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白金記 - Unify the World  作者: 富士見永人
第三章「アメリカ編」
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第六十八話「家族愛」

 翌日、星子(せいこ)宗一郎(そういちろう)は別行動で北海道を回ることになった。無理もない。あんなことがあった直後に一緒に仲良く遊べるはずもない。ぼくの方から彼らの旅費を出すと提案するも、星子に突き返されてしまった。大学に通いながらバイトしていて、そこそこ金はあるらしい。あの男と星子をふたりきりにしておくのはいささか不安が残る。こんなことなら、盗聴器と発信機でも持ってくるんだった。

 星子に本当のことを話したのは、失敗だったのかもしれない。こんなことなら白を切って、一緒に旅行を続ければよかった。ぼくは早くも後悔し始めていた。

「ヒデル様。大丈夫?」

 眉間に(しわ)を寄せてあれこれ考えるぼくの眼前に、美煐(ミヨン)が顔を覗かせた。昨日の件以降、ぼくと星子の間に漂うぴりぴりした空気を女性特有スキル・空気解読術(リーディング・エア)で察知したのだろう。美煐(ミヨン)にも余計な心配をかけてしまっている。

「大丈夫だよ。ありがとう」

 ぼくは爽やか美男子微笑(イケメンスマイル)を浮かべ、美煐(ミヨン)の頭をなでた。

理由(ワケ)を話してほしい。昨日のことなら、ワタシが星子ちゃんと話して……」美煐(ミヨン)は数瞬ほっぺたに指を当て、考えこんだ。「また仲良くできるように、する」

 たぶん仲裁する、と言いたかったのだろうが、日本語を学んでまだ一年にも満たない美煐(ミヨン)には適切な語がわからなかったのだろう。だがそんなことはどうでもよくて、ぼくを必死に元気づけようとする彼女の気持ちが、ただ嬉しかった。

「ありがとう、美煐(ミヨン)。君の気持ちは嬉しいよ。でもこれは、ぼくが自ら解決しなければいけない」

「わかった。なら、何も言わない。がんばって、ヒデル様。でも気が変わったら、いつでも相談して」美煐(ミヨン)は拳をぐっと握り、ファイティングポーズでぼくを励ましてくれた。

 さて、今日はネオ夕張の《兵器開発局》にいるアルマに会いに行く予定である。無論重要機密の塊である《兵器開発局》に一般人である美煐(ミヨン)を連れていくわけにはいかないので、ぼくたちはネオ夕張の観光名所のひとつである滝神(たきがみ)公園で待ちあわせていた。

「きれい」

 神秘的な薄紫の広大な芝桜の絨毯(じゅうたん)を前に、美煐(ミヨン)は感嘆した。

 しばらく公園内を歩くと、赤い煉瓦(れんが)造りの、時代を感じさせるレトロな外観の建物が見えてきた。正面扉の上には《滝之神発電所》と記してあった。

 そして赤煉瓦の壁の前に際立つ、白いワンピース姿。

 鍔広(つばひろ)の麦わら帽子の下から覗く、透き通るような白い髪と肌。

「アルマ」

 ぼくが声をかけると、アルマはびくりと身を震わせ、「ひゃ」と声を()らした。

 そしてすぐに振り向き、抱きついてきた。……ぼくではなく、美煐(ミヨン)に。

「ぼくはこっちだよ」

 背後からアルマの肩をとんとんと叩くと、「え。あれ。誰」と一瞬混乱していたものの、すぐにぼくの胸へ飛びこんできた。

 アルマの第一声は「会いたかった」ではなく、「怖かった」であった。無理もない。もともと極度の人見知りである上に、ほとんど白金機関の《兵器開発局》の秘密地下研究所に籠もっているのだ。常人にとっては散歩程度の外出も、アルマにとっては生死を()けた冒険なのだろう。

「よしよし」ぼくはアルマを抱きしめ、頭を撫でた。そして彼女の背後の茂みに視線を向けて言った。「ご苦労さま。もう大丈夫ですよ」

 直後アルマの背後の茂みからがさがさという音がして、ふたたびアルマがびくりと身を()()らせた。白金機関がアルマのような重要人物を無防備のままほっつき歩かせておくはずもなく、隠れボディガードを付けるのはよくあることだ。

「ヒデル。彼女は誰」アルマがぼくの後ろに隠れ、美煐(ミヨン)を指さした。

「はじめまして、白金アルマさん。ワタシは羅美煐(ナ・ミヨン)。よろしくお願いします」

 美煐(ミヨン)は柔らかく微笑み、(うやうや)しくアルマに頭を下げた。

美煐(ミヨン)……? ア、アルマ。よ、よろしく」

 初対面の美煐(ミヨン)に緊張しつつも、アルマは軽くぺこりと頭を下げた。そして続けてこう訊ねた。

「ヒデルの、友達?」

「まあ」

 と、ぼくが言いかけたところで、美煐(ミヨン)が遮った。

「ヒデル様の妻です」

「え」

 アルマが眼を丸くして固まった。

美煐(ミヨン)

 ぼくが美煐(ミヨン)を睨みつけると、彼女は芝居がかった動作で自分の頭を軽く小突いた。

「そう。もうヒデルもそういう歳だもんね。ちょっとびっくりしたけど、おめでとう。ヒデル。美煐(ミヨン)

「へ」

 アルマの意外にもあっさりとした反応に、今度はぼくが面食らってしまった。

「あなたはヒデル様の、何?」美煐(ミヨン)があけすけに訊ねた。

「わ、私はヒデルの……お姉ちゃん、みたいな存在」アルマは美煐(ミヨン)の質問に一瞬びくりと反応しつつも、つっかえながらも返答した。

「ふええ」美煐(ミヨン)が驚きのあまり声をあげた。

 無理もない。アルマも美煐(ミヨン)同様、外見と実年齢のギャップが激しい。どう見ても十代の少女なのだが(今日は女性らしい装いをしているが、いつものワイシャツとジーンズだったら性別すらわからない)、本来はぼくより九つも上なのである。しかし完全でないとはいえ、遺伝子を操作されて生まれた《人工全能》。《人工全能計画》はヘリオスの研究所破壊作戦によって頓挫し、ぼくたちの寿命はどれほどなのか、体質はどうなっているのか、多くのことは未だ謎に包まれている。ぼくがアルマや姉さんに出会ってからもうじき八年になるが、彼女たちの姿は昔と変わらず、歳をとったようには見えない。

 そうだ。そうだった。研究者たちに《失敗作》と断じられたアルマも、ぼくや姉さんと同じく、天才科学者白金暁人(しろがねあきひと)の遺伝子を基に生み出された人造人間なのだ。ならば、ぼくとアルマは実の姉弟のようなものじゃないか。アルマから向けられていた愛情が、ひとりの男としてではなく、弟としてのぼくに向けられた家族愛だったのは、むしろ当たり前なのだ。ぼくはなぜそれを失念していたのか。

「ヒ、ヒデルは」アルマが緊張のあまり(ども)りつつも、美煐(ミヨン)に何かを伝えようと眼をきょろきょろさせていた。「その。とても優しいし、強くて男らしいから。だ、大事にして、ほしい」

「ね、義姉様(ねえさま)」感激した美煐(ミヨン)が口もとを手で覆い隠し、眼を潤ませた。

「いや。違うんだ、アルマ。美煐(ミヨン)はただの友達で、ぼくの家政婦さんなんだよ」

「え。そうなの」アルマはふたたび眼を丸くした。

「そうなの。ごめんね。アルマさん。あなたが可愛らしくて、ヒデル様の恋人なのかと思って、ちょっとからかってみようと思ったの」美煐(ミヨン)は苦笑いしながら舌を出した。

「まったく」ぼくがため息交じりにぼやくと、美煐(ミヨン)は「ごめんごめん」と笑いながら手を合わせた。

「じゃあ、ヒデルはまだ独りなの」

 アルマが訊ねた。家族にも友人にも恵まれているので孤独ではないが、独身なのか否かという意味だろう。

「そうだね」ぼくは返答する。

 戯れに女性を口説くことはあっても、ぼくは今まで女性とまともにお付きあいしたことがない。白金機関に入ってからは、たて続けに与えられる任務をこなし、プライベートの時間も白金機関のエージェントとして己を高めるべく鍛錬や勉強に多く時間を割いてきたので、あまり人と関わることをしてこなかった。そんな(せわ)しない生活の中で、任務やプライベート問わずアルマとのコミュニケーションがぼくの心の拠り所(オアシス)であったことは否定できない。でも、アルマにとってぼくは、愛すべき……《弟》だったのだ。

 アルマは続けて言った。

「ヒデルも今年でもう二十七になるんだし、そろそろ誰と一緒になりたいかを選んで、身を固めるべき。そして《人工全能》の優秀な遺伝子を残すべき」

「遺伝子って」

 大真面目な顔でそんなことを言われ、ついぼくは口籠ってしまった。

 そもそもぼくたち《人工全能》に生殖能力はあるのか。普通の人間との間に子を作ることはできるのか。それもまた謎のままである。

 ぼくたち三人はしばらく滝神公園を散策した後、車で富良野(ふらの)美瑛(びえい)方面へと向かった。途中夕張メロンの直売所があったのでひとつ購入、三人で分けて食べることにした。アルマも美煐(ミヨン)もメロンを食べるのは初めてらしく、アルマにいたっては食わず嫌いときた。

「義姉様も食べてみなよ。甘くて美味しいよ」メロンを頬張りながら、美煐(ミヨン)がアルマに言った。

「私はいい」アルマは美煐(ミヨン)の提案を一瞬で退けた。

「食わず嫌いはよくないな。アルマ。人生損しちゃうよ。ほら。あーん」

「私の勝手」

 ぼくがひと口大にカットされたメロンのひと塊を差し出すも、アルマはそっぽを向いてしまった。

「あ!」ぼくは唐突に明後日の方角を指差し、叫んだ。

「え」アルマはつられてぼくが指差した方を振り向き見た。

「隙あり」

 ぼくは《全能反射》でアルマの口が開けられた瞬間を逃さず、ひと口大にカットされたメロンを素早く彼女の口に()じこんだ。

「わぷ」アルマは驚いたものの、吐き出すことなく咀嚼(そしゃく)し、飲みこんだ。「美味しい」そのままもうひと塊手に取り、食べた。

 ぶるぶるぶるぶる、と、ふいにぼくのズボンのポケットの中でスマートフォンが震えた。画面には《THE SUN》の文字、すなわちヒヅル姉さんからのダイレクトメッセージが、入っていた。

『星子から話は聞きました。東京に戻ったら大事なお話がありますので、連絡を。姉より』

 星子のやつ、姉さんにちくったな。

 ぼくの背筋に、氷水を流しこまれたような悪寒が走った。

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