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白金記 - Unify the World  作者: 富士見永人
第三章「アメリカ編」
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第九十一話「全能対全能」

「貴女にぼくが殺せるかな。できるものなら、やってごらん」

 先ほどの刺客との戦いで、ぼくは自分の力に絶対の自信をつけていた。

 メンゲレ博士による改造手術のおかげで、ぼくのパワーとスピードは比べものにならないほど強化されていたのだ。相手があの〈悪魔の太陽〉だろうが、赤子の手を捻るように仕留められるという確信がある。

「何をしているのです。(ひかる)宮美(みやび)を連れて早く離脱しなさい」

『逃がさないわ』

 ういーん。がっしゃん。

 サリーの〈ブーさん〉の左腕に仕込まれた四連装のロケットランチャーが姿を現し、そのうちのひとつが火を噴いた。

 六十六ミリロケット弾が棗と宮美に向けて発射され――

 ――ようとしたところで、ヒヅルが超反応でロケットランチャーの発射口を銃撃し、暴発させた。

『きゃあ』サリーがスピーカー越しに悲鳴をあげた。

 さすがはハルバード社の最新鋭パワードスーツだけあって、〈ブーさん〉本体にはダメージはなかったようだ。

 相手は〈人工全能〉白金ヒヅル。やつは人間離れした反射神経で弾丸を(かわ)すため、銃撃戦よりも白兵戦の方がおそらく有効。戦闘において銃を使う最大のメリットとは、間合いが遠いこと、つまり遠方にいる敵に攻撃できること。これに尽きる。逆にナイフが届くような近距離では相手に狙いを定めてから引金を引くまでの時間が命取りとなる。一瞬で眼の前まで接近してきたぼくに対し、ヒヅルは銃では不利だと判断したのか、銃を捨て、ぼくの両眼に向けて素早く眼突きを繰り出した。

 ぼくは特に動じる様子もなく、ヒヅルの眼つきを避け――

 しかし、それはフェイクだった。

 ヒヅルの鋭い蹴りが、ぼくの下顎を捉える。


 がつん。


 岩にハンマーでも叩きつけたようなすさまじい音が響き渡った。

 完全に視界の外から虚を突かれたぼくの顔面が天を仰ぐ。

 ヒヅルはそのまますかさずとどめ、と、言わんばかりに、ぼくの首に右手で貫手を繰り出す。

 ぐわし。

 だが、まるで何事もなかったかのようにヒヅルに向き直ったぼくは、ヒヅルの手を鷲掴みにした。


 直後、ばきん、という音とともに、ヒヅルの右腕が、〈外れ〉た。


 馬鹿な――そう言わんばかりに、ヒヅルの眼が、大きく見開かれた。

 そしてヒヅルの腹部に埋没する、ぼくの左腕。

 いくら零秒で相手の攻撃に反応できるヒヅルでも、肝心の防御が間にあわなければ意味がない。

 ぐしゃ、と、気味の悪い音が響き渡った。

 ぼくの超人(スーパー)パンチは、まるで砲弾の如くヒヅルを吹き飛ばし、コンクリートの壁の中に埋葬した。

「ぐぶ」

 内臓が潰れてしまったのか、ヒヅルの口から赤い血の滝がどろりとこぼれ落ちた。

「何だ。お前、ロボットだったのか」

 ねじり切ったヒヅルの無骨な金属製の手を眺めながら、ぼくは無表情のままそう呟いた。

「うわああ」棗がこの世の終わりとでもいうような悲鳴をあげた。

『はは。あはははは。すごいわ。素晴らしいわ。パエトン。あのヒヅルを、いとも簡単に仕留めるなんて。最高傑作の〈人工全能〉を。やはりメンゲレ博士に改造手術を受けさせて正解だったわ。私のパエトンは、もはや人類最強よ。今日は何と素晴らしい日なのでしょう。るんるん』サリーがブーさんの中で歓喜していた。

 ――そんな中、ぼくはヒヅルがその真っ赤に染まった口で、ぼそぼそと何かを呟いているのを見逃さなかった。

「まだだ」

 ぼくはヒヅルにとどめを刺すべく、〈聖天使の接吻(エンジェル・キッス)〉の銃口をすばやく向け――

 ぴいー。


 引金を絞ろうとしたぼくの右手が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「何」

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 だがすぐにじわじわと襲いかかる激痛と、消失したぼくの右手が、ぼくの意識を現実へと無理矢理引きずり戻した。

 右腕を切り落とされた!

 馬鹿な。周囲には誰もいなかったはず――

「強くなりましたね。ヒデル。ですが、あなたはまだ若い。この私が、本気であなたと一対一の決闘を望んだと思いましたか。その考えの甘さが、あなたの命取りです」

 突如何もないところからレーザーで撃たれるなんて、ファンタジー小説じゃあるまいし、そんなことがあるはずもない。

 眼を精いっぱい凝らすと、ヒヅルの周囲の景色が、かすかに歪んでいた。

 あまりにも微細すぎて、常人ならまったくわからないだろう。

 おそらく、敵の光学迷彩ドローンだ。

 白金機関には天才と謳われたドローン開発者がいると聞く。一台や二台なら対処はできたかもしれないが、ぼくとヒヅルの周りには少なくとも十台以上舞っているようだ。

 完全に包囲されている。

 ぼくは、あの〈悪魔の太陽〉を圧倒するほどの力に酔いしれた結果、悪魔の張っていた罠に気づかずに、まんまと飛びこんでしまったのだ!

 形勢逆転。この状況では勝ち目は薄い。

 悪魔(ヒヅル)の囁きが、耳に入った。

「気づきましたか。私の罠に。あなたの腕を切り落とした者の正体に。ならば、わかるはずです。あなたに勝ち目はないと。おとなしく投降するならば、命はとりません。あなたは我が同胞を殺しましたが、ヘリオスやブラックメロン家の情報次第では、減刑に応じましょう」

「貴様らに仲間を、サリーを売れ、というのか」

 ぼくは今、サリーの騎士だ。

 ヒヅルを倒せないのならば、せめてサリーが逃げる時間を、稼がなくてはならない!

「逃げろサリー!」

 玉砕上等。

 電光石火の速さで、ヒヅルの懐に飛びこむ。

 ヒヅルは表情を変えることなく黄金のデザートイーグルをぼくに向け、引金を絞った。

 あまりにも近距離だったため、そして勢いがつきすぎていたため、ぼくは足や腹に銃弾を受けてしまった。

「ぐげ」

 口から生温かくてどろどろとした、胃液と血液とその他もろもろの体液やら内臓やら何やらの混合物が、噴き出た。

 ぼとり。

 ぼくの左手が、地面に落下した。

 光学迷彩ドローンの放った無数のレーザーのひとつが、ぼくに残されたもう一本の腕を、切断したのだ。

 アドレナリンが大量に分泌されていたせいか、痛みはほとんど感じなかった。

 ぼくは両腕を失ってもなお、死を覚悟してヒヅルに体当たりを敢行する!

 改造手術を受けて大幅に強化された、人類をはるかに超越したぼくの動きにヒヅルはついてこれなかったのか、ぼくの全身全霊のタックルをまともに受け、地面に倒れこんだ。

 先端の消失した両腕で力いっぱい、ヒヅルの腰を絞めつける。

 ぎしぎし、と、彼女の骨が軋む音が聞こえ、ヒヅルの顔が苦悶に歪む。

 絶対に放さない。

 ぼくがこのままヒヅルにしがみついていれば、ドローンは迂闊に攻撃できないはずだ。

 あわよくば、こいつを人質にして……

 だがヒヅルは先ほどの刺客が使っていたものと同じ炎の剣の柄部分を取り出し、ぼくの顎に突きつけた。彼女が柄にあるボタンをひと押しすれば、高温の炎の剣がぼくの脳髄を破壊する。

「無駄な抵抗はおやめなさい。もはやあなたに、勝ち目はありません」

 抑揚のない声でそう言い放ったヒヅルの眼は、恐ろしいほどに冷たかった。

 ぼくが降伏しなければ、ヒヅルはこのまま容赦なくぼくの頭を焼き尽くすだろう。

 そんな極限の状況で、ぼくの頭の中にあったのは、サリーは無事に逃げられたのか、ということだけだった。

 しかしそんなぼくの悲願も虚しく、サリーは〈ブーさん〉の中に籠もったまま、不気味なほど沈静を保っていた。パワードスーツでヒヅルを殺す隙を伺っているのかもしれない。

「サリー! 今だ! ぼくごと、ヒヅルを撃て」

 と、叫ぼうかと思ったが、まだ白金機関の殺し屋がそのへんにいるかもしれないし、敵がどんな秘密兵器を持っているかもわからなかった。何よりぼくがこんな状態になってしまった以上、サリーの命を最優先に考えれば、ここは逃げてもらうしかない。

 メンゲレ博士に改造されたとはいえ、ぼくの力を信頼して自らの護衛を任せてくれた、言うなれば命を預けてくれたサリーに対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 いっそぼくの体内に爆弾でも仕掛けられていたなら、このままヒヅルと心中してやるのに!

「もうやめて」

 拡声器越しではない、サリーの生の声が、ぼくの耳に届いた。


 サリーはあろうことか、パワードスーツから降り、両手を上げて、こちらにゆっくりと歩み寄ってきたのだ。


「おとなしく降伏するわ。ヘリオスやブラックメロンのことも、私が知っている限りのことをお話しします。だから、殺さないで。パエトンを助けて」

 ぼくは耳を疑った。

 全身の力が抜け、ぼくは血の海の中に沈みこみ、そのまま動けなくなってしまった。

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