第三十三話「離別」
パワードスーツを纏った鷹条総理のミニガンによって上半身と下半身が《離別》してしまった星は、自身が撒き散らした土留色のスプラッタアートの中で、すでに息を引き取っていたようだった。
あまりに無残な最期を遂げた星の姿を見て、雲母はしばらく、茫然と口を半開きにしていた。
その時ぼくは初めて、雲母と星の左手薬指に同じ白金の指輪がはめられていることを、知った(この任務が始まる前に会った時にはつけていなかったはずだ)。
がっしゃん、がっしゃん、と、二メートル半はあろうかという総理擁する巨大なパワードスーツが雲母に近寄り、右腕に搭載されたミニガンの銃口を、彼女へと向けた。
「くっくっく。どうやら的が変わってしまったようだ。が、案ずることはないぞ。貴様もすぐに仲間のところへ……」
総理のパワードスーツ、その宇宙服のような半球形の強化硝子の頭部の奥で、鷹条総理の視線が、星と雲母の間を一瞬だけ、往復した。
「おや、貴様らもしや結婚していたのか。愛する妻を守るために自らが身代わりになるとは、敵ながら天晴なやつ。しかし、儂は慈悲深い。貴様もすぐに同じ場所へと送ってやる。地獄で夫婦仲よく過ごすがよい。うわっはっは」
「そうはさせるか」
ぼくが総理の顔面めがけてMP5を発射したが、パワードスーツのぶ厚い強化硝子の前には無力であった。総理の顔から笑みが消え、雲母に向けていたミニガンの銃口が、こちらへと向く。
ヴヴヴヴ。
それはもはや《点》ではなく、《線》の攻撃だった。
秒間百発。その弾丸の集中豪雨は、まともに受ければ、まるでレーザー光線のように、ぼくの身体を切断するだろう。
ぼくは《全能反射》によって弾丸を回避し、石柱の裏に隠れた。
が、無駄だった。
まるでチェーンソーが大木を切断するように、総理のミニガンが放った恐ろしい数の銃弾は、石柱を削っていく。
このままでは、ぼくの身体は、石柱ごと《切断》される。
ががががが。
すんでのところで、けたたましい金属音と共に、総理のパワードスーツのあちこちから火花が散った。
普段は飄々としている雲母が、まるで別人のように憤怒と憎悪に満ちた眼で、総理を睨みつけていた。その両手には、星が先ほどまで使用していたミニミ軽機関銃が、握られていた。
「てめえぶち殺してやるクソダボが」雲母が叫んだ。
直後、発射される五・五六ミリ弾の嵐。
だが総理のパワードスーツの装甲は、ライフル弾をもいとも簡単に無効化してしまった。
雲母が総理を引きつけている間に、ぼくは静かに速やかに駈けだし、ブラックメロン家三代目当主、アレクサンダー・ブラックメロンの黄金像の裏へと回り、伏せた。
「無駄な足掻きよ」
総理が高笑いしながら、今度は右腕に比べて異様に太い丸太のような左腕を、こちらへと向けた。
ういーん、がっしゃん。
丸太のような腕は左右に大きく割れ、中から赤く尖った鉛筆のような無数の……
ミサイルが、顔を出した。
ぱひゅ。
乾いた音とともに、凄まじい勢いでこちらへと迫る赤き飛翔体。
ぼくはとっさに隣の、五代目当主デイヴィッド・ブラックメロンの黄金像の裏へと飛び移った。
瞬間、ぼくが先ほどまで盾にしていた三代目アレクサンダー・ブラックメロンの胴体あたりがふっ飛び、ごごごという轟音とともに地に沈んでいく。
「ふん。邪魔な」
総理はまるでゴミでも一掃するかのように、遮蔽物となっていた黄金像や石柱を、ミサイルで次々と破壊していく(各黄金像のモデルとなった人物たちは一応鷹条総理の大先輩であるはずなのだが、どうやら彼には先人に対する畏敬の念は皆無のようだった)。遮蔽物がなくなれば、ぼくたちはもはや総理のミニガンから身を守る術がない。弾切れまで逃げ回れば、とも考えたが、総理のパワードスーツの背中に搭載されている巨大なドラム缶のような弾倉を見て、ぼくは一瞬でその考えを棄却した。あのミニガンの圧倒的な火力は、おそらくぼくの《全能反射》をもってしてもどうにできない。いくら弾丸の発射と同時に動けようと、回避できる範囲すべてに銃弾をばらまかれてしまっては、回避のしようがないのだ。
今まで林立していた遮蔽物がひとつ、またひとつと、総理のミサイルで打ち砕かれていく。
その音は、まるでぼくを黄泉へと誘う死神の足音のようだった。
絶え間なく続くパワード総理の《蹂躙》。その圧倒的な火力を前に、ぼくはただ逃げ回ることしかできなかった。
そもそも、反撃できる手段がない。
姉さんの持ってきたレールガンはすでに弾切れ。
対戦車ライフルやロケット弾でもあれば何とかなるかもしれないが、この平和な日本の、しかも国会議事堂でこんな怪物が登場するなんて、誰が予想できたであろうか?
さらにあちらには、まだ地獄谷も……と、考えたところで、ぼくは先ほどから彼の姿が見えないことにようやく気づいた。エレベーター付近で寝転がっていたはずのクローディアの姿もない。地獄谷が彼女を連れて逃げたのだろうか、と、ぼくは推察した(そういえばクローディアの腹を刺した時の地獄谷の激昂ぶりは異常だった)。
どかーん。どかーん。
国会議事堂内ということもお構いなしに、総理はミサイルで黄金像を次々と破壊していく。たとえここが崩落したところで、あのぶ厚い装甲に守られた自分だけは生き残れるという算段でもあるのかもしれない。ぼくたちを殺すことさえできれば、部下である高神が巻き添えになっても構わないのだろうか。
あまりに派手に暴れすぎたのか、粉砕されたコンクリート片や埃や煙が舞いあがり、辺り一体を煙幕のように覆い隠してしまった。遮蔽物を失いかけ、総理のミニガンの餌食となるところだったぼくと雲母は、九死に一生を得た。
そう言えば、雲母はどこに……?
ミサイルの爆撃に巻きこまれて、死んでしまったのだろうか?
先ほど総理のミニガンで胴体を引き裂かれた星のように、真っ二つに身体を引き裂かれた雲母の姿が、脳裏を過ぎった。
「雲母先輩!」
ぼくは気が気ではなくなり、危険は承知で彼女の名前を叫んでいた。
返事は、ない。
「そーこかア」
ヴヴヴヴヴヴ。
代わりに、ぼくの声を聞きつけた総理の、大量の鉛弾が、やってきた。
ぼくは素早く身を低くし、煙の中を、まるで地を這う蜥蜴のように、移動した。
何か柔らかい物を踏みつけたような感触が、した。
同時に「う」という、女性の小さな呻き声。
雲母が大理石の床の上に、横たわっていた。
ミサイルの爆撃に巻きこまれたのか、左脚のところどころが裂け、出血で真っ赤に染まっていた。
「ヒデ、くん」
「大丈夫ですか、雲母先輩。ひとまず安全なところへ」
「伏せて」
雲母が、左腕のスマートウォッチに、右人差し指を触れようとしていた。
その画面には、すでに彼女の擬態爆弾を起爆させるための、特殊アプリが立ちあげられていた。
先ほどのどさくさに紛れて雲母は、総理に接近し、こっそり爆弾を仕掛けていたのだ。
一瞬で雲母の意図を察したぼくが床に伏せると、彼女はスマートウォッチの画面をタップし、総理に仕掛けられた爆弾に、起爆信号を送った。
どかーん。
総理の背中に設置された爆弾が、ものすごい轟音と共に炸裂。総理を爆炎に包みこんだ。
が……
「ふぬうう」
爆炎の中から現れた総理のパワードスーツは、煤にまみれて黒っぽく変色しただけで、その装甲にはほとんど傷はついていなかった。
「残念だったな。このスーツは最新鋭の耐熱耐火耐衝撃性能を備えているのである。うわっはッガーガーピー」
今の爆発の衝撃でスピーカーが半壊してしまったのか、総理の声はノイズ混じりの機械音となって何とも不気味に響き渡っていた。
あの装甲兵でさえ木っ端微塵にふき飛ばした雲母の爆弾さえも、総理の最新鋭のパワードスーツの前では無力だというのか。
「まじで」
雲母が唖然として言った。
「見つけたぞオー。子猫ちゃんたち」
「ひ」
反射的にぼくは、声を洩らした。
逃げなければ!
……足を負傷した雲母を見捨てて、か?
ぼくが躊躇している間にこちらへ向けられる、ミニガンの六つの不気味な黒い銃口。
「あ」
ぼくの全身は恐怖で凍りつき、まるで突っこんでくる大型トラックを前にした小動物のように、硬直した。
やられる!
がん、がん、がん。
総理がぼくと雲母にミニガンを発射しようとしたその瞬間、彼のパワードスーツの顔面部分から、突然火花が散った。
高神と交戦中であったヒヅル姉さんが、こちらへ向かって発砲していたのだ。
「わああ」
総理の視線が逸れた一瞬の隙に、ぼくは雲母を抱きかかえて走り、距離を稼ぎ、高神が座っていた豪華絢爛な玉座の裏に、隠れた。
ミサイル爆撃が巻き起こした煙幕の中からぼくたちを探し出すまでには、しばらく時間がかかるだろう。その間に雲母の足の傷の止血だけでもしておかねばならない。こうしている間にも、彼女の足からは間欠泉のように血が噴き出し続けている。動脈までやられているかもしれない。
しかし、事態は思わぬ方向へと動いた。
「勝負あったわね、ヒヅル。戦いの最中に敵から眼を離すなんて、馬鹿な子」
振り向くと、そこには地面に横たわったヒヅル姉さんと……
彼女に銃を向けている高神の姿が、あった。