅隊だ”、違法技能実習を取り締まり、実習生たちを救い出すためにやってきたのだ。
増大する一方の医療費削減のため政府はある決定を行った。
“健康絶対促進法”の設立である。健康維持のため、あらゆる不健康な行動、食生活や生活習慣などを禁止するという法案である。個人の権利を侵害するとして反対もあったが
“政府に健康にしてもらえるんだからいいじゃん”
“自分の不摂生で病気になるやつのために医療費を払いたくない”
などの法案賛成の意見が多数あり、法案は可決された。
そして、不健康行動を取り締まる“健康警察”が設置された。
この活動は次第に拡大し、不健康を生じる組織、企業にまで対象の取り締まりとなっていった。
クリスマスソングがなりまくる街中で一台のトラックが、外国人技能実習許可をもつ運送会社の営業所に帰ってきた
「なんでボクタチ、こんなことを、やらないといけないのか」
運転席で浅黒い肌の若者はため息をつく。となりの青年も大きな黒い目で哀し気に言う。
「トラックのウンテンのギノウっていっても、ボクの国にはこんな大きなトラックはウンテンしないとおもうのに。ウンテンじゃなくて、どうやって荷物を運ぶ会社を作るかを知りたいのになあ」
薄い作業着の下は半そでシャツという二人は寒さに震えながら、車を降りた。重い足取りで二人は営業所のドアを開けると、中では社長が
「おいおい、遅いぞ、まだ配送する荷物は山ほどあるんだ!」
と帰ってきたばかりの二人を怒鳴りつけた。社長の側では専務が次の配送先の長ーいリストを二人に押し付けようとしていた。
「社長さん、ボクラもう疲れました、道ゼンゼンわからない。ニホンの道は狭い」
「何をいう、この迷路のように狭く、一方通行だのなんだので、通りにくいニホンの道を運転するのも立派な実習だ!」
「ボクラ、そんな技能はイリマセン!お金低いし」
「寒くてビョーキになりそうです、作業着が寒いです」
故郷の島々と違い、寒すぎるニホンの冬の中、なぜ本国で使えないトラックの運転をしなければならないのか、こんなことのためにニホンの実習にきたんじゃないと不満の二人。しかも一人はせき込みだした。
「ゴホ、ゴホ。お願いデス、せめて温かい上着を」
「クリスマスには帰りタイデス」
「うるさーい!休みなんかやれるか!風邪なんかひいたふりしても駄目だぞ!健保は使わせ…」
ドッカーン!
社長が言い終わらないうちにドアが破られ、赤いサンタの衣装を着た一団が乗り込んできた。
「健康警察だ!違法就労に、健康保険禁止の違法行為で逮捕する!」
「御用だ!我々はこの地区の健康警察の違法技能実習撲滅隊だ!」
「純朴な外国の青少年を騙してクリスマスプレゼントを配送させるとは、夢の贈り物がぶち壊しだ!」
とサンタ服に似合わぬゴツイ体格の隊員たちが社長と専務を取り囲む。
「ひ、ひえええ、これは、その、あの」
「契約書を出せ!ふむふむ。やはりな。運送会社のノウハウを学んでもらうと言いながら、システムの仕組みや、顧客対応などは教えず、トラック運転手として技能実習生をこきつかっていたのか」
「で、でも他の会社でも、やってますよお」
「そんなの言い訳になるか!他でやろうと違法は違法だ!そのセリフは貴様のところで10社目だだぞ!」
「え、そんなに捕まったんですか、ってその」
言いよどむ社長に、苦い顔で違法技能実習撲滅隊の隊長が言う。
「我々の部隊だけでもその数だ。この歳末取り締まりは全国規模で行われているからな、実際は何十、いや何百になるかもしれん。今年中、いやクリスマス前までに違法技能実習をやっている奴らをなんとかせねばならんのだ、来年から出国税がかかるしな。少なくとも旧正月までに違法技能実習をやる会社、組織、個人事業は撲滅だ」
「歳末とはいえ、なぜそんなに取り締まりを強化してらっしゃるんで」
「彼らの祝日!キリスト教徒はクリスマス、中国の人は旧正月、他、少なくとも年末までに無事に国に返せとの相手国からの警告だ」
「け、警告って」
「ニホンの技能実習の名を借りた違法奴隷労働にカッコクレン(註:この世界の国連)や諸外国も怒り心頭、しかも彼らの健康が損なわれたら、健康国家を目指す我が国の評判はガタ落ちになると言われておる。早急に対策を取らねばならんのだ」
「そ、そんな、じゃ配送は誰が」
「決まってる、お前たちだ」
社長と専務はキョトンとする。実習生たちも状況の激変に目を白黒させている。
隊員たちは実習生たちの作業着を素早く脱がせ半そでのシャツの上に厚手のカーディガンに、ダウンの上下を着せた。
「あったかーデス」
「コレガ防寒着というものデスカ、ホット、ホット」
「君たち服だけではないぞ、おい、その金庫を開けろ」
と、健康警察隊長は、社長に命じて会社の金庫を開けさせた。
「ふむ、やはりパスポートはここにあったか。で、彼らの勤務時間と日数は」
隊員の一人が勤務表をみながら、かれらの給与を即座に計算した。
「隊長、二人ともこれほどで」
「ふむふむ、それに帰国の旅費とボーナスを足して」
隊長が言うそばから、金庫にあった紙幣を隊員が取り出して数え始めた。隊長のつげる金額を封筒にいれ
「君たちの給与、ボーナス、帰国の旅費だ」
「ホントにお金もらえるんデスカ!これでクリスマスに家族に会エマス!」
「仕事終わるまで給与アズカリデ、国にも帰れないと思ってイタノニ」
実習生たちは有頂天。逆に社長らは怒り心頭。
「勝手に給与支給なんて、そんな権限はないはずだ!」
「ほら、よくみろ、この逮捕状、“技能実習制度違反者が実習生に対し給与の遅延、帰国を強制的に禁止などの違反があった場合、逮捕にあたった隊員が違反者に代わり適切な給与支払いなどの業務を代行できる”とあるだろう。お前たちが給与を払わず休暇も与えず、次々実習生を病気にさせ、自殺に追い込む非道を行うからだ、まったく。お前らのような酷い社長がいるせいで実習生たちが次々倒れていき行政措置が追い付かない。だから、こういう強硬措置をせざるを得ないのだ、自業自得だ」
「そ、そんな、私は社長なのにいい」
「技能実習制度を悪用し、未来のある外国の青少年を心身ともに不健康にして何が社長だ!運送業他の営業許可は年明けに取り消し、廃業は免れないぞ」
「しゃ、社長は今年までですかあ」
とがっくり肩を落とす社長。対して専務は
「あ、あの私は社長に言われただけで」
「嘘をつくな!お前は給与遅延に違法労働をさせたブラック企業の役員だったろう、その情報もこっちに上がっている」
「ま、まさか」
「うまく会社をたたんで次に逃げられたと思っているだろうが、そうはいかんぞ。前の会社の社長がベラベラとしゃべってくれたからな。過労による健康被害、うつ病など精神疾患の被害を生じさせた罪はきっちり償わせてやる」
「あのバカ、俺がやり方を教えてやったのに、畜生」
「やはりか。違法技能実習もお前が要らぬ悪知恵をつけたんだろう」
隊長が吐き捨てるように言う。社長と専務は途端に互いを罵り責任の押し付け合いを始めた。
「お、お前の仲間が密告したんだ」
「社長、あんたこそ、“南の島の若者なんてだますの簡単だよな”なんて言ってたじゃないか」
見苦しい口喧嘩をする二人を引き離し、隊員たちは実習生から脱がした作業着を彼らに着せ、トナカイのカチューシャを頭につけさせた。社長らは驚いて
「何をするんです!」
「貴様らはトナカイ配送員として、荷物の配送を行ってもらう。いかにブラック技能実習会社とはいえ、荷物を頼んだ顧客に罪はないからな。すべての荷物を配送し終わるまで、隊員がサンタとしてお前らを見張っている。その後は取り調べだ」
「ぎょえええ」
「さあ、行くぞ、トナカイども、まだプレゼントは残っている!」
隊員の一人に引きずられ、トナカイもとい社長と専務は配送用トラックの運転席に押し込まれた。
「さて、贈り物を届けるか、ほれ発進だ」
真ん中に座るサンタ隊員に言われ、しぶしぶ車のエンジンをかけるトナカイ社長。助手席では赤い鼻をつけられたトナカイ専務が観念したのか次の配送先リストをめくっていた。
「うむ、いったか」
隊長は必要書類を箱につめ、LEDライトやプラスチックのヒイラギやリースで飾り付けられた車に運び込んだ。きらびやかなクリスマスデコレーションを施されたその車は、とても警察車両とは思えない。
「サンタさんのクルマみたいデス」
と実習生の一人が言うと
「そう、この車をみて取り締まりに来たとは思わんだろう。この時期限定の見事なカモフラージュ。我ながら良いアイデアだ」
隊長が自慢げに言うと、サンタ服の隊員たちがウンウンとうなずく。
「ソレデ、サンタさんなのですね、でも」
もう一人の実習生がポケットから白いつけヒゲを取り出し、隊長の顔につけた。
「やっぱりサンタは白いヒゲね」
「おお、ありがとう」
「家族のためサンタになりたくて買いマシタ、でもアゲマス。家族にはこのお金で別のプレゼント買いマス」
もらったばかりの給与袋を嬉しそうに掲げる青年。ヒゲをつけた隊長は目を細め
「ありがとう、無事に家族のもとに帰るんだよ」
実習生に礼を言った。隊員の一人が隊長に耳打ちする。
「隊長、次は入管施設での難民などの外国人虐待疑惑の件が」
「うむ、まだまだ我々の仕事は終わらんか。それではこれで失礼する」
隊長以下残りの隊員がクリスマス仕様の車両に乗り込む。
「では、君たち、ちと早いがメリークリスマス、気を付けて帰国するんだよ」
「メリークリスマス、サンタさんたち、お仕事頑張ってクダサーイ」
手をふる実習生たちに見送られ、健康警察違法技能実習撲滅隊の隊員たちは次の現場に向かった。
季節に合わせ、サンタ?とトナカイを登場させてみましたが、いかがだったでしょうか。