第六十三話「身代」
たたたた。
本物の自動小銃とは似ても似つかぬ、玩具の銃の如き静謐な動作音が、ぼくの鼓膜をかすかに揺すった。
ぼくがオフィーリアに向かって突撃するよりも、ほんの一瞬早く……
真茶がVSSで、オフィーリアを狙撃したのだ。
「くそ」
オフィーリアは無様に素早く地を転げ回り、立木の後ろに隠れ、ヒステリックに、こう叫んだ。
「ふざけた真似しやがって。やれ。人質を殺せ」
ぼくは即座に人質の背後にいた兵士を狙ってワルサーを発砲、姉さんももはや交渉の余地なしと二挺の黄金銃で兵士を狙い撃つ。
……しかし、ぼくたちの奮闘も虚しく、人質に銃を突きつけていたヘリオスの兵士たちの行動の方が、わずかに早かった。
死刑は、直ちに執行された。
複数の乾いた銃声の交響曲とともに、白金グループ技術者たちは、瞬く間に蜂の巣になり、《舞台》の上から、血飛沫とともに、転落してしまった。
「殺してやる」
ぼくはありったけの憎悪をこめて叫び、ヘリオスの兵士ふたりに復讐の弾丸を叩きこんだ。
弾倉が空になるまで、何度も何度も、撃ち続けた。
残りのひとりは、すでに姉さんに頭を撃ち抜かれ、死んでいた。
『くそったれが。ぶち殺してやる』
ヘリを操縦していた大仏の咆吼が、無線機を介してぼくの鼓膜を直撃した。彼はそのまま大木の陰に身を隠したオフィーリアを射殺するべくヘリを旋回させ、機銃の照準を合わせた。
ぱぱぱぱ。
銃弾というよりは《砲弾》に分類される三十ミリ弾の大群が、オフィーリアに襲いかかる。
「ち」
彼女は人類の限界近い俊敏な動きでただ逃げ回ることしかできず、党本部ビルの中に飛びこみ、姿を晦ました。
「逃げる気か、この」
ぼくがオフィーリアを追ってビルの中に侵入すると、真茶も後に続いた。
直後襲いかかる、激しい銃弾の嵐。
すでに党本部ビルの反対側まで移動していたオフィーリアが、朝鮮人民軍兵士の死骸から奪ったAKでぼくたちを寄せつけまいと、足掻いていた。
そして聴こえてくる、次第に大きくなるエンジンの音。一台の車が、こちらに近づいてきている。オフィーリアのすぐ近くまでやってきたのは、朝鮮人民軍マークの描かれた、一台の装甲車であった。
「オフィーリア様。お迎えに上がりました」
装甲車の扉を開け、オフィーリアを迎えたのは、浅黒い肌をしたラテン系の朝鮮人民軍兵士……いや、ヘリオスの精鋭ラブアンドピースの隊員だった。
「遅いぞ。サントス」
オフィーリアが顰めっ面で後部座席に乗りこむと、装甲車はそのまま勢いよく走り去ってしまった。
『逃がすか、ぼけ』
ヘリに乗った大仏が三十ミリ機関砲で装甲車を狙ったが、照準を合わせた時にはすでに装甲車は市街地を走る車の群れの中に入っていった。
いくら敵の幹部を殺すためとはいえ、一般人を三十ミリ砲弾の雨で虐殺するわけにはいかない。
「全員死んでるよ。姉さん。残念だが」
体中を穴だらけにされ、変わり果てた無残な姿で血の海に沈んだ五人の技術者たちの脈を確認し、ぼくは静かに姉さんに報告した。
姉さんは無言のまま、茫然と技術者たちの亡骸を、見つめていた。
そしてその視線は、今度は真茶に向けられた。
ぼくは即座に真茶を弁護するように言った。
「姉さん。あの状況じゃ仕方なかった。真茶がやらなきゃ、ぼくがやっていた。《完全世界》実現のためには……姉さん、貴女は生きなければならない。死んでいった同胞たちのためにも、貴女は《完全世界》を、実現しなければならない」
姉さんは、何も言わずに技術者たちの死体に歩み寄ると、その手でそっと、ひとりひとりの瞼を閉ざしてゆく。
「ヒデル。彼らの遺体を日本へ運びましょう。丁重に、葬るのです」