救済
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綾一は言葉が出てこなかった。
突然背後から話しかけられたから、だけではない。
普段見かける「女の子」とは明らかに違う風貌をしてる目の前の存在に、警戒を解くことができなかったからだ。
「おーい、大丈夫?」
女の子は手を綾一の眼前で左右に振りながら語りかけてくる。
見た目は中学生くらいだが、声と動作で更に幼いように感じる。
「へっ? あ、あぁ、大丈夫」
「よかったー。君、珍しい服着てるね、どこから来たの?」
綾一は女の子からの質問に答えなかった。
正直に家のトイレから来た、なんて言おうものなら頭がおかしい人扱いは避けられない。
それに、そもそも今いる場所がどこなのかわからない以上、家の話はするだけ無駄だ。
綾一が黙っていると、女の子は質問を変えた。
「…言えない事情がある、とか?」
「あ、あぁ。まぁそんなところかな」
「ふーん、訳あり、ってやつか」
女の子はうんうんと肯きながら、こちらの状況を理解したような顔をしている。
そんな大それた理由はないが、都合がいいので黙っておくことにする。
「そうだ、ちょっと聞きたいんだけど」
「ん? 何?」
「実は、理由あってあの街のことを調べてるんだけど、このあたりのこと全然知らないんだ。君ってあの街の人?」
「そうだよ。街の中の診療所で先生の手伝いしてるんだ」
そう言う彼女の表情は地震に満ち溢れているように見えた。
医者の手伝い、いわゆる看護師というところだろう。
猫耳の看護師とはまたマニアックな、と思った。
「ちょうどよかった。あの街のこと、少し教えてくれる?」
「うーん、いいけど」
女の子は腕組みをし、首を傾けながら答える。
何か不都合があるかのようだ。
「けど?」
「ここで話するより、実際に来てもらったほうが早いよ」
それが出来ないから言っているのだが。
「それができれば苦労しないんだけどな」
「これも訳あり?」
「この格好じゃ警戒されるからね」
綾一はそう言うと、門の前に立つ2人の兵士を指さした。
「なるほど、そういうことね」
そう言うと、女の子は自分が乗ってきたであろう馬車を指さした。
「じゃあ、これに乗せてあげよう」
「馬車? これ君の?」
「そ、うちの診療所で使ってるやつ。これに乗れば街に入れるよ」
「本当? でも、馬車の中にいても兵士には見られるんじゃ?」
「大丈夫。診療所の馬車は中を見られないんだー」
「そうなの?」
「そうなのです! あと偉い人の馬車とかもそうだよ」
偉い人、という言葉は引っかかるが、何らかの特権を持っているのだろう、と綾一は理解した。
ただ一方、ある疑問が浮かび、女の子に訪ねた。
「俺はすごく嬉しいんだけど、なんでそこまでしてくれるの?」
当然の疑問だった。
出会ったばかりの男――しかも風貌が怪しく、身元不明――にここまでしてくれる理由はなにか?
「困っている人がいたら助けなさい、って先生の口癖でさ。あなた、すっごく困った顔してたから放っておけなくて」
女の子はそう言って笑った。
混じりけのない、純粋な笑い声だった。
綾一はその姿と声を聞いて、女の子を疑ったことを心の中で詫びた。
「わかった。じゃあ乗せてもらえるかな?」
「オッケー!」
そう言うと、女の子は馬車に向かって勢いよく走り出した。
降って湧いた幸運に助けられ、街に入ることが出来るようになった。
「とりあえず第一関門クリア、かな」
綾一はそう呟きながら、走っていく彼女を追いかけていった。