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白金記 - Unify the World  作者: 富士見永人
第四章「中国編」
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第九十九話「奇病」

 二〇二〇年一月。新型コロネウィルス感染症なる未知の奇病が中国武漢(ウーハン)で蔓延しはじめた。何だかお菓子を思わせる可愛らしい名前だが、症状は名前に似合わず凶悪で、重症化すると口から内臓を吐き出して死に至ることさえあるという。

 日本国は速やかに徹底的な鎖国政策を実現。鎖国前に入ってきていたウィルスは白金グループの潤沢な資金援助を受けた傘下企業が連携をとり、徹底した検査とAIにより自動化された追尾システムを用いて完璧な隔離と管理を実施、特措法による私権制限の代わりに手厚い補償と支援、違反者はバイオテロリストとして特殊収容所送りの刑に処すという飴と鞭政策によって完全に封じこめることに成功した。

 また、経済面では白金グループ巨大IT企業のバックアップによるリモートワークの推進や、ロボットの導入によるインフラの維持によって速やかに対コロネウィルス新生活を実現。日本は他国に先んじてコロネを制圧し、各国が追従。ある国は制圧に成功し、またある国は失敗し、感染の拡大に苦しんでいた。

 ヒヅル姉さんが国策で推し進めた一次産業支援、殊に和食回帰による食料自給率百パーセント超えと、白金グループ主導のもとに成功したメタンハイドレート革命、そしてもはや日本の経済圏の半分近くを取りこんだ白金グループ経済圏による円の循環で、日本は完全に内需のみで経済を回すことに成功した(外国人観光客によるインバウンドなど必要ない!)。また、白金グループ傘下の製薬企業イマニティ社によるワクチンの開発も進められており、他国に先んじて開発成功した暁には各国に輸出され、白金グループはさらなる巨万の富を手に入れることだろう!

 いやはや、実に圧倒的じゃないか、我がグループは。それもこれもヒヅル姉さんの完璧な指導と、彼女に絶対の忠誠を誓ったエリート集団の結束の賜物である。そう、国家運営の成否は完全なる指導者に導かれしエリート層が権力を掌握できるかにかかっており、七年前のクーデターの成功こそが、日本をふたたび世界一の大国に押し上げることを可能としたのだ。全人類が平和で豊かに暮らせる〈完全世界〉の実現が、現実味を帯びてきた。コロネの鎮圧に成功した我が国が、経済においては僅差だった中国に差をつけ始め、コロネの感染爆発による経済的失速と政治的混乱の渦中にあるアメリカを追い抜くのも時間の問題だ。とはいえ、外交では経済力よりも軍事力が物を言うため、少なくとも〈米の春作戦《オペレーション・スプリング》〉が成功するまでは、中国やロシアとの三国同盟を維持しなければならない。

 新型コロネウィルスの震源地は中国の武漢(ウーハン)だと言われているが、その原因についてははっきりとはわかっていない。ウィルスの突然変異だという自然発生説、中国による生物兵器説、中国の生物兵器に見せかけた米軍の陰謀説に加え、いち早くコロネウィルス封じに成功した日本の秘密工作説まで存在する。これに加え日本版CIAともいえる国家統合情報局、すなわち白金機関内ではヘリオス殊にブラックメロン家が仕掛けた〈終末計画〉の序章だとする説もある。

 ブラックメロン家が極秘裏に進めている〈終末計画〉に関しては、ぼくの報告をもとにサリーを取り調べたところ、彼女の方から自発的に洗いざらい暴露したのだが、ヒヅル姉さんに洗脳された後も彼女は今回のコロネウィルス作戦については何も知らないと言っていた。姉さんの洗脳はそう簡単には解けないだろうし、もし一族を庇うために嘘をついていたとしても人間嘘発見器である姉さんの眼はごまかせないだろうから、サリーは本当に何も知らないのだろう。ハロルド一世や二世とその配下であるヘリオスの幹部だけの秘密なのかもしれない。事実ハロルド二世は先日サリーに事実上の死刑宣告をしていたので、ブラックメロン家におけるサリーの立場は弱かったのだと推察される。

 なお、公式に発表されているコロネウィルス発生の経緯は次の通りである。


 二〇一九年十二月十二日、中国湖北省武漢市において、原因不明の胃腸炎患者発生。

 二〇二〇年一月五日、武漢市衛生健康委員会から原因不明のウィルス性胃腸炎と診断された患者五十九人の報告。

 二〇二〇年一月五日、WHO(世界保健機関)は中国湖北省武漢において原因不明の胃腸炎が発生したと発表。

 二〇二〇年一月九日、WHOは前記胃腸炎患者から新種のコロネウィルスが発生したと発表。

 二〇二〇年一月十六日、神奈川県にて、武漢への渡航歴のある国内初の胃腸炎患者発生。


 アメリカのベンス大統領は新型コロネウィルスを〈中国(チャイニーズ)ウィルス〉と呼び、中国国民党(中国国家社会主義人民共和党)指導部を非難し、今回のウィルス騒動で多数の死者を出し、経済的にも大打撃を受けたヨーロッパ各国と連携して中国に巨額の賠償請求をすると意気込んでいる。そして完璧なウィルス排除を実現し、急ピッチでワクチン開発を進めている日本、特にイマニティ社の親玉である白金グループもグルだと根も葉もない偽(フェイク)ニュースを拡散している。情報戦においては基本的に声の大きい方が有利なので、日本はあくまでも被害者であり、また最先端の医療技術を持つ技術大国としてワクチン開発を成功させ、世界に貢献したい、という立場を貫いている。

 中国は世界からの批判を躱(かわ)すためにWHOに多額の寄付という名の賄賂を渡して傀儡にし、情報を操作しているが、完全に逆効果で露骨に中国の肩を持つテトロト事務局長に世界中から非難轟々、ヘリオス側の情報工作も手伝ってますます新型コロネは中国国民党の陰謀だという風説の流布に拍車をかけている。

 ただし――我々は「今回のコロネウィルス騒動の黒幕が中国国民党である」というアメリカ側の主張が真である可能性を捨てていない。中国国民党党首である習錦濤(シー・ジンタオ)の本質は世界を中華思想で染めあげんとする野心家であり、中国国内の権力掌握だけでは飽き足らず、周辺諸国にその影響力を拡大しようと目論んでいる危険な男である。現在中国が日本やロシアと三国同盟を結んでいるのは、あくまでアメリカすなわちヘリオスという共通の脅威に立ち向かうためであり、アメリカを倒した後は経済と軍事力にモノを言わせて自らが世界の支配者となるべく掌を返してくる可能性は充分考えられる。

 故に、ヒヅル姉さんは習錦濤(シー・ジンタオ)の暴走を制御するべく、ロシアのべーチン大統領も交えて先日京都にある私邸に彼らを招待し、秘密会談を実施した。

 ぼくは戦闘での後遺症が残っていたために護衛任務から外されており、また非公式の会談であったため議事録も存在しないが、姉さんと一緒に会談に参加した大嶽(おおたけ)総理に聞いた話からそのシーンをここに再現する。



 二〇二〇年四月某日。

 いつもは観光客で賑わっている大堰川(おおいがわ)の辺(ほと)りに位置する京都は嵐山の、風情あふれる古びた日本家屋。

 桜吹雪の舞うその美しい敷地――には似つかわしくない数多の警備兵が、鋭い眼つきであたりを見回しており、ただならぬ雰囲気を醸し出していた。

 この日本家屋は歴史ある旅館を姉さんが買収し改造したというお気に入りの私邸で、時折仕事の合間にリフレッシュするのに訪れていたり、大嶽(おおたけ)総理や他の政府高官、または海外からの国賓を招く迎賓館でもあった。


「皆様。今日は遠路はるばるようこそお越しくださいました。我々白金グループ一同、心よりおもてなしさせていただきますわ」


 いつもの黒スーツとは異なる金色の、椿の柄が描かれた友禅染めの着物に身を包んだヒヅル姉さんが、自ら懐石料理を乗せた盆を持ち、他の給仕を率いて現れた。

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