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白金記 - Unify the World  作者: 富士見永人
第二章「北朝鮮編」
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第三十九話「真茶」

 ヒヅル姉さんに紹介された彼女、緑野真茶(みどりのまさ)が一瞬こちらに視線を向けてきたので、ぼくは可能な限りの爽やか美男子微笑(イケメンスマイル)を贈呈した。が、無視された。

「で、私は何をすればいいんだ」

 偉大なる我らが指導者ヒヅル姉さんに対する不遜(ふそん)と言えなくもない緑野真茶のその態度に、姉さんの部下のひとりが食ってかかろうとしたが、姉さんが手で制止した。白金機関内で姉さんに対して敬語を使わないのは、ぼくやアルマといった《姉弟妹(きょうだいしまい)》と星のような例外くらいのもので、ほとんどのエージェントたちは最上級の敬意をもって接するのが普通である(無論姉さんはそれを強制しておらず、機関内での暗黙の了解になっている)。しかしこの緑野真茶のような《協力者》はあくまでも外部の人間であり、利害関係や報酬で機関の活動に協力しているだけで、多くの場合姉さんに対する忠誠心もなければ、我々の理想に共鳴しているわけでもない。

「あなたの腕が見たいのですよ、真茶。敵はもちろんですが、味方の戦力を正しく知っておくことも重要です」

「テスト、か。まあいい」

 真茶は表情を変えることなく江地村(えじむら)からドローンガンを受け取り、テスト内容の説明を聞いていた。

「それは一体何だい」

 ぼくは真茶の頭に装着されている得体の知れない妙な音が絶えず()れ出ているヘッドホンを指差して訊ねた。

「ただのブルートゥース・ヘッドホンだが」

 真茶は真顔でただそれだけ返した。大音量の音楽を聴いているにも関わらず、彼女は周囲の言葉を判別しているようだった。

「いや、何を聴いてるのかなと思ってね」

「ああ。電子音楽(スピードコア)だよ。聴いてみるか」

 真茶がヘッドホンを手に取る直前に、ぼくは遠慮した。

「彼女は少々耳が良すぎるのですよ。ヒデル。絶えず馴染みの音楽を聴いていないと、あまりに大量の情報が入ってきて(わずら)わしいのだとか」姉さんが解説した。

「そうなんだ。できれば外さずにやりたい」真茶が表情を変えずに言った。

「お好きにどうぞ。結果を出せるなら」ヒヅル姉さんが、今度は黄金の菊柄の扇子を拡げて言った。

 結局彼女はヘッドホンを外さないままフィールドに出ていった。

 どうやら相当腕に自信があるようだ。

 まずは、《蜻蛉(とんぼ)》。

 旧式とは言え、その全貌(ぜんぼう)は極めて小さい上に動きも機敏で、単純に撃ち落とすだけでも相当の射撃能力が求められる。しかも複数の方向から放たれる毒針(を模したペイント弾)を(かわ)しながらとなれば、難易度はさらに跳ねあがる。手前味噌(てまえみそ)になるが、そんな芸当ができるのは世界中探してもほんのひと握りであろう。

 無論個々の才能を重要視し、少数精鋭に(こだわ)り、世界各地の天才たちを自らスカウトして回るヒヅル姉さんがわざわざ多額の報酬と引換えに雇ったくらいだから、旧式ドローンの《蜻蛉》をすべて撃ち落とせる程度の技能は持っているだろうとぼくは推察していたし、それはその通りだった。

 緑野真茶は、二十秒もしないうちにすべてのドローンを撃ち落としてしまった。

 彼女は《人工全能》ではないが、その優れた聴覚と空間把握能力によってすべてのドローンの位置を掌握、ペイント弾を撃ちこまれる前に撃墜してしまった。まるで側頭部や後頭部にも眼がついているような、そんな動きだった。

「では、これはどう」

 アルマが《玉虫》を一匹、空中に放り投げた。

 一秒後、光学迷彩によってそれは音を発するだけの見えざる小さな殺人機械と化す。

「む」

 真茶もさすがにこれには驚いたようで、音のする方角へ向けてドローンガンを発砲するが手応えはなく、あっけなく腕にペイント弾を受けてしまった。

「やった」

 江地村が嬉々として立ちあがり、ガッツポーズを決めた。

 真茶はしばらく茫然(ぼうぜん)と沈黙した後、ヒヅル姉さんにこう訊ねた。

「ふむ。すまんが、もう一度だけやらせてもらってもいいだろうか」

「ほゝゝ。まあいいでしょう」

 姉さんの承諾を得ると、真茶はヘッドホンを外し、デスクの上に置いた。

「何度やっても同じ」

 アルマがふたたび《玉虫》を放り投げ、けしかけた。

 ごくわずかな羽音から、《玉虫》の大体の方角は推測できる。しかし発射と同時に回避できる《全能反射》でもない限り、見えざる発射口から放たれる毒針を躱すことなどできるはずも……


 かちゃ。


 突如《玉虫》の光学迷彩が解かれ、あっけなく地面に落下した。

 真茶が何もない空中に向かってドローンガンを発射した、その直後に。

「お見事」

 ヒヅル姉さんが惜しみない拍手を贈っていた。ぱちぱちぱち。

「信じられない」いつもは無表情なアルマが、眼を丸くして言った。

「オーマイガッ。ぼくとアルマちゃんの傑作が」江地村がまるでこの世の終わりとでも言わんばかりに絶叫した。

「どうやってドローンの正確な位置を掴んだんだい」

 ぼくは興奮を隠さず真茶に率直に訊いた。

 彼女の解答は、いたってシンプルだった。

「勘」

「なるほど」

「素晴らしい。やはりあなたは、大変素晴らしい。おほゝゝゝゝ」

 姉さんが今度は金色の派手な鳳凰(ほうおう)の描かれた扇子を拡げて口もとに当て、高笑いをしていた。

「えーと。この場合、ぼくがアルマと真茶にワイヤーラーメンを(おご)ればいいのかな」

 ぼくは苦笑いしながら言った。

 真茶はそんなぼくには見向きもせずに、姉さんに向き直った。

「いらんよ。用事が済んだのなら、もう帰ってもいいかな」

「ええ。期待以上の、素晴らしい腕前でしたわ。これからもよろしくお願いしますね。真茶」

「ああ。こちらこそ、よろしく頼むよ。ヒヅル様」

 最後に無表情のまま姉さんと握手を交わし、真茶は実験場を後にした。 


「さて、ヒデル。あなたに至急やっていただきたい任務があります」

 呆気にとられていたぼくの肩に手を乗せ、姉さんは静かにそう言った。

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