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白金記 - Unify the World  作者: 富士見永人
第一章「日本編」
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第二十三話「特攻」

 二〇一三年十一月九日。雲母(きらら)とティキが、中東へ外遊中の鷹条(たかじょう)総理の極秘監視任務へ行くという(しら)せを受けた。秘密結社ヘリオス日本支部の長でもある彼は、以前から国際テロ組織エルカイダとの関係が疑われていた。そこで今回の外遊中に決定的証拠を捉えようと、アルマの虫型ドローンを使って彼の活動を監視しようというわけである。もし彼がテロ組織と蜜月(みつげつ)関係である証拠が得られ、それが公になれば、鷹条政権を転覆させるための強力なカードとなり得る。

 ぼくは先の任務で足を負傷し、宮美(みやび)の世話役をヒヅル姉さんから命じられていたが、宮美が学校へ行っている間は完全に暇を持て余していたため、白金(しろがね)タワーの作戦司令室でドローンを操って雲母たちをサポートするというアルマに訊ねた。

「何かぼくに手伝えることはないかい。アルマ。退屈で死にそうなんだ」

 やろうと思えば、体を鍛えるなり本を読むなりいくらでもやることは見つかるのだが、それはあえて黙っておくこととする。

 アルマはしばらく黙考していた。

「それなら、私の傍にいてほしい。いてくれるだけで、いい」

「うん。了解した」

 作戦司令室は白金タワーの九十八階。ゆうに五十台を超えるモニターがずらりと並び、各地に配備したアルマの虫ドローンが送ってくる映像が、映し出されていた。ぼくが国家保安委員会の本部に囚われていた時も、黒獅子組(くろじしぐみ)の組長宅から宮美を連れ出した時も、アルマはここから虫ドローンを操っていた。

『アルちゃーん。配備、オッケーだよ』

 無線から雲母の暢気(のんき)な声が聞こえてきた。アルマの虫ドローンは小型で高性能だが、唯一長距離飛行ができないという欠点があったため、誰かが標的の近くまで持っていかなければならなかった。今回の任務はもともとぼくが起用される予定だったらしい(雲母談)が、代理として雲母が派遣され、現地の情勢に詳しく顔もきくティキがそのサポートを行う、という形だ。

 アルマが半円状の机の上に置かれた五つのキーボードをせわしなく操作すると、五十台以上のモニターが瞬時に現地映像に切り替わった。

「前から疑問だったんだけど、ドローン一台一台、全部君が操作してるの?」

 ぼくの問いに、アルマは小さくふきだし笑いして、答えた。

「まさか。ヒヅルじゃあるまいし、そんな複雑なことはできない。何台かを直接操作して、他のドローンは自動操縦にしてある」

『ん? アルちゃん、誰かそこにいるの?』雲母の頓狂(とんきょう)な声が返ってきた。

「うん。ヒデルがいる」

『ああら。なるほどお。うふふふふふ。ごめんねえ、邪魔して』

「なぜ謝罪する」

 からかうような口調の雲母に対して、アルマは真顔で訊ねた。

 ぼくはそんなアルマに顔を寄せ、彼女のヘッドセットマイクをつまんで自分の口もとに引き寄せた。アルマが小さく「あっ」と声を()らした。

「雲母先輩。任務中ですよ。私語は慎んでください」

『なーにが任務中よ。真面目ぶっちゃってえー。どうせふたりしてイチャラブしてるくせに。帰ったら皆に言いふらしてやるんだからね。ぶーだ』

 雲母が年甲斐もなく少女のように()ねた声でそう言うと、アルマは眉根を寄せた。

「ヒデル。雲母は緊張感が足りない。ヒヅルに一度指導してもらう必要があると思うが、どうか」

「そうだね。彼女は少し慢心が過ぎるようだ。戦場での油断は命取り。彼女のためにも、ここは心を鬼にして、姉さんに一度びしっと言ってもらおう。びしっと」

『さーて。仕事仕事。はりきってやるぞおー』

 雲母は不自然に裏返った声でそう言うと、無線機を切った。実を言うと、任務中でも安全な場所にいる時はいつもこんな感じのノリである。

 アルマもふたたびモニターの大群に刮目し、無言となる。集中している時ほど、彼女の目線は動かなくなり、ぼくが何を言っても反応はなく、ただ機械のように手元の五つのキーボードをかたかたと素早く正確に操作していた。

 モニターのひとつに、今は内戦が激化しつつある中東の小国シリアの、赤褐色(せきかっしょく)で無骨な煉瓦(れんが)造りの三階建ての建物が映された。入口付近には日の丸が掲げられており、どうやらここは在シリア日本大使館のようだ。こんな場所で堂々とテロ組織のリーダーと密会するというのだろうか。

 しかし、ぼくのこのささやかな疑問は、唐突に耳に飛びこんできた異音によって、無視されることとなった。


 ぎいいいん、という、まるでジェットエンジンのような音が、段々と、大きくなっていく。


 飛行機?

 なぜこんな場所で?

「アルマ」

 咄嗟(とっさ)に事態の異常さを肌で本能的に察知したぼくは、集中して完全に無反応だったアルマの肩を鷲掴みにし、強引に机の下へと引きずりこんだ。

 そして直後、凄まじい揺れと轟音が、ぼくたちのいる作戦司令室を、襲った。


 東日本大震災の再来ともいえるような凄まじい揺れが、白金タワー全体を襲った。

「ひああ」

 机の下で頭を抱え、体を丸めていたアルマが疳高(かんだか)い悲鳴をあげた。

 乱雑に積みあげられた機材が前後上下左右へと自由自在に飛び回り、床にがちゃがちゃとけたたましく落下し、そのうちのいくつかがぼくの背中を直撃した。机の下には人間ふたりを収納するだけの空間はなく、ぼくはアルマを机の下へと押しこみ、自らの身体を盾にして飛び交う凶器と化した機材から彼女を守った。

 揺れはしばらく続いたが、徐々に小さくなり、やがて止まった。

「だ、大丈夫? ヒデル」

 机の下で丸まっていたアルマが、震えながら心配そうにぼくを見上げて、言った。

「ちょっと背中が痛いが、まあ大丈夫さ。君の方こそ、怪我はないか」

「私は大丈夫。ヒデルのおかげ」アルマは首肯(しゅこう)して言った。

 揺れが完全に止まり、周囲の安全を確認し、ぼくはアルマを机の下から引っぱりだした。

「ひどいな。これは」ぼくは呻いた。

「地震?」アルマは怯えながらぼくにしがみついた。

「いや。たぶん違う。とにかく、一度このビルから出た方がよさそうだ」

 ぼくはアルマを安心させるため、彼女の肩を優しく抱き寄せ、頭上と足もとの両方を注意深く観察しながら、歩き出した。

 もしこれが、二〇〇一年にアメリカの世界貿易センタービルで起きた同時多発テロと同じ航空機の衝突によるものだとしたら、この白金タワーも崩壊してしまうかもしれない。こういう時は常に最悪の状況を想定して動くべきだ。でないと、ぼくだけでなくアルマも死ぬことになる。

 ヒヅル姉さんや星子(せいこ)、宮美の安否も気がかりだった。

 もはや廃棄物処理場のようになった作戦司令室を出て、ぼくとアルマはビルの現状を確認するため、窓の方へと移動した。

 が、どす黒い煙が窓全体を覆い隠すように塞いでいて、何も見えなかった。

 それがアルマの不安をかき立てたのか、彼女は親に(すが)る子供のように、ぼくの手を握った。

「大丈夫だ。こういう時のために、屋上に脱出用のヘリがあるのは知っているだろ。とりあえず姉さんに連絡を取って、指示を仰ごう」

 白金機関の職員はたとえプライベートの時間であっても、いつ敵の急襲を受けるかもわからないため、連絡用の無線機を手放さず持っておくことを義務づけられている。ぼくは胸ポケットの中にしまっておいた小型無線機を取りだし、耳に装着した。

『《人工知能IRIS(イリス)》は機能を完全に停止しました』

 姉さんの声が入った。ばたばたばた、と、ヘリコプターのローター音が小さく聴こえていた。

『ビル内の全職員に命じます。住民や来客を一、二階出口、八十階より上の階の人々は屋上へ誘導しつつ、被害状況を報告してください。繰り返します』

(なつめ)より、総帥へ。衝突階の非常階段が寸断されているようです。被害は甚大(じんだい)。歩ける人々は屋上へ避難誘導します』

『了解しました。警察、消防隊と連携し、屋上からヘリコプターで救助します』

 ぼくは無線機の通話スイッチを押し、通信に割りこんだ。

「姉さん。ヒデルだ。今アルマと九十八階にいる。作戦司令室はめちゃくちゃだ」

『ヒデル。鷹条宮美は今どこですか。学園ですか』

「そうだ。彼女は星子と一緒にいつも通り学園へ向かった。それより、一体何があったんだ。煙で何も見えない」

 ぼくの返答を聞くと、姉さんはしばらく無言だった。

 その沈黙は、悪い(しら)せの予兆のように思えてならなかった。

『ヒデル。このビルに、飛行機が衝突しました。詳細は不明ですが、おそらくヘリオスの主導したテロです。被害状況は現在確認中ですが、衝突したのは、目測でビルの六十階から六十五階にかけての部分……つまり』

 ぼくには、姉さんの言葉の先が、読めた。読めてしまった。

『白金学園のあるフロアです』

 姉さんの報告を受け、ぼくの時間は完全に停止した。

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