第三十五話「代償」
国会を血に染めた先の戦争は、鷹条総理が国際テロ組織と結託して日本に軍事独裁政権を築くために起こしたクーデター、ということで処理された。この前代未聞の大虐殺によって、愛国党は完全に国賊扱いとなり解党。ヒヅル姉さんに忠誠を誓った《白金ワンワールド主義者》たちで構成される労働党が晴れて正式に政権与党となり、さらに姉さんの忠臣である大嶽克典衆議院議員が新たなる総理大臣に選ばれた。
鷹条総理と高神麗那という日本を牛耳っていたヘリオスの重鎮が斃れ、代わりに日本の事実上の支配者となった姉さんは、日本そのものを世界征服活動の拠点とするべく、徹底的な権力強化を図った。まず、検察を操って元愛国党やその補完勢力の政治家たちを汚職や脱税などの容疑で次々と摘発し、政界から排除。さらに白金財閥以外の四大財閥である四井、住本、四菱のトップに服従を迫り、断った者は脱税や詐欺などの容疑で失脚させた。言論弾圧だの思想弾圧だの囀る輩はいたが、敵ではなかった。日本の全メディアは姉さんがすでに買収済み、さらに白金機関の秘密サイバー部隊がネット世論をも操り、大衆の情報網を完全に掌握していたからだ。もはや姉さんは、日本の歴史上のどんな人物よりも強大な権力を持つ、支配者となった。
「あなた方を死なせてしまったのは、この私の責任。どんな償いをしたところで、私の罪が許されるとは思いません。私は残された仲間たちと共に必ず世界をひとつにし、平和で秩序ある《完全世界》を築きあげます。多くの者がこの理想を掲げ、志半ばで倒れました。が、私は違います。どんな手を使ってでも必ず成し遂げます。どうか、安らかに眠ってください」
今回の戦いで犠牲となった星や雲母の遺体は、火葬された後、都内第二白金ビルの地下にある秘密墓地に、埋葬された。白金機関の構成員や《協力者》の中で、身寄りのない者、あるいは何らかの事情により家族と連絡が取れない者は、この共同墓地に埋葬されることになっている。
姉さんは殉職した仲間が出る度に、ここで彼らの死を悼み、《完全世界》の実現を誓う。
日本の征服という第一目標は果たせたものの、代償は大きかった。
ぼくが白金機関に入り、星や雲母と互いに背中を預けて戦うようになってからまだ一年強だったが、もう十年以上も一緒に戦ってきたような気がしていた。胸にぽっかり穴が開いてしまった、というのは、こういうことをいうのだろう。
「行きましょう。ヒデル。我々は、前へ進まなければなりません」
ひと足先に墓地を去っていく、ヒヅル姉さん。
すれ違いざまに見た彼女の眼尻から、ひと粒の涙が、こぼれ落ちた。