第七十五話「聖戦士」
ぼくの名は、パエトン。愛と正義の組織ヘリオスの一員として、自由と民主主義のリーダーたる我らがアメリカに害をなす悪党どもに天誅を下すべく日夜活動している聖戦士だ。悪の組織白金機関の世界征服の野望を食い止めるため、ぼくはまずアメリカ国内に巣食った売国奴どもを一掃することとなった。敵は何も国外だけに限らず、二年前のアメリカ大統領選でライバルのヒラリー・クラプトンに僅差で勝利したプラトン大統領とその側近たちには、白金機関と共謀して選挙で不正を働いたのではないか、という疑いがかけられている。いわゆる《白金疑惑》だ。マスコミが連日報道しているが、決定的な証拠を得るには至っておらず、プラトン大統領もそれを見越してか、ツイスターなどのSNSで「フェイクニュースだ!」と反論している。今まではFBIが《白金疑惑》の捜査を担当していたのだが、プラトンが大統領権限を濫用して当時のFBI長官だったジェイコブ・コーミー氏を解任してしまった。後任の長官はプラトンの傀儡で、事実上FBIはプラトンに掌握されてしまった以上、ぼくたちヘリオスの出番というわけだ。サリーの財団ミラクル・オラクルが独自に行った調査により、プラトンが白金機関と関わっていた証拠の音声を入手することに成功した。
「天誅! ぼくの眼の黒いうちは、悪がこの世界で息をすることは許さない!」
今日もぼくの漆黒の愛銃デザートイーグル(十インチバレル)が火を噴き、放たれし正義の十二・七ミリ弾が、アメリカに巣食う売国奴、すなわち白金機関工作員およびその協力者の脳髄を抉り、地面に華麗なる紅き柘榴の花を咲かせた。
「やるじゃねーか、パエトン」
ヘリオスに入ってから何かにつけてぼくに因縁をつけてきたこの男、地獄谷村正も、共に任務を成功させていくにつれてぼくの実力を認めつつあるようだった。
「む」
ぼくの十二・七ミリ弾に胸を貫かれ斃れたはずの敵が、最後の力を振り絞って、地に落ちた拳銃に手を伸ばしていた――その時。
敵の頭部が、下顎だけを残して木っ端微塵に弾け飛んだ。
『おい、男ども。油断してるんじゃない』
低く鋭い女性の声が、無線機越しに聴こえてきた。地獄谷と長年背中を預けて戦ってきたという相棒、秘密結社ヘリオスの特殊部隊ラブアンドピースに所属するクローディア・クロウである(金髪碧眼の美人で、一度ぼくの爽やか美男子微笑で口説き落とそうと試みたが、冷たくあしらわれた。後で知ったことだが、どうやら村正のやつとデキてるらしい)。
「上手く味方を装ったな。パエトン。俺たちじゃ、ああはいかなかった」
村正にそう言われ、ぼくはどや顔でうむと頷いた。ぼくの天性の演技を見破れる人間などヘリオスでも滅多にいないだろうが、今回の敵はぼくをまるで旧知の仲であるかのように接してきた。白金機関にぼくとよく似たエージェントがいるのか……そういえば白金機関総帥白金ヒヅルはぼくの姉だとサリーが言っていたから、ぼくが総帥様の御家族であると勘違いしたのかもしれない。
「とりあえず、これでリストの敵は全員始末した。今日はぱーっと、七面鳥でお祝いでもしようや。《姉御》の奢りで」
白金機関工作員およびその協力者を殺したのは、これで十七人目。やつらは思った以上にアメリカ政治の中枢部分にまで食いこんでいた。現在のブラックメロン家を頂点とするヘリオスの支配体制に不満を持つ政治家やメディアを次々と買収し、ユダヤ・ロビー、チャイナ・ロビーに続く第三の勢力、《ジャパン・ロビー》を築きつつある。やつらは現に二〇一六年の大統領選で我らヘリオスの同志であるヒラリー・クラプトンを引きずりおろし、プラトン大統領を誕生させてしまった。このままではいずれアメリカの政治を乗っ取られ、我らヘリオスは日本を奪われたように、アメリカの支配権をも奪われてしまう。そうなれば、やつらは世界征服の野望を実現するためにアメリカの力を利用し、第三次世界大戦を引き起こすであろう! 白金機関の総帥白金ヒヅルは、目的のためには手段を選ばぬ残虐な女だと聞く。世界の平和のためにも、まずはアメリカから白金機関の尖兵どもを追い出し、さらにはやつらの独裁体制と化したごりごりの監視国家日本を正義の武力侵攻によって解放し! ふたたびヘリオスの傘下に治め、自由と民主主義を齎すのだ。白金ヒヅルの家畜として日々搾取されている一億二千万の奴隷たちも、我らヘリオスを歓迎してくれるであろう。アメリカと日本は長年同盟国として世界の平和と繁栄に貢献してきた。それを白金ヒヅルと不愉快な仲間たちが、全部台無しにしやがったのだ! 白金機関の理想は、世界の国境をなくして白金ヒヅルを頂点とする全世界独裁国家を築くことだそうだが(もっともやつらはそれを《完全世界》などと呼んでいる)、そんな国家はいずれ革命によって打倒される。独裁国家が長年栄えた例はないし、世界各地で反乱が起こり、多数の犠牲者が出るであろう。そしてすぐにいくつかの国にふたたび分裂し、元の木阿弥どころか世界はより一層荒廃する。とどのつまり、やつらは自分たちの野望に溺れ、世界を地獄の業火の中にたたきこもうとしているのだ。愛と正義と平和の聖戦士たるぼくたちヘリオスは、何としてでもそれを止めなければならない!
ニューヨークのセレブ御用達高級レストランとして有名なセブン・マディソン・パークを貸切り、ぼくたちは任務成功の祝賀会を開いていた。
「今日は私の奢りだ。好きなだけ飲んで食え」
紅くエレガントなドレスに身を包んだ《姉御》ことぼくの上司の高神麗那は、無骨な金属製の義手である左手のナイフをうまく操り、極上牛フィレ肉の上に乗ったフォアグラを捌いた。
現アメリカ中央情報局対日本諜報部の長であり、秘密結社ヘリオスの幹部でもある麗那は、四年以上前に村正たちを率いて日本の支配権を賭け、白金ヒヅルと戦ったことがあるらしい。そして日本は白金ヒヅルの手中に堕ち、麗那は敗れ、左腕を失った。彼女は昔のぼくや白金ヒヅルについてもよく知っていた。麗那曰く、ぼくと白金ヒヅルは日本で極秘に行われた国家プロジェクト《人工全能計画》によって遺伝子を改良され生みだされた人造人間であり、知能や身体能力が常人よりもはるかに優れているという。先天性色素欠乏症のように白い肌や髪もその証らしい。昔のぼくは過激思想に染まったヤンチャな少年だったと面白げに語っていた。そうなのか。
「実はな、姉御」
ワイルドターキー十七年(水割り)をくいと飲み干した村正が、頰をほんのり赤くして隣に座っていたクローディアの肩を掴んだ。
「俺たち、結婚する」
村正の突然の入籍宣言に、普段は機械の如く冷徹なクローディアも顔を紅潮させた。
「ばか。こんなところで」
「んだよ。こういう時だからこそ言うんだろ」
慌てふためくクローディアの唇にそっと口づけする村正。「愛してるぜ」
「おお」ぼくは思わず拍手を送った。
「おめでとう。村正。クローディア。心から祝福する」麗那がまるで我が子の慶事を喜ぶように優しく温かい笑みで言った。
「ありがとよ。姉御。あんたが俺たちを拾ってくれたから、こうしてまたふたりで戦えた。あんたには、感謝してもしきれねえ。へへ」村正は照れ臭そうに笑い、眼を逸らして鼻を掻いた。「なあ、クロちゃん」そしてふたたびクローディアの肩を酔った勢いでばんばんと叩いた。
「その呼び名はやめろと言っているだろう。まったく」クローディアはため息まじりにそうぼやきながらも、照れ臭そうに麗那を横目でちら見した。「まあ、そういうこと。私も、あんたには感謝してる。こういうのガラじゃないし、照れ臭いけど、何か今言っとかなきゃいけないような気がするから、今言っとくよ。ありがとう、《隊長》」
「水くさいぞ。お前たち《三人》とも、私の子供みたいなものだからな」
三人というと、ぼくもその中に含まれているということだろうか。ぼくの両親はぼくが小さい頃に死んでしまったそうで、ぼくには両親の記憶(どころかほとんどの記憶)がないのだが、こうして麗那に息子のように扱われるのはちょっとこそばゆかった。
しかし同時に、何かがぼくの心に引っかかっていた。
まるでこの中で、ぼくひとりだけが部外者、仲間外れにされている……そんな感じ。
考え過ぎか、と、ぼくはすぐにその違和感を払拭し、村正たちの結婚を祝福した。




