序章
壁にかけてある時計を見る。
時計の針は12時を指しており、気がつけば日付が変わっている。
「やべ、もうこんな時間かよ」
垣 綾一はそう独りごつと、PCの電源を落とし、箪笥から明日来ていくための服を出し始めた。
「明日はスーツなんで靴下とベルトと……」
1人暮らしを初めて約3年、何をするにも独り言を言うことが増えた。
誰が聞いているわけでもなく、誰が咎めるわけでもない。
準備は思っていたより早く終わり、時計の針は12時15分を指していた。
起床予定時刻は朝6時。今からなら5時間半ほど寝られそうだ。
部屋の明かりを豆電球だけにすると、そのままベットに潜り込んだ。
■
ふと、目が覚める。
手元のデジタル時計を見ると、午前4時を少し過ぎたところだった。
それと同時に、若干の尿意に襲われた。
「トイレ行くか」
寝ぼけ眼のまま、部屋から徒歩10秒のトイレへ向かった。
トイレを済ませ、レバーを手元に引く。
水の流れる音が聞こえるのと同時に、足元においてある消臭スプレーで臭い消しを行う。
あと2時間程は寝られそうだ。そう思いながらドアノブに手をかけようとした、その時。
ピピピピピピピピピピピ
突如、ドアの向こうで騒々しい音が響き渡った。
トイレのドアの側にはベランダへの出入り用のドアがある。
今の家に住み始めた3年前から、防犯のためドアアラームを設置している。
寝る前にONにしておくのが日課だったが、今日までアラームがなったことは一度もなかった。
「ど、泥棒か……?」
綾一はアラーム音で完全に目が覚め、侵入者への恐怖からドアを開けず、その場に立ち尽くしている。
数秒間、目の前で起きているであろう想定外の事態に茫然自失となっていたが、このままでは自分の身が危ない、と我に返り、この場を乗り切るための手段を考え始めた。
■
アラームが鳴り始めてから1分ほど経っただろうか、アラームが鳴り止む気配はない。
もし侵入者が物取りなら、アラームが鳴ったら逃げるか音を即座に消しているだろうから、今はおそらく侵入者はいないと考えるのが妥当だろう。
だが、もしかしたらトイレに篭っている自分を待ち構えている、そんな可能性もある。
こんな夜中に家に入ってくるやつであれば、少なからず頭がオカシイやつだし、侵入が目的ではなく家の住人を襲うのが目的の可能性もある。
そうなれば目の前のドアを開けたところをブスリ、ということもあり得る。
なら籠城する?いや無理だ。
この家で明かりがついているのはこのトイレだけ。そうなるとトイレに人がいる、と考えるのは自然なことだ。既に位置はバレてると思ったほうがいい。
籠もっても飛び出しても結果は変わらないかもしれない、それでもただ危険を待つより僅かな可能性にかけて外に出る。上手く行けば助けも呼べる。
綾一はそう結論付けると、ドアノブに手をかけ、勢いよくドアを開いた。