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白金記 - Unify the World  作者: 富士見永人
第二章「北朝鮮編」
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第三十八話「玉虫」

 さらに半年後の、二〇一七年九月一日。

 今ぼくは、北海道ネオ夕張市の白金重工夕張支社要する第五十一白金タワーに隣接する実験場に来ている。現在アルマはネオ夕張《兵器開発局》の特別顧問として、技術主任の江地村(えじむら)とともにナノテクノロジーを駆使した極小新兵器の開発に勤しんでいた。彼らの開発した新型ドローン兵器の実験を行いたいということで、ぼくは彼らに協力することになったのだ。

「《人工全能》(バーサス)《新型ドローン》。これは、見ものですね。ほゝゝ」

 今回の実験には、ヒヅル姉さんも同席している。最新ドローンの性能と同時に、恐らくぼくの腕前も見ておこうという魂胆だろう。

「プレッシャーをかけないでくれよ。姉さん。こう見えてもぼくは本番に弱くてね」

 ぼくは肩を(すく)めながら、苦笑した。

(わたくし)にはそうは思えませんね。ヒデル。心にもないことを口にするものではありませんよ」

 姉さんは懐から金色の桜の描かれた扇子を拡げ、口もとに当てて微笑んだ。彼女には嘘は通用しない。その神秘的な黄金の瞳は、ぼくの顔や身体の(わず)かな動き、息遣い、呼吸、心拍、発汗など、常人にはまるで判別のつかない微細な変化も見逃すことはない。白金機関の結束の強さと統率力は、指導者である姉さんのカリスマ性と並み外れた人間観察力に()るところが大きい。敵勢力と内通していたり、反乱を企てたりした者は、すぐに姉さんの反逆者フィルターに引っかかり、良くて《正常病院》送り、最悪の場合《粛清》されることになる。

「やれやれ。何でもお見通しだな。姉さんは」

 ぼくは自信に満ちた笑みを浮かべて言った。

 あの地獄の国会戦争から三年。これまでこなしてきた数々の実戦任務と、白金機関のエージェントの中でもごく一部の選ばれし者たちだけが受ける特殊訓練《地獄の百日間(ヘル・マンス)》を耐え抜いた自負が、ぼくにはあった。

「これを」

 江地村がぼくに、SF映画か何かで登場する光線銃ような、先端に丸いボールのついた珍妙な銃を手渡した。

「何だい、これは」ぼくは江地村に訊ねた。

「ドローンガンです。ドローンに向けて引金を引くと、ドローンを無力化する信号(シグナル)を送信することができます。が、あくまでも訓練用なので、引金を引いた直後のほんの一瞬しか効果はありませんし、有効範囲も極めて狭い。銃弾を撃ちこむようなものとイメージしていただければ」

「あっ。ヒデル」

 奥のスチールデスクの上で、おそらくは姉さんが持ってきたメロンパンをかじっていたアルマがぼくに気づき、こちらへ()け寄ってきた。

「久しぶりだね。アルマ。元気にしていたかい」

 ぼくとアルマは再会を喜び、抱きあった。アルマが夕張に移ってから、半年以上も顔をあわせていなかったのだから当然だ。

「寂しかった」

 小声でそんなことをぼそりと呟いたアルマが、何だかぼくには愛おしかった。同時に長い間会えなかったことに、少し罪悪感を抱いた。

「ごめんね。なかなか来れなくて」

「ううん。気にしないで。ヒデル、忙しいし。それは私も同じ」

「あー。うふん。えへん。おっほん」

 江地村が大変わざとらしく咳払いをしたのが鬱陶(うっとう)しかったが、ぼくは無視してアルマを抱擁(ほうよう)し続けた。

「ふむ。ではそろそろ始めましょうか。(わたくし)もこのあと大嶽(おおたけ)総理との会談がありますので」

 腕時計を見ながら姉さんが言った(なお白金機関謹製、様々な仕掛けが施された特殊スマートウォッチ)。

「オーケイ。姉さん」

 ぼくはドローンガンを手にとり、構えると、アルマが傍のデスクの上に置いてあった蜻蛉(とんぼ)型のドローンを数匹、一斉に放り投げた。

 アルマがタブレットでぼくの顔を撮影し、標的として登録すると、空中で羽を拡げて静止していた《蜻蛉》たちが、一斉にぼくの方を向いた。

「毒針を想定した小型ペイント弾を三発ずつ装備してる。全部(かわ)すか、ドローンガンで撃ち落とせば、ヒデルの勝ち。一発でもペイント弾を受ければ、私の勝ち。負けた方がワイヤーラーメンを(おご)る。どう」

女性(レディ)(おご)らせるわけにはいかないな、紳士(ジェントルマン)として。ぼくが勝っても奢ってあげよう」

 ぼくは自信に満ちた笑みを浮かべて銃のスライドを引き、撃鉄を起こそうとしたが、ドローンガンにそんなものは付いていなかった。手癖である。

「大丈夫です。引金を引くだけで撃てますよ」江地村が解説した。

「ご丁寧な解説ありがとう」ぼくはわざとらしい笑みを浮かべて礼を言った。

「心配いらない。私もヒヅルから充分なお金をもらっている。ペナルティがなければ、ゲームは盛りあがらない。私が負けたら私に奢らせてほしい。お願い」

「そういうことなら仕方ないね」

 愛しのアルマに懇願(こんがん)されてしまったので、ぼくは承諾することにした。

「あ、あの。アルマさん。ぼくも一緒にラーメン」

「だめ。私とヒデルのふたりで行く」

 江地村がぼくとアルマの間に割って入ってきたが、アルマは興味なさそうにあしらった。

「あっ。そんなこと言わないで。ずっとふたりで頑張ってきたじゃないか」

 あくまで食い下がる江地村の頭を、ヒヅル姉さんが後ろからぐわしと鷲掴みにした。

「往生際の悪い。あなたも紳士なら、聞き分けなさいな」

「そ、そ、総帥(そうすい)

 江地村はがたがたと震える体で不承不承、了承した。

「ヒヅル。合図を」アルマが姉さんに言った。

「ほゝゝゝ。では、このコインが落下したらゲームスタートです」

 ヒヅル姉さんはポケットの中から五百円玉よりひと周り大きな金貨を取りだし、親指で真上に弾き飛ばした。

 コインが地面と接触すると同時に、アルマがタブレット端末を操作し、《蜻蛉》をぼくにけしかける。

 音もなく飛んでくる毒針……を模した米粒サイズのペイント弾。

 ぼくは《全能反射》によって各ドローンがペイント弾を射出すると同時に、縦横無尽に跳躍し、そのままドローンガンの引金を引いた。

「まず一匹」

 特殊訓練《地獄の百日間(ヘル・マンス)》では、並みいる猛者たちの妨害を押しのけて複数の的を撃ちぬくような訓練もあったため、ぼくはどんな不安定な体勢からでも正確な射撃ができるようになっていた。さらに三年もの間、多くの戦場を生き抜いてきたぼくの前では、比較的大きい的である《蜻蛉》はもはや敵ではなかった。すべてのドローンの動きが、今のぼくには手に取るようにわかるのだ。

 三十秒も経たないうちに、ぼくは全てのドローンを無力化してしまった。

「ナイスショット」

 ヒヅル姉さんが感心したように拍手した。

「これが新型ドローンかい? ちょっと簡単すぎて拍子抜けだな」

 あまりに呆気なかったため、ぼくはアルマを(からか)うように意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「安心して。今の《蜻蛉》は旧型。本命はこっち」

 アルマの手の平の上には、先ほどの《蜻蛉》よりもひと回り小さい、色鮮やかな玉虫(たまむし)に似たドローンがあった。

「一匹だけかい?」

「一匹でも撃ち落とせたら、ヒデルの勝ちでいい」

 アルマは相変わらずの無表情だったが、その言葉には絶対の自信が宿っていた。

 彼女に宙高く放り投げられた一匹の《玉虫》は空中で静止し、次にアルマがタブレットを操作した後、忽然(こつぜん)と、姿を消した。

「な」

 ぼくはつい呆気にとられてしまった。

「最新の光学迷彩技術を搭載したステルスドローン、コードネーム《見えざる愛(ラブファントム)》。この見えない刺客から逃れる(すべ)は、ない」

 江地村が指で眼鏡のズレを直しながら、得意気に言った。

 とは言え、虫型ドローンであることには変わりなく、羽音だけは微かに聴こえる。この羽音だけを頼りに、ぼくはこの《見えざる愛》と戦わなければならないのか。

 ドローンがペイント弾を射出する微かな音を察知し、《全能反射》によってそれを回避しようと試みる。しかし、反撃しようにも敵の正確な位置がわからない。音で漠然とした方角がわかるのみ。ペイント弾の軌道を読もうにも出所がわからず、ただ闇雲に避けるのが精いっぱいだった。

 ぺちゃ。

「あ」

 ぼくの足に、何かが当たった軽い感触。

 いつの間にかドローンの発射したペイント弾のインクが、ぼくの白いトレーニングウェアに赤い日の丸を描いていた。

「勝負あり、ですね」

 ヒヅル姉さんが扇子をこちらへ向けて言うと、アルマはタブレット端末を操作し、ドローンの光学迷彩を解除した。

「完敗だな。まさか、こんなものまで完成させていたとは」

 ぼくは観念したように苦笑いを浮かべて言った。

「ううん。ギリギリだった。最後の一発が外れていたらヒデルの勝ちだったし。あれの攻撃を回避できるのはすごいと思う。さすが私のヒデル」

「わ、私のって何。そんな、馬鹿な、ふたりはあの、そ、そういう関係だったの」

 慌てふためく江地村の頭をぐわし、と、ヒヅル姉さんがふたたび鷲掴みにした。

「さて。素晴らしいものを見させていただきました。期待通りの……否、期待以上の成果です。やはりあなた方を選んだ(わたくし)の眼に、狂いはなかった。《見えざる愛(ラブファントム)》の完成によって、我々は《完全世界》の構築に大きく近づくことができました。あなた方ふたりには後日、《黎明白金(れいめいしろがね)勲章》を贈呈いたします。それと」

 ヒヅル姉さんが指をぱちんと鳴らすと、一緒に連れてきた黒服の部下たちが一斉にフロアの奥の扉まで駈け、扉を開けた。


「ようやく出番か」


 扉の奥の通路から、聞き憶えのない女性の声が、聴こえた。

 やや低めで、落ちついた、というよりは、抑揚に欠けた感情に乏しい、そんな声。

 現れたのはぼくの知らない、一風変わった姿形(なり)をした長身の女性だった。

 印象的なのはその髪の色で、染めているのか何なのか、(つや)やかな若葉の如き新緑であった(草木に潜んで敵を襲撃するための擬態なのだろうか、と思ってしまった)。そして何よりその眼には不気味なほど光がなく、奥で得体の知れない(よど)みが、果てしなく広がっているようだった。

 あ。やばいなこいつ。

 ぼくが彼女に抱いた第一印象は、まさにそんな感じだった。

「紹介します。彼女の名は緑野真茶(みどりのまさ)。新たなる我々の《協力者》です」

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