召喚
目の前に広がる光景に、綾一は呆気にとられていた。
木々が鬱蒼と生い茂り、吹きつける風でカサカサと音を立てている。
空を見上げると、照りつける太陽と、純白の雲が浮かんでいるのが見える。
一体、これは何なのか?
一つ前の行動を思い出してみる。
自分は家のトイレにいて、ドアノブを下げ、ドアを思いっきり開いた。
それだけだ。
なのに、目の前に広がるのは明らかに家の中とは違う光景だ。
そうか、これは夢だ。
そうに違いない。
そうでなければ説明がつかない。こんなことはありえない。
今見ている光景を夢と断定し、お決まりの動作である頬をつねろうとした、その時。
後ろからガラガラと音がするのが聞こえた。
しかもどんどん大きくなる。
何だ、と後ろを振り向くと、
「うおお、どいてくれー!」
野太い男性の声とともに、大きな馬車がとんでもない早さで近づいてきたのが見えた。
■
猛スピードで向かってきた馬車を、綾一は間一髪で避けた。
幸い、あたり一面に生い茂る草花がクッション代わりになり、身体を痛めることはなかった。
ただ一点、綾一にとって不都合なことがあった。
馬車を避けた際、「痛み」を感じたことだ。
痛みを明確に感じるということ、これはすなわち「今」が「現実」であることの証拠になる。
つまり今、目の前に広がる光景、そして向かってきた馬車は、全て現実の産物なのだ。
綾一は半ば呆れ顔で
「冗談だろ……」
と、通り過ぎていく馬車を見送りながら呟いた。
■
綾一は、自分が置かれた状況の整理を始めた。
ここはどこだ? わからない。
どうやったら家に帰れる? わからない。
目の前に広がる光景は夢じゃない? 現実だ。
整理すればするほど事態がややこしくなると考え、そこで整理することを止めた。
「……とにかく、帰る方法を見つけないと」
ふと、自分の立っている場所を見下げると、まるで荒れ地のように草木が生えていなかった。
視線を前に移してみる。
未整備の道路のような道は、先までずっと続いているようだった。
「とりあえず、歩いてみるか」
綾一はポツリと呟くと、道に沿って歩き始めた。
■
歩き始めて10分ほどで、目の前に複数の建物が見えてきた。
どうやら街のようだ。
ただし、自分の知っている「街」とは程遠い。
とりあえず、外から一旦様子を伺うことにした。
外観は、いかにも海外ドラマやゲームで見るような、中世ヨーロッパ風。
街の入口には大きな門があり、兵士とおぼしき屈強な男が2人、両端に立っているのが見える。
馬車で門に近づく人、徒歩で門に近づく人がいるが、どちらも兵士に何かを見せてから街の中に入っている。
恐らく、街に入るためには通行証のようなものが必要なのだろう。
となると、少なくとも今のままでは街に入ることは難しそうだ。