第八十話「光」
衛兵たちがじりじりと間合いを詰めていく中、先手を打ったのは白金ヒヅルであった。
二挺の黄金のデザートイーグルが放った弾丸によって、最も接近していた衛兵ふたりの頭が爆ぜ、グロテスクな土留色の脳漿が、蒼き絨毯に黒っぽい染みを描いた。
ヒヅルの護衛ふたりも次々と発砲し、穏やかな平和のための会談は、銃弾飛び交う屍山血河の地獄と化した。
ぼくは漆黒のデザートイーグルを連射し、弾幕を張りながら、サリーを出口付近まで誘導した。
こちらは十五人と数で圧倒しているにも関わらず、ヒヅルとふたりの護衛はまったく負傷することなく、衛兵たちを一方的に屠っていく。この護衛ふたりも、おそらくヘリオスの精鋭部隊ラブアンドピースと同等か、それ以上の実力を誇る歴戦の兵たちだろう。
麗那のグロック18から放たれた三発の弾丸のうち一発が、カマキリ顔の護衛の男、その左大腿に命中した。
しかし疳高い金属音と火花が出ただけで、《カマキリ》はけろっとした顔で反撃してきた。たぶん全身に防弾アーマーでも着こんでいるのだろう。
「理事長。ヒヅルは危険です。万一のことも考え、避難を」麗那がサリーに言った。
「村正たちが危ないわ。麗那、《アレ》を使うわよ」
「《アレ》はまだ試作段階ですよ。ここで使うのは危険です」麗那の顔色が変わった。
「私なら使いこなせるわ。こういう時に使わなくてどうするのよ。皆で生き延びて、パーティでも開きましょ。いいから先導しなさい、麗那。命令よ」
サリーが有無を言わさぬ調子でそう言うと、麗那は「わかりました」とため息をつき、サリーを連れて出口へと向かった。
「部下を楯にして自分だけ逃げるとは、指導者失格」
ヒヅルがいつの間にか周囲の衛兵たちを皆殺しにし、サリーを狩るべく疾駆していた。
「させるか」
どかん、と、大砲のような爆発音とともにぼくの愛銃、その長大な十インチバレルから、拳銃としては最大級の十二・七ミリ弾が、発射された。
が、ヒヅルはぼくが引金を引くと同時に身を仰け反らせ、弾丸を躱した。
この女、ぼくと同じだ。
相手が発砲してから弾道を見切り、避けている。
あまりに人間離れした反射神経と、身体能力の高さ。
並の兵士はおろか、ラブアンドピースの猛者でも勝ち目は薄いだろう。
「どうやら、完全にサリーに毒されてしまったようですね。ヒデル。しかし、無駄な抵抗はお止めなさい。あなたは、私とともに歩む運命なのです」
ヒヅルがぼくに向けて、歪で獰猛かつ邪悪な笑みを、浮かべた。
裏社会での《悪魔の太陽》なる二つ名に相応しい、そんな顔であった。
「死ねクソババア」
村正がヒヅルの背後からMP5をフルオートで発砲したが、これもヒヅルは超反応であっさりと躱してしまった。
「助太刀するぜ。パエトン」村正が言った。
「そりゃ心強い」
ぼくたちのそんなやりとりを見て、ヒヅルは村正に無機質で冷たい視線を送った。
「村正。私の第一目的は、ヒデルを連れて帰ること。ヒデルを差し出せば、命だけは助けて差しあげましょう」ヒヅルが好戦的な笑顔で威圧的にそう言った。
「何上から目線でほざいてんだババア。パエトンはもう俺たちの仲間だぜ。いつまでお姉ちゃん面してんだよ。いい加減弟離れしろ、ブラコンババア」
「ほゝゝ。よろしい。ならば《粛清》を完了するまで」
村正のMP5がばらまく無数の九ミリパラベラム弾も、ぼくの漆黒のデザートイーグルの放つ十二・七ミリ弾も、ヒヅルには通用しなかった。
人間離れした、まるで弾丸すべての動きを把握しているかのような動きで、避けられてしまうのだ。
蝶のように舞う、という表現があるが、今の彼女は音速で飛翔する蝶という感じである。
「くそ。この化物が」村正が歯を剥いた。
弾倉は、空。
重厚なキャビネットの裏に身を隠し、予備の弾倉を補給しようとしている村正を、ヒヅルは容赦なく殺しにかかる。
ぼくが止めなければ。
「うおお」
ぼくは咆哮し、連続で引金を引きながらヒヅルに突撃した。
「愚か」
ヒヅルはぼくの突撃を予め知っていたように余裕で銃弾を回避し、直後《村正に視線を向けたまま》、片方のデザートイーグルをぼくにむけ、一度だけ銃の引金を絞った。
ぼくの右手を、車に跳ねられたようなすさまじい衝撃が、襲った。
あろうことか、ヒヅルの発射した弾丸は、ぼくの漆黒のデザートイーグルに正確に命中し、明後日の方向へと、弾き飛ばしてしまったのだ。
引金にかけられていた人差し指が、真横にねじ曲げられていた。
直後やってくる激痛に、ぼくは思わずぐうと呻いた。指の骨が折れてしまったようだ。
あの体勢から、距離から、ぼくを見ずに、銃に正確に当ててくるなんて。
どうやらぼくの姉は、人智を超えた怪物のようだった。
こんなやつに勝てっこない。
何人束になってかかったところで無意味だ。
死ぬ。殺される。
ぼくが絶望の淵に追いやられていると、突如入口の扉が派手な音を立てて破られ、崩壊した。
壊れた入口から現れたのは、一匹の《熊》だった。
体長ゆうに四メートル。
最大級のグリズリーよりもはるかに大きなそれは、四つん這いの姿勢でじっとこちらを眺めていた。
何より眼を引いたのが、明らかに体格に不釣りあいな小ぶりの赤いTシャツ……
まるで、某児童小説の人気キャラクターである。
『おまたせー』
拡声器越しにノイズ混じりのふわふわした……そう、サリーの声が、聞こえてきた。
すかさずカマキリ顔の男が《熊》の顔面に向かって発砲したが、がつんがつんという金属音と火花が散っただけで、効果はないようだった。
ぱぱぱぱ。
熊の右肩から突如現れた大口径の機銃が火を噴き、カマキリ男の身体を防弾アーマーごと引き裂いた。
「パワードスーツ、ですか」
ヒヅルの顔から余裕の笑みが消えた。
『そうよー』サリーがパワードスーツの中から言った。『いくらあなたが化物じみた強さでも、この完全防弾、ハルバード社製の最新鋭パワードスーツ、《熊のブーさん》が相手じゃ分が悪いでしょ。銃を捨てて、おとなしく降伏なさいな。そうすれば、命は助けてあげる』
「何をしているのです。増援はまだですか」
サリーの慈悲深き降伏勧告を無視し、ヒヅルは耳に手を当て、別行動中であろう仲間に無線で連絡をとっていた。
『あー。あなたのお仲間は蹴散らしておいたわ。光学迷彩スーツを着せて潜伏させてたみたいだけれど、《ブーさん》の熱探知カメラの前では無意味だったわねー。きゃはは』
サリーが得意げにそう言ってのけると、ヒヅルは顔をわずかに顰めた。
『戦死か降伏か?』
サリーの問いに対するヒヅルの答えは、左右両の手から発射された、計二発の銃弾だった。
その正確無比な射撃は、絶賛慢心中であったサリーの《ブーさん》の両眼、すなわちカメラに命中した。
『あら、すごいわね。カメラが使えなくなっちゃった。きゃはは』
「おい。何油断してんだ理事長。いいからさっさと逃げろ」
村正が、いつのまにか《ブーさん》の背後まで移動していたヒヅルに対し、MP5を発砲した。しかしヒヅルはやはり村正の弾道をすべて見切り、ハリウッドスター顔負けの俊敏かつアクロバットな動きで全弾を回避した。
『予備のカメラくらいあるわよ。心配性ね』
村正の銃撃に加え、さらに《ブーさん》が破壊した入口から現れた麗那が、両手に持ったグロック18でヒヅルに襲いかかった。
息のあった麗那と村正の連携攻撃によって、さしものヒヅルも被弾には至らずとも防戦を強いられた。
ヒヅルが《カピパラ》に言った。
「ナンシー。高神麗那の足止めをお願いできますか。手強い相手です。仕留められなくても構いませんので、とにかく彼女を引きつけてください。残りは私が何とかします。隙を見てヒデルを捕らえ、離脱しますよ」
「御意」
ぼくと村正とサリー(の乗った《ブーさん》)を同時に相手にするというヒヅルの無茶な提案を《カピパラ》ことナンシーはあっさり受け入れ、麗那に向かって突撃した。
どすどすどすどす、と、重厚な音を響かせながら間合いを詰めるナンシーの顔面に、麗那がグロック18をフルオートで三発ほど発射した。
しかしナンシーも《カマキリ》同様防弾アーマーで武装しているのか、剥き出しの顔面を守るように両前腕を楯にし、がつんがつんと火花を散らして銃弾を弾き飛ばした。
『麗那。下がりなさい。私が殺るわ』
サリーの《ブーさん》の右肩に仕込まれた機銃が、ナンシーに照準を合わせた。
刹那、ものすごい勢いで飛びこんできたヒヅルが、機銃の銃身を蹴飛ばした。
完全に明後日の方向――否、村正の方へと向けられた機銃は、そのまま咆哮した。
ぱぱぱぱ。
鋼鉄の防弾アーマーをも破壊する大口径の銃弾が、村正に襲いかかった。
「うおお」
村正は慌てて身を低くし、食卓の陰に向かってヘッドスライディングした。
「ナイス・スライディング。ほゝゝ」なりふり構わず必死に銃弾を避けた村正を、ヒヅルが意地の悪い笑みを浮かべて指さし、嗤った。
「ババア。やりやがったな、こら」
憎悪と憤怒に眼をぎらつかせ、村正が吼えた。
「落ちつけ馬鹿たれ。あからさまな挑発に乗るな」
麗那がナンシーと白兵戦を繰り広げながら、鋭い声で村正を諌めた。
「すまねえ。姉御」村正は麗那のひと声で幾分冷静さを取り戻したようだった。
『やってくれるじゃないの。おばさん』危うく村正を誤射して殺すところだったサリーは、憎々しげにヒヅルに言った。
「レディに向かって失礼ですよ。ぷんすか」ヒヅルがわざとらしくほっぺたをふくらませた。
『パエトン、村正。ヒヅルを足止めしなさい』
サリーの指示に応じ、ぼくは殺された兵士の死体からMP5を奪い、左手のみでヒヅルに九ミリパラベラム弾のシャワーを発射した。
ぼくの攻撃に合わせ、村正もヒヅルの逃げ場を奪うように、MP5で援護射撃する。
だが、ヒヅルはまるで背中にも眼がついているかの如くすべての弾道を見切り、衛兵やかつての己の護衛の死体をも楯として利用し、ぼくと村正の二重攻撃を回避した。
二挺のデザートイーグルを自在に操るヒヅルは、ぼくと村正を同時かつ正確に狙い、反撃してくる。相手を見ずに正確に銃撃してくるヒヅルの妙技に先ほどは虚を突かれたが、今度はそうはいかない。同じ手は通用しないんだよ。
『パエトン。村正。ヒヅルから離れなさい』
サリーの声に、ぼくと村正はびくりと反応し、急いで後退し、距離を開けた。
『《マジカル・ミラクル・オラクル・ビーム》!』
サリーが長ったらしいメルヘンチックな必殺技名を叫ぶと、《ブーさん》の口が大きく裂け、まるで鰐の如く上下に開いた。
そして、口内が眩く光り――
現れたのは、直径二メートルを超す、巨大な光の筋。
恐ろしく巨大なレーザー兵器が、すさまじい轟音と光で、サリー自身の部屋の壁すべてを薙ぎ払った。
新しくできた巨大な《窓》の向こうには、サリー邸の敷地の広大かつ美しい庭園、そのさらに向こうにはニューヨークの高層ビル群が見えていた。
ヒヅルの姿が、どこにも見えなかった。
あの悪魔のような強さを誇っていたヒヅルを、一瞬で丸ごと、消し去ってしまった。
そうだ。ヒヅルがいくら超人であろうと、あんなものを受けて、生存できるはずがない。
「おい、俺たちまで殺す気か」
瓦礫の中から生還した地獄谷が叫んだ。
『ごめんねえ。ちょっと予想してたよりすごかったわ』可愛らしい仕草で熊の着ぐるみが自分の頭を小突いた。




