潜入
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馬車に乗せてもらった後、綾一は女の子にこれまで浮かんだ疑問を立て続けに訪ねていた。
とにかく今必要なのは情報であり、自分がほしい情報はこの子が持っているはず。
そんな思いを胸に、藁にもすがる思いで彼女に矢継ぎ早に質問をした。
彼女は最初訝しんだが、訳ありの理由――記憶喪失ということにした――を伝えると、嫌な顔ひとつせず質問に答えてくれた。
まず聞いたのが場所に関する話だった。
まず分かったのは、今いる場所、ここが「ミナクルト大陸」と呼ばれる場所ということだ。
かつて大陸を襲った大災厄を収めたとされる伝説の英雄、その名を冠していると伝えられているらしく、学校の授業でも必ず習う、と教えてくれた。
そして今から入る街が「トリム」と呼ばれる場所で、規模としては都市の部類に入るということ。
人口は1万人ほどで、酒場や教会、病院や学校もあり、様々な種族が一緒に暮らしているらしい。
猫耳についても聞いてみたが、コスプレなどではなく自分の耳だということだ。
「都市に住んでる種族だと、やっぱり人間が一番多いかな」
彼女――名前をエルナ = リッヒといった――はそう言うと、身振り手振りを使って説明を続ける。
「トリムはそんな大きな都市じゃないんだけど、ある程度の施設は整ってるから住みやすいし、治安も他の都市と比べていい方だから、住むんだったらおすすめの場所だよ」
「なるほど……他にも都市はあるの?」
「あるよー。ここよりも大きな都市もいくつかあるけど、一番大きい都市といえばやっぱりガーディナーだね。あそこに行けば手に入らないものはない、って言われるくらいたくさんの人とモノがあるらしいよ」
らしい、という言葉が引っかかった。
「らしい、ってことは、エルナは行ったことないの?」
「うん。見ての通り私は獣人なんだけど、生まれた場所はすっごく小さな村で、しばらくはその村で暮らしてたんだけど、村が龍に襲われて無くなっちゃったんだ。それで住む場所を探して、たどり着いたのがトリムだったの。だから他の都市のことは聞いただけで実際に見たことはないんだ」
「そんなことが……」
綾一は言葉に詰まった。都市の話を聞いたつもりが、ヘビーな生い立ちの話をさせてしまったことに後悔の念を覚えたからだ。
「嫌なこと言わせちゃったよね、ごめん」
「あはは、気にしないで。元々おっきくなったら村を出ることは考えてたし、それがちょっと早まっただけってだけだから」
エルナは屈託なく笑った。
「それより、他には聞きたいことはある?」
「えーっと、そうだな……」
綾一はその後も時間が許す限り、エルナに様々な質問をぶつけた。
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馬車に乗ってからしばらく経った頃、馬車が突如歩みを止めた。
「おっ、着いたみたいだね」
エルナはそう言うと、馬車から颯爽と飛び降りた。
エルナが飛び降りた方向を見ると、白いレンガ造りの小さな家が目に入った。
ここがエルナの言う診療所なのだろう。
数分ほど経って、エルナが走って戻ってきた。
「先生に事情を話してたんだ。もう入っていいよ」
エルザは言うが早いか、綾一の手を掴むと、そのまま綾一を馬車の外へ連れ出すと、そのまま診療所の中へと引っ張り込んだ。
「先生~、連れてきたよ~」
エルザは診療所の奥に向かって声を張り上げた。
診療所の中には、恐らく患者が待ち時間に使うものだと思われる木で出来たテーブルと椅子が置いてあり、周りを見回すと、ワインと思われる瓶が戸棚の中に置かれ、その側には絵画が飾られている。
小さな診療所だと思ったが、内装を見る限り意外と裕福な診療所なのだろうか、と思案していると、奥から初老の男性がのっそりと現れた。
「ようこそ。我が診療所へ」